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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
26/78

26 夜中の公園で待ち合わせ(※付き合ってません)

 住宅街は朝、昼、晩とそれぞれで独特の雰囲気を持っている。多くの人が暮らしているが、繁華街ほど各々が主張するわけでもなく、学校や会社ほど明確に行動を律する決まりもない。

 大抵の場合は、朝は一日の始まりを告げるように慌ただしく、昼は住人同士でのんびりと交流があり一つの集団としての様相を帯び、夜には各家庭が独立したコミュニティとして機能する。


 特に夜は、人々が休息に向かう一日の終わりであるため、住宅の外は閑散としておりひっそりと静まり返っている。通常であれば、そんな住宅街にある公園でこんな時間まで遊ぶ子供も残っている大人もいない。通常であれば。


「ううっ……ぐすっ、ひっ……」


 そのため、公園のベンチで潔いほどよく泣いている青年は物珍しくしかなかった。

 黒のロングコートに、染めたわけではない日本人離れした金髪。片腕は包帯を巻いていて、その手には絵本が握られている。傍らのかつ丼の空き容器が妙に現実感を出しており、はっきり言って不審であった。


「ぐすっ……ずっ……ううっ、うっ……うぇっ」


 通常であれば、こんな時間に泣きすぎて嗚咽を漏らす青年に声をかけるものはいない。通常であれば。


「師匠、こんばんは……どうかしましたか?」


 そのため、青年に声をかける少女も珍しかった。

 学校指定の紺のジャージに、一つにまとめられた緑の黒髪。特にこれといった持ち物もなく、青年相手に警戒することもないどころか涙をこぼす青年相手を気遣い心配する様子すら窺える。


「ぅえ?」


 目の周りを真っ赤に腫らし、情けない声とともに師匠と呼ばれた青年、キリアは顔をあげた。


「えっと、大丈夫ですか?目が真っ赤ですよ」


 そう言いながら、少女、如奈はハンカチをキリアに手渡す。キリアは渡されるままにハンカチを受け取り、ごしごしと乱暴に目元を拭った。


「サンキュー……ううっ、うぇっ」

「……落ち着きました?」

「ああ、うん……ありがとうな」


 少しして、キリアの嗚咽はやっとおさまった。

 立っている如奈にあわせてキリアは腰をあげると、まだ呼吸が整わなく鼻を啜りながらも、伝えたいことがあるのか懸命に話し始めた。


「いやー、ずずっ……これ読んでたんだけどさ、ずっ、涙が、止まらなくって……ぐすっ」


 これ、と言ってキリアはハンカチを返すとともに一冊の本を如奈の前に差し出す。

 如奈は本を受け取ると、暗い中で見えずらいのか本に顔を近づけてその題名を読み上げた。


「泣いた、赤、鬼……わあ、懐かしいですね」

「え、読んだこと、あるのか?」

「はい。えっと、小さい頃に」


 如奈はぺらぺらと数ページめくって中身を眺める。人間と仲良くなりたい赤鬼のために青鬼が悪者のふりをして、その後黙っていなくなるという、昔から変わらない内容が描かれていた。


「へー、これってこの国だと有名な話なのか?」

「そうですね……幼稚園にもおいてありましたし、知っている人も多いと思います」


 如奈は自分の記憶を遡って発言する。記憶力が良いほうではないが、それでも楽しかったことや大切なことはしっかりと、如奈の心に残っていた。


「……ようちえん、って何だ?」

「あ、えっと、幼稚園は……小さい、小学校に行く前の子が、えーっと朝から夕方まで過ごす場所です」

「へえ、そんなところがあるのか……」


 キリアの質問に、如奈はつっかえながらも自分なりにわかり易く解説する。説明不足感は否めなかったが、キリアには充分な説明だったらしく頷きながら自分の中にかみ砕いていた。


「ありがとうな、俺まだ日本に詳しくなくて」

「いえ、お役に立てたなら何よりです」


 キリアはそう礼を述べると、よしっ!と一声あげて自身の頭を切り替えた。


「じゃあ、遅くなっちまったけど今日の、えーっと修行?はじめようぜ」

「はい!よろしくお願いします、師匠!!」


 夜中の公園に、如奈の溌剌とした挨拶が響く。

 二人は、これから運動でもするのか軽くストレッチを始めた。ジャージ姿の如奈はともかく、黒のロングコートを着たままのキリアは一見動きにくそうだが、そんなことは感じさせないほど慣れたようにストレッチを続ける。


「よし、こんなもんか」


 十分に体をほぐすと、二人はストレッチをやめ再び向かい合う。


「んーと、確か、筋トレは学校でやってるんだよな」

「はい、基礎練習で毎日やってます」


 如奈の返答に、キリアは、うーんとしばし考え込んだ。


「じゃあー……体の動かし方、やったほうがいいな。今日はあれに登ってみるか」


 あれ、と言ってキリアはある一点を指さす。如奈も動きに合わせてそちらを見るが、そこには先日、如奈が滑り落ちた木があった。


「あの木ですか?」

「ああ。今日は両手使ってもいいから、自分がどう動いてるか考えて動いてみて。落ちても俺が受け止めるからさ」

「えっと……はい、わかりました」


 キリアが指示をすると、如奈は素直に頷いて木の下に向かう。キリアもそれについて行き、木に登る如奈を見守り始めた。


「えーっと……」


 如奈は、一つ動いては止まって考え、また動くと考える、ということを律儀に繰り返す。一つ一つに時間がかかったが、キリアは何も言わずに木の下で如奈を待った。

 やがて如奈は木の一番上へと達すると、ゆっくりと動いた登りとは対照的に、軽く木肌を蹴って一気に下へと戻ってきた。


「よっと……師匠、お待たせしました」

「うん、よくできました」


 キリアは如奈に子供を褒めるような称賛を送り、如奈もそれに対し嬉しそうに応じる。

 夜中の公園で、キリアは先日出会った女子学生、如奈に木登りを教えている。キリアも教えることに慣れているわけではないが、もともとの身体能力が高く体力もある如奈が相手なので、夜中の特訓は比較的スムーズに行われていた。


「あと何回かやって、今日はそれで終わりだな」

「はい!」


 とは言っても、夜中に学生を長時間拘束するわけにもいかないので、二人の特訓は一時間あるかないか程度の長さである。

 如奈が同じように考えながら木を登ることを数回繰り返すと、キリアの宣言通りに今日の特訓はお開きとなった。


「師匠、今日もありがとうございました!」

「どういたしまして」


 やや息があがり、頬を上気させる如奈の声は自然と大きなものになる。キリアも如奈の礼に返答をし、不思議とやりきった気持ちになっていた。


「いやー、でも今日はまた日本について知れて良かったぜ。ようちえんとか、あとこの本とか」


 キリアは、その内容がよほど心に残ったのか、特訓が終わるとすぐに泣いた赤鬼の絵本を手に取った。


「師匠は、その話がお好きなんですか?」

「んー、悲しいのはあんまり好きじゃねえけど……何か意外だったっていうか」

「意外、ですか?」

「ああ」


 如奈が聞き返すと、キリアはその意味を説明し始める。


「この話さ、最後まで人は青鬼のことに気が付かないだろ?それが意外だったんだよな……ぐすっ」


 しみじみとキリアは語るが、内容を思い出して最後は僅かに涙ぐんだ。


「……なるほど」


 そして、如奈はそんなキリアの考えに感銘を受けていた。


「そういう考え方もあるんですね」

「ずっ……お前は、違ったのか?……ぐずっ」


 啜り泣きながら、キリアは如奈に考えを問う。


「私は……えっと……」


 キリアの問いかけに返そうと、如奈は自分が昔考えたことを何とか言葉に表そうとする。


「その、赤鬼さんが青鬼さんから何も聞いてなくて、だから……」


 如奈は言葉にしながら自分の意見をまとめていく。キリアも鼻を啜りながらではあるが、如奈の言葉を最後までしっかりと待った。


「自分がもしも、大切な相手がなにも言わないで、その、青鬼さんみたいにいなくなることになったら、嫌だなあ、って思いました」


 如奈はしどろもどろではあるが最後まで言葉を繋ぐと、言い切ったとどこか晴れ晴れとした表情になる。


「そっか……」


 キリアは如奈の言葉を脳内で反芻し、わずかな間を持ってその真意を汲み取ろうと努めた。


「そうだよなあ」


 何となくではあるが如奈が言わんとした意味をわかると、その通りだ、とキリアは同意を示した。


「よし、じゃあ時間も遅いし、そろそろ帰るか」

「はい」


 これ以上遅くなってはまずいと思ってか、キリアが雑談を切り上げると二人は解散する運びとなった。

 公園の入り口まで一緒に行くと、キリアが思い出したように、そういえば、と口にした。


「なあ、お前さ、髪が白くて、目が赤いやつって知らないか?」

「え?髪が白で……目が赤、ですか?」

「ああ。見かけたー、とかでもいいんだけど」


 キリアの問いかけに如奈は首をひねる。しかし、全くと言っていいほど覚えがなく、肩を落として素直に返した。


「いえ、知らないですね……」

「そっかー……ありがとうな。もし見かけたら教えてくれ」

「はい、わかりました」


 如奈の表情に陰りがなくなったのを確認すると、キリアは今度こそ別れの言葉を告げる。


「じゃあ、俺はパトロールに行くから。気を付けて帰れよ」

「パトロール、ですか?」

「ああ。本体が叩けないなら、その被害者を探そうってわけだ!」

「はあ……」


 キリアの言葉の意味が分からず、如奈は肯定とも否定ともとれない反応を返した。

 ともあれ、今日この後は分かれるだけなので、如奈はその挨拶をキリアにした。


「師匠、また明日」

「ああ。また明日」


 最後の挨拶を交わし、如奈は帰路へ、キリアはにぎわう街の方へとそれぞれ進んでいった。


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