36 課題は計画的に-1
「じゃあ、授業はここまで」
教員によって、授業の終了が告げられる。
一日の最後の時限が終わり、少なからず解放感と脱力感を、さらに予定のない者は自由への高揚を覚える瞬間である。
しかし、今日はそこに鬱屈とした、気の重くなる雰囲気が混ざっていた。
「課題の期限は来週の最初の授業まで。一応成績には加味するから、忘れることの無いように」
その言葉を最後に、教員は教室をあとにした。
課題、成績、というフレーズは、生徒の頭を占めるには充分な重さを持っている。大体のものにとっては気の重くなる言葉であり、睦人も、そんな生徒の一人だった。
「はあ……」
睦人は教科書を仕舞いながら、息を吐いて肩を落とした。課題に対するものだとは明白である。
すると、すかさず後ろの席から声がかかった。
「みゃーこさん、溜息ついたら幸せが逃げちゃうよ?」
「……そうだな」
「で、その幸せが近くの僕のところに来て、僕が幸せになるよ?」
「いや、何だその理論は」
突っ込みとともに睦人が弥のほうに向くと、弥は満足そうににっこりとほほ笑んだ。
「いやー、でも物理の先生も熱心だよね」
「確かに課題があれば勉強するし、先生も回収などが大変だが……」
それでも課題を出されるのは嫌だ、と睦人は言葉にはしなかったが、再度吐かれた溜息に表していた。
「中寺君、週末に一緒に課題やりませんか?私、わからないところがありまして……」
「中寺、悪い、俺も一緒でいいか?正直できる自信がないんだ」
教室の隅から聞こえた会話に思わず意識を傾ける。小野寺と山寺が授業が終わるなり中寺の席に向かい、やはり課題についてを話していた。
「仕方ねえな、じゃあお前ら週末に俺の家に集合な!……あ、夜になったら危ないから、朝の早いうちに来いよ」
中寺の声が大きく、三人が週末に課題を終わらせるのだと睦人と弥にも聞き取れた。二人の話題も、自然とそれに感化されたものになる。
「弥はいつ課題をやるんだ?あまり困ってるようには見えないが」
「んー、今日、明日で終わらせるかな?やりたいことあるし」
先ほどから課題に悩む様子の見られない弥は、睦人の予想通りにすぐに終わらせる、と返した。そのため、弥の頭の良さに感心しつつ、睦人は後半の言葉が気にかかった。
「やりたいこと?弥、趣味でもあるのか?」
睦人が疑問をぶつけると、弥はにんまりと笑みを深めて睦人に向いた。
睦人は一瞬ビクッとしたが、その意味がわからないうちに弥が口を開いた。
「趣味っていうかは微妙だけど……僕、見目麗しい子をつい追いかけちゃうんだー。気が付くと時間が経ってるんだよね」
「……」
瞬間的には理解できなかったが、睦人は弥の過去の行いを振り返り、自分のうちで解答を導き出した。
(猫のことか?)
ゴミ拾いのときや昨日の帰り道などで、弥が猫を追っていたと睦人は聞いている。TPOを選ばず行われる行為には、弥の猫への好意が表れており、解答は睦人を十分に納得させてしまった。
睦人が一人納得する横で、弥はさらに言葉を続ける。
「歩いてるとさー、思わぬ出会いがあるんだよねー。……この間の帰り道とか」
「ああ……」
睦人は弥の言う『思わぬ出会い』を思い出し、瞳を細め遠くを見た。
不審者と共に倒れこんだところを見られ、よく状況を把握できないうちに不審者が去っていった。正直、不甲斐ないとしか言えずあまり思い出したい類の物ではなかった。
弥もそれ以上そのことには触れず、話題を戻した。
「でさー、みゃーこさんはいつ課題やるの?」
「ん、あ、ああ……」
思考を現実に引き戻され、睦人は頭を切り替えて課題の量や自身の状況を考える。弥のように即日取り掛かれれば良いのだが、苦手意識が先行し、なかなか積極案を避けたくなる。
「俺は根本からわかっていないからな……今日明日でやっても中途半端な理解になりそうだ」
「そっかー、みゃーこさん物理苦手そうだもんねー」
「ああ……週末に時間をとってやろうと思う。集中して見なおしたいからな」
「ふーん」
睦人の返答に、弥は考える素振りを見せる。
そして中寺達をちらと見た後、睦人の方を向き再びほほ笑んだ。
「そういえばさ」
「ん?」
「篠崎さんも、平日は部活で忙しいから課題は終わらないかもね」
睦人は、弥の頭の良さに感心した。