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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
28/78

28 予想外も習慣も、やっぱり教室で起きる-2

 朝練に出ていた生徒の中には、当然だが如奈もいる。

 如奈は扉をくぐると教室を見回し、睦人の席へと真っすぐにやってきた。


「おはよう、睦人。桐生君も」

「如奈……⁉」

「篠崎さん、おはよー」


 如奈の挨拶に弥は平然と返すが、睦人はパッとつい視線を逸らしてしまう。

 幼馴染のそんな態度を、如奈は不思議に思った。


「睦人、どうかしたの?」

「いや、何でもない……」


 口ではそう言うものの、その頬は赤らみ、ちらと如奈の様子を窺うとすぐに視線を宙に彷徨わせてしまった。


「でも、顔赤いわよ?熱あるの?」

「これは、まあ、弥と色々あってな。大丈夫だ」


 如奈が顔を覗き込もうとするが、睦人は逃げるように視線を逸らし言い訳を口にする。

 昨日のその時は、勢いでどうにかなった。家に帰った後も、幸せな記憶に浸るだけすんだ。しかし、改めて第三者に言及されると、客観的な視点が入ってしまい中々に恥ずかしいものがあった。


 睦人は、わずかでもいいから気を立て直す時間が必要だった。意図的に如奈を無視するなんて本当は睦人もしたくはないが、どうしても昨日の自身の行いが脳裏に浮かんでくる。後悔など微塵もないが、何も気にしないと開き直るには少々幸福が過ぎる記憶であった。

しかし、そのために睦人は大きな過ちを犯した。


「……そう?」


 如奈の表情が、一瞬寂しげに歪んだことに気が付かなかった。

 睦人はなんとか羞恥を自身の内に押しやり気を持ち直すと今日は初めて会う如奈に向き合うが、その表情は互いにいつもと同じものである。


「心配かけてすまない。おはよう、如奈」

「……ええ」


 やっと帰ってきた挨拶に、如奈は無視せずに応じる。

 如奈は、基本的には他者に気づかいができるし、縦のつながりが重要な体育会系の部活に属しているために必要以上に踏み込んではいけない話題があることも感覚で理解している。

 しかし、付き合いの長い幼馴染に避けられたことは胸中にわずかな痛みを生んだ。


「如奈?どうかした……」


 睦人が如奈の様子に違和感を抱き声をかけるが、結果的にその言葉は、被せるような他者の言葉に遮られることになった。


「おはようございます、如奈ちゃん!!」

「わっ!」


 不意に響いた明るく澄んだ声が、睦人の言葉を遮る。それと同時に、何者かが如奈に背後から抱き着き、如奈がわずかにバランスを崩した。


「小野寺ちゃん⁉」

「ひどいですよ、如奈ちゃん。私に挨拶してくれないで宮古君のところに行っちゃうなんて」


 如奈は振り返りその人物を確認するが、そこではむくれた表情の小野寺がぬいぐるみごと如奈に抱き着いていた。


「えっと……ごめんなさい。小野寺ちゃん、何か作業をしていたから、その、邪魔したらいけないと思ったの」

「まあ、そんなことだろうと思いましたけど。あ、宮古君に桐生君もおはようございます」


 小野寺はやっと如奈を解放すると、にっこりと笑みを浮かべてその場の男子二人に挨拶をする。


「え、あ、ああ」

「おはよー、小野寺さん」


 突然の闖入者に、睦人は固まりしどろもどろに、弥は面白そうに口角をあげて挨拶を返した。

 そして、闖入者はさらに別の人物を呼び寄せる。


「何だ、珍しい組み合わせだな」

「小野寺、お前いきなり人に抱き着いたら危ないぞ!!その、ス、スカートちょっとめくれてるじゃねえか!」

「え、わあ……有難うございます中寺君」


 山寺と中寺も睦人の席へとやってきた。

 中寺の指摘に小野寺がスカートを直すと、山寺が女性二人に問いかける。


「昨日、小野寺と篠崎で何かあったのか?」

「ええ、でも男性陣には内緒です。ですよね、如奈ちゃん!」

「え……えっと、そうね、小野寺ちゃん」


 小野寺がきっぱりと言い切ると、如奈も圧倒される形で同意した。

 そして、どこか優越感を抱きながら、小野寺はふと如奈の後ろで固まっている睦人に気が付く。ポカンとしているその瞳に羨望の色を見つけると、ちょっとした悪戯心が芽生え、見せつけるように如奈と腕を組んで見せた。


「女同士の友情、ってやつですよ。……宮古君、羨ましいですか?」


 当たり前だろう!と睦人は危うく叫ぶところであった。実際に叫びかけた。

 しかし、睦人が心中を声高に暴露するより先に、小野寺の問いに答えた人物がいた。


「甘いよ、小野寺さん」


 その言葉に、小野寺だけではなく全員が発言者のほうを向いた。

 発言者、桐生弥は、ふっと鼻で笑うと勝ち誇った笑みを浮かべ、睦人の肩にポンと手を乗せ立ち上がる。

 睦人が嫌な予感を覚え咄嗟に弥の口をふさごうとするが、遅かった。


「みゃーこさんは、篠崎さんを抱っこして運んだんだよ!!」

「弥ぅぅうう!!!」


 睦人は叫びながら弥の口に当て損ねた手を宙に彷徨わせるが、放たれた爆弾は戻ってこない。

 案の定、それはしっかりと起爆し、如奈を除く(ほか)の人物に驚愕の渦が生まれた。


「ええ⁉宮古君、そんな、大胆なことを⁉如奈ちゃん、本当ですか⁉」

「え、えっと、その……うん、本当」


 まず反応したのは、まさかそんな反撃がくるとは思っていなかった小野寺で、頬を桜色に染めて如奈が同意してしまうものだから、睦人はなんとも居た堪れない気持ちに襲われた。

 中寺は衝撃に固まり山寺はほお、と感心して見せるが、そこに更なる第二弾が放たれる。


「しかも、自分からだよ!」

「弥、頼むから黙ってくれ!!」

「み、みゃーこさん、痛いよ」


 睦人は、今度は弥の口に手をあてるが、やはり遅かった。


「宮古、お前……女子にそんな!!いや、でもこれこそ『漢』の在り方か⁉」

「へえ。宮古、意外とやるな」


 男子二人の反応に、睦人は生まれて初めて穴があったら入りたい気持ちを身をもって知った。

 しかし男子二人に対して睦人は、ふとあることを思い出す。言うべきか瞬間葛藤するも結局支配する羞恥に身を任せ半ば八つ当たりのように叫んでしまった。


「中寺と山寺だって昨日林の陰で、その、い、言えないことをしていたんだからな!!」

「宮古⁉お前、それは……⁉」

「というか、その言い方はちょっとな……」


 睦人は『小野寺には言わない』という約束を守りたかったのか、何とも曖昧な表現をした。

 しかし、含みのあるその表現は意図せず高校生の想像力を掻き立て、特大の爆弾は弥と如奈すらも巻き込んで、一瞬声を失わせるほどの衝撃を周囲に与えてしまった。


「宮古君、お二人に何があったんですか⁉そこ、もっと詳しくお願いします!!」

「わー……中寺君と山寺君、そっかー……そういう関係だったんだね」

「睦人……えっと、よくわからないけど、大変だったのね?」


 如奈以外があらぬ勘違いを起こし、それぞれが独自に反応する。


「いや、あれは興味本位っていうか、本気じゃないんだ!!」

「中寺、お前もその言い方は……ああもう、どうすんだ、これ」


 中寺は昨日を思い出し許容量を超えた混乱を起こし、山寺は誤解を生みそうな表現にすでに諦めの表情を浮かべていた。

 その時、本鈴が鳴り響き、教室の戸が開かれた。


「皆さん、着席してください。ホームルームを始めますよ」


 薄桃色の地に深紅のハートがこれでもかと舞っているネクタイを身に着け、教室に入ってきた担任は生徒に着席を促した。

 しかし、窓際の一部の場所に、その声は届かない。


「えー。中寺君、最低―。それでも『漢』なの?」

「えっと、みんな、席に着きましょう?あ、睦人はもう着いてるわね……」

「た、確かに『漢』には遠いけどよ……でも俺はこれから修行して、『漢』になるんだ!!」

「行きましょう、如奈ちゃん。何となくですが状況が分かりました」

「小野寺、中寺を止められねえか?」

「あ、如奈。また後でな」

「……着席してくださーい」


 担任の繰り返しの呼びかけも、周囲の見えない一部の生徒には伝わらない。


「まあ、本当は何があったのかわからないけど、とりあえずみゃーこさんに変な物見せないでよー」

「あれは、不可抗力っていうか……確かに宮古には悪いことしたけどよ……」

「……」


 担任は声掛けをやめ、ごそごそと何かを取り出そうと動いた。


「弥、もう先生がいらして……」

「中寺、お前もその辺に……」


 睦人と山寺がそれぞれ止めに入るが、その言葉を遮るように、何かがヒュッ、と弥と中寺の間を通り抜けた。

 その物体は、教室の後ろにある掲示板に当たると、パンッと四方に砕け散り白い煙をあげる。


 四人はその様子に瞠目し、おそるおそる物体の飛んで来た方へと視線を向ける。そこでは笑顔の担任がチョークを投げたあとの構えをしていた。


「元気なのは結構ですが、時間は守りましょうね?」

「……はい」


 その背後に陽炎が浮かんでいるように見え、威圧から四人は思わず返事を漏らした。


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