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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
37/78

37 課題は計画的に-2

 帰り道、睦人と如奈はいつも通り共に帰路についていた。


 如奈が楽しそうに話し、睦人が相槌を打つ。そのやりとりに変化こそないが、睦人はどこかそわそわした様子だった。


(弥はああ言っていたが、如奈の予定が本当にそうかはわからないよな……)


「それでね、今日は竹刀の振り方が、えっと、良くなったって言ってもらえたの」

「そうか。良かったな、如奈」


 竹刀の振り方を褒められた、という話を聞きながらも、睦人の脳裏には別のことも浮かんでいた。


(一緒に課題をしたいが、如奈の課題が終わっていては誘うどころではないからな)


 弥の言っていることに一定の説得力はあった。無論、そこには睦人の願望も多分にふくまれているのだが今はそのことは大した問題ではない。


 問題は、如奈が本当に週末に課題を行うのか、ということである。


(確かめる前に誘ってしまっては、如奈が気遣って課題をとっておいてしまうかもしれない)


 不用意に誘って、如奈の予定を狂わせてはいけない。


 ちらと如奈の表情を窺い見るが、如奈は本当に楽しそうに今日あったことを話していた。ときにいとけなく、ときに凛と艶っぽく、ときに噛まないよう戸惑って、とコロコロ変わる表情は可愛らしい。欲目も込みで、睦人の感情を揺さぶるには充分だった。


(……守りたい、この笑顔)


 どこかで聞いたことがあるようなフレーズとともに、睦人は心中で強い決意を固めた。


 そして、如奈の話が一段落つくと睦人は自身の話を切り出した。


「そういえば、如奈」

「ん?なあに?」


 誘う前にまず確認、自然な流れでまず確認、と自分に言い聞かせながら言葉を続ける。


「今日、物理で課題が出ただろう?如奈は部活もあって忙しいと思うが、いつやるんだ?」

「課題……えっと、そうね……」


 不自然な聞き方だろうか、と不安に思ったが如奈は気にすることなく予定を考え始めた。


 内心そのことに安堵しながら、睦人は如奈の返答を待つ。耳の奥で鼓動を聞き、抑えるように胸元に手を添えた。


「えっと、普段は確かに部活もあるし、夜も疲れて寝ちゃうから……日曜日にまとめてやろうと思うわ」

「そうか……!」


 如奈の返答に睦人は表情を明るくし、胸元の手でガッツポーズを作った。思いのほか爪が皮膚に食い込んだが、そんなことは気にならなかった。


「睦人は?いつやるの?」

「俺も、週末にまとめてやろうと思う」


 努めて普段通りを装いながら返しつつ、睦人は一度前をむいて呼吸を整えた。


(よし、予定は確認できた)


 弥の読み通り、如奈は週末に課題をするつもりである。確認が取れたなら、やることは一つ。


(特に一人でやりたいという様子もないから、誘っても困らせはしないだろう……!)


 そこまでを素早く考え、睦人は如奈を誘う文句を言おうとする。

 しかし、それよりも早く如奈が口を開いたのだった。


「ねえ睦人。今週は、えっと、おじさん帰ってくるの?」

「へ?」


 唐突な質問に、睦人は間抜けな声をあげる。

 おじさん、というのは睦人の父親のことで、睦人が一人暮らしをしている今は睦人の母親の実家にいる。週末に仕事が忙しくなく、睦人の母親の調子が良ければ帰ってくるのだが、如奈はそのことを尋ねていた。

 睦人はやや面食らったが、如奈はそれ以上話すことはなく睦人の返答を待っている。


「ああ、えっと、今週は帰らないと、先日電話があったが……」


 如奈の真意が読めないまま、睦人は記憶をたどりながら質問に答えを返した。

 如奈は返答を聴くと、そのまま何かを考え、そして言葉を続けた。


「えっと、じゃあ、睦人……」

「ん?」


 続く言葉を、睦人は待つ。


 やや遠慮がちに、それでもしっかりと、如奈の言葉は紡がれた。


「課題、一緒にやらない?」


 一瞬、時が止まった。


(……)


 睦人は立ち止まり、見開かれた眼は驚きを隠そうとしなかった。


(……え)


 思わず如奈の方を向いて固定された首筋は、その勢いの良さにグキっと音をたてたてたが、そんなことは気にならなかった。心臓が緊張を通り越して破裂したのか、鼓動は逆に聞こえなくなった。


「えっと、家のお母さんも睦人が一人なのを心配していたし、その、私も一緒に課題やりたいんだけどね……」


 なぜだか固まった幼馴染に対し、如奈はしどろもどろに理由を説明する。その頬が色づいていることや、ちょっと慌てて目元を染めている様子だとか、そんなことばかりが睦人の目に入ってきた。


(……あ、誘われたのか)


 やっと事実を認識した睦人の目の前で、大好きな幼馴染が大変愛らしい状態になっていた。木っ端みじんに砕けたかと錯覚した心臓がようやく戻ってきて、睦人は意識を取り戻す。しかし、緩く回りだした頭で睦人は重要なことに気が付いた。


(如奈が、困っている……)


 先ほど笑顔を守ると決意したばかりなのに、睦人が反応を返さないものだから如奈は戸惑っていた。睦人はそのことに気が付くと、あわあわとする如奈の両肩を掴み、何とか落ち着かせようとした。勿論、力加減は最大限に気を払った。


「えっと、睦人……?」

「やろう」

「え?」

「課題、一緒にやろう」


 いきなり肩を掴まれ驚いた如奈に、睦人はきっぱりと言い切った。


「えっと……?」


 しかし、それでも茫然とし瞬きを繰り返す如奈は、おそらく処理が追い付いていなかった。

 それが睦人の態度によるものだというのは明白だったので、睦人は内心己の不手際を恥じつつ如奈を宥めた。


「俺も、如奈と一緒に課題がしたかったんだが……誘おうとしたら如奈のほうから先に誘われてしまって、嬉しくてつい固まってしまったんだ。悪かった」


 話しているうちに、睦人は恥ずかしさがこみ上げてきた。落ち着いて考えると、如奈の肩を掴んで、誘われて嬉しかった、と言う状況は中々にハードルが高い。


 しかし、ここで視線を逸らしては如奈の不安を除くには至らない。睦人は如奈の方を見て話を最後まで言い終えた。


「えっ、と……」


 如奈は二、三回瞬きをし、睦人の言葉を自身の中にかみ砕いていく。そして、言葉の意味を理解すると、やっと戸惑いを霧散させた。


「本当?」

「……ああ」


 羞恥に耐えながら、睦人は如奈の問いかけに肯定を示す。すると、如奈は瞳に笑みを刷いて睦人の方を見て表情を綻ばせた。


(あ……)


 その笑みの綺麗さに、睦人は目を奪われた。


(綺麗だ)


 睦人が素直にそう思う一方で、如奈は子供っぽく、ふふっ、と小さくと溢した。


「そう……ふふっ、そうなの……‼」


 抑えきれない喜びを露わにし、如奈はにこにこと言葉を紡ぐ。

 そんな如奈を見て、睦人は胸中に暖かい物が広がるのを感じつつ、今度こそ如奈を誘う言葉を投げかけた。


「あー……その、如奈。えっと、週末に、一緒に課題、やろう、な?」

「ええ!」


 如奈の同意を貰い、睦人はやっと如奈の肩から手を離した。


(我ながら、中々に恥ずかしいことを……)


 勢いでやったとはいえ、いきなり肩を掴むのはやりすぎだった、と睦人は反省した。しかし、如奈が機嫌よく笑っているので半ば開き直りつつ良しとした。


 そんな睦人に、如奈は声をかけた。


「じゃあ睦人、日曜日の午前中に家に来てね!……えっと、お部屋の掃除、しておくから」


 再び、時が止まった。


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