27 予想外も習慣も、やっぱり教室で起きる-1
「宮古!今日こそ俺と勝負しろ‼」
「断る」
開口一番、いつも通りのセリフが中寺から飛び出した。睦人も調子を変えることなく、条件反射でそれに応じる。
「あ、あとおはよう、宮古!」
「おはよう」
律儀に喧嘩を売った直後に朝の挨拶を交わすと、中寺は再び睦人に食って掛かった。
「宮古、昨日はお前に『漢』を見せられちまったけど、俺だって昨日までの俺じゃねえんだ!!お前が余裕でいられるのも今だけだからな!!」
「そもそも、中寺の目指す『漢』がわからないんだが」
睦人は疑問を呈しながら内心、挨拶をしてから喧嘩を売ればいいのに、と思ったが口には出さなかった。
「宮古、目標はしっかり持たねえとだめだろ!!」
「俺の目標じゃないんだけどな」
そして、睦人と中寺の意思疎通が取れていない会話が暫く続くと、
「はいはい、そこまでにしとけ」
山寺が、今にも噛みつかんとしていた中寺を止めた。
「おはよう、山寺。助かった」
「ああ、おはよう宮古。今日も悪いな。一応、こいつも成長してはいるんだが」
こいつ、と言いながら山寺はぽんぽんと中寺の頭をなでる。大柄な山寺に対し、小柄な中寺の頭は大分低い位置にあり腕を置くには適した距離だった。
「成長、しているのか……」
山寺の言葉を受け、睦人は呟く。そして、ざっと二人の身長差を目で確認し、それ以上はなにも言わないでおいた。
「なでるなー!!……っていうか山寺、お前ノート写し終ったのかよ⁉」
「ああ、正直助かった。ありがとな」
「そうか!」
中寺は山寺に抗議するが、後半の内容が気になって今度は睦人が会話に割って入る。
「ノート?」
「あー、その、俺と小野寺がこの間の物理でノート写し終らなくて。今、中寺に借りてたんだ」
どこか罰が悪そうに、苦笑を浮かべ山寺は説明する。
睦人が視線を移すと、今聞いた通り小野寺が自分の席でノートを書き写していた。片腕では器用に鳥のぬいぐるみを抱えていた。
「ああ、確かに物理の先生は板書を消すの早いよな。難しいし」
「宮古!そこから修行して、ノートを早くとってこそ『漢』だよな!!」
「中寺の目指す『漢』がわからないんだが」
瞳を輝かせて熱弁する中寺に、睦人は先と同じ疑問を返しておいた。
疑問に答えが得られないまま、睦人は何とか中寺を山寺に任せると自分の席へと向かった。
「……あ、みゃーこさん。おはよー」
「おはよう」
睦人が自席に着くと、弥は考え事でもしていたのか今気が付きました、とでも言うようにのっそりと顔をあげる。
「……」
「何だ、弥。どうかしたか?」
弥は挨拶をすると、そのまま黙って、まじまじと睦人の顔を見はじめた。いつもの弥ならば雑談を展開し立て板に水と話しているところを、今日は観察するように見られて、睦人も不思議に思いそのまま口にした。
「ねー、みゃーこさんってさー」
「ん?」
弥はどこかぼんやりとし、間延びした声をあげる。
「髪染めてたり、カラコン入れてたりしないよねー?」
「……は?」
弥からの唐突な質問に、睦人は肯定とも否定ともとれない返事をする。訝りながら弥の様子を窺うものの、その瞳にはからかいや冗談の色は浮かんでいない。
睦人の髪は光を微妙に反射する漆黒で、瞳は柔らかいこげ茶である。少なくとも、日常で染めているのか、人工か、と問われるような類の物ではなかった。
そうは言っても、睦人が弥のことを理解できないのは悲しいかないつものことなので、深くは考えずに睦人は正直に答えた。
「俺は地毛だし、裸眼だが」
「……だよねー」
弥の言葉は、予想通りだと文面では言っているが、正反対に期待外れだとでも言うような響きを持ち、諦観を滲ませている。焦点があわず俯く表情には憂いが見て取れる。
睦人は、弥が何を考えているかはこれっぽっちもわからないが、それでも普段と調子が違うことくらいはわかり心配もあるが、珍しいな、という気持ちも浮かんだ。
「どうした、調子悪いのか?」
「うーん、まあ、大丈夫」
弥は、珍しく歯切れ悪い答えを返す。しかし、直後にそれ以上心配するなと手を横に振り、どこか吹っ切れたような、弱い笑みを浮かべた。
「何かねー、少ない情報で無理に答えを出そうとしちゃったー。みたいな?」
「何だ、みたいな?って」
「まあ、僕も悩めるお年頃なんだよ」
「……そうか」
そんな返答されては取り付く島もなく、睦人はそうと返すだけだった。
もしかしたら、触れられたくない話題なのかもしれない、と睦人はそれ以上の追及を止めることにした。
「みゃーこさんは、今日はいつも通りなんだねー」
「その表現、おかしくないか?」
今日『は』いつも通り、という表現に矛盾を感じ睦人は突っ込むが、弥がそれを気にする様子はない。
「えー、だってここ最近のみゃーこさん、ちょっとおかしかったじゃない」
「……否定はしないが」
ここ最近の不調は睦人自身もおかしく感じており、弥にもその様子はしっかりと見られている。
そういえばいつから調子が悪いのか、と睦人が今更ながらに疑問に思うが、その考えはすぐに絶たれることになった。
「昨日も、突然篠崎さんのこと持ち上げちゃうしー?」
「なっ……⁉」
弥のからかうような口ぶりに、睦人は狼狽し声を詰まらせる。
「あ、あれは、少し呆けてしまっただけで……」
「うんうん、そうだよねー。呆けちゃうと本性でるって言うしね。あれ、本性出ちゃってるから呆けたのかな」
「本性……⁉いや、あの時は、本当に何も考えてなくて、たまたまああなってしまっただけで、決して意図したものではない!」
「えー、そんなに必死に否定しなくてもいいじゃない。みゃーこさんも篠崎さんも楽しそうだったんだから」
「弥!!」
睦人は顔を赤くし必死に否定の言葉を並べるが、その行動はすべて逆効果でしかない。珍しく朝から声をあげわなわなと肩を震わせるが、それは怒りからではなく改めて言及されたことによる羞恥から来ているものだった。
そのときちょうど、予鈴が鳴り響き朝練に参加している生徒が教室に入ってきた。




