38 三角関係は面倒くさい
キリアは、自分の運動能力にある程度の自信を持っていた。もとより素質もあったのだが、吸血鬼ハンターとなるために訓練し、現場に派遣されるほどの実力を尊敬する相手に保証されている。
しかし、経験が伴わないとその具体的な程度はわからない。キリアはそのことを、身をもって教え込まれていた。
「バイクって、げほっ、速いんだな……!」
路地を走りながら、肺につっかえを覚えつつキリアはそう溢した。
先日のことで、キリアは自身の探している人物を知ることができた。髪が白くて目が赤い、真っ赤なハイヒールを履いてバイクを乗り回すという、お世辞にも地味とはいえない特徴を兼ね備えた存在である。
そんな相手を探し、キリアは町中を走り回っていた。
「ハイヒールでバイクって、乗れるもんなんだな……」
幸い、その外見の相手はすぐに見つかった。問題はそこからだった。
キリアが話しかけようとすると、その相手は走り去った。タイミングが悪かったかな、とキリアは再度追いかけるが、追いかけた先で再び走り去られた。
その後もキリアはバイクを追いかけるが、見失い、見つけるや否や走り去られる、ということを繰り返している。そしてキリアは思い知らされた。
自分の体力はバイクに勝てない、と。
「俺も『修行』が必要か……?」
脳裏に浮かんだのは、最近木登りの練習を共にしている少女であった。自身を『師匠』と呼んで慕ってくるその子は、真面目に修行をし着実に実力をつけている。
キリアも慢心することなく、より励むことが必要だろうか。と答える相手のいない疑問がキリアの胸中には浮かんでいた。
「でも、げほっ、ごほっ、追い付けねえな……」
先ほどから、追い付けはしないが完全に見失うこともない。届きそうだと思うと、すり抜けていく状態だった。
大通りに路地、裏道に建物の狭間と、数日間走り回ったとはいえまだ土地勘のない町中を、キリアはあっちこっちと走りまわされていた。
「はあ、あ……あ、ちょっと……休憩」
喘ぎながら、キリアは路地裏で立ち止まった。膝に手をおき、下を向いて荒い息を整える。耳の奥で聞こえる鼓動が妙にうるさかった。
「は、あ……あー、でも……」
キリアは震える足を叱咤しながら、チラと自身の背後を窺う。
「いい加減、撒けたか……?」
背後の気配が消えたのを確認し、キリアは肩がわずかに降りた。
キリアが体力を消費しているのは、何もバイクを追っていたことだけが原因ではない。
昼前からキリアはバイクを追っていたが、夕方になる頃に一つの違和感が生まれはじめた。自身がバイクを追っているはずなのに、自身の背後にも何者かの気配を感じたのだった。
「あー……でも、結構しつこかったからな……油断?できねえか」
バイクを追跡しつつ町中で道を選び、自身の追跡者を撒くことも考える。上手く撒けた、と思ったらまた自身の背後に現れてくる。すり抜けた、と思ったら手を伸ばされる状態だった。
「……でも」
立ち止まったことで、夢中で動いていた体が冷えていき、思考が緩く回り始める。
「何なんだ、一体……」
キリアは、自身の置かれている状況を上手く整理できなかった。
吸血鬼だと思ったら違うと主張する少年、自身を慕う少女、逃げる参考人に追ってくる謎の存在。ここ数日でキリアの周囲に表れる存在は、予想を超えるものが多くキリアの困惑を呼んでいた。
自身が知らないうちに疲れており、弱音を吐いている状況にキリアは気が付く。
「あー、でも」
パンッと音をたててキリアは頬を張った。自身からでた弱音を飛ばし、気持ちを新たに入れ替える。
「こんなことで、諦めらんねえよな」
自身に言いきかせるように、キリアは呟く。
「だって、俺はハンターだからな‼」
そう言って、キリアは困惑を追及することを止め、再びバイクを追って走り出した。
夜が近づいた頃、キリアは再びバイクに追い付いていた。
「あー……やっと、追い付いた……」
時間に体力、今夜の如奈との約束を考えると今日はこれ以上の追跡は行えない。そもそも、キリアはその相手に敵意があるわけではなく、寧ろ協力を頼みたいと友好的な態度であるのだ。
「さすがにもう、けほっ、逃げらんねえだろ……」
協力を頼むために相手を追い詰める。疲れた頭では、そのことのおかしさに気が付かなかった。
「でも……向こうもまた来てるんだよなあ」
撒いたと思ったら、キリアの背後には再び気配が付いてきていた。
「どうする……」
キリアは選択を迫られていた。
目の前の参考人、背後の追跡者。どちらかを相手にすれば、どちらかの対応ができない。バイクを持った参考人は、逃したら再び追えるとは限らない。追跡者は、意図が分からず放置するには危険すぎる。
判断できるのは、自分のみ。どうする、とキリアの思考は行ったり来たりを繰り返すだけだった。
その時だった。
「あっ……‼」
バイクがエンジンを吹かし、再び走り出す準備をはじめる。
バイクに向かってキリアが走り寄ろうとするが、すでに遅かった。バイクは走り出し、その場からいなくなる。
「……え?」
だが、今度はバイクは走り去らなかった。キリアの来た方向に向かい、その轟音を響かせる。
「え、は⁉」
直接にキリアのところには来なかったが、バイクはキリアの背後へと向かう。自分を軸に動かれて、キリアは首を巡らせるだけで立ち往生してしまう。
そして、キリアが困惑するうちに状況は一変していた。
「……いない」
バイクは走り去った。
「二人とも……」
そして、キリアの追跡者も同時にいなくなっていた。
大通りから離れた路地裏に残されたのは、キリアと、路地裏に住み着く猫だけだった。
ポカン、とキリアは立ち尽くす。そして、理解できないままに心中が漏れた。
「……何なんだよ、一体!?」
語尾に滲む悔しさは行き場を知らなかった。
「みゃあ」
その声に応じてか、猫の鳴き声が響き渡る。
困惑のうちに、キリアに残された事実は、
自身が失敗した、という状況だけだった。




