22 質問に質問を返すとややこしくなる-2
上機嫌で公園に戻ろうとする弥に、不意に背後から声がかけられた。
「あっ、お前この間の!!」
「んー?」
何事か、と弥が振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
黒のロングコートに、染めたわけではない日本人離れした金髪。弥は、ああ、とその人物が何者かを思い出し、その間にもその人物、キリアは弥のところへと小走りで駆け寄ってきていた。
「よっ!奇遇だな!!」
「ああ、イケメンのお兄さん。どうもこんにちは」
爽やかに挨拶するキリアに、弥も笑みを貼りつけて返す。さりげなく腕の中の猫を遠ざけ一歩引くが、キリアはそんなことは気にしないで話を始めた。
「この間は悪かったな、嫌な気持ちにさせて」
「いえ、僕もいきなり強く言ってしまって。気を悪くしたなら、すみません」
軽い雑談を挟むと、キリアはさらに話を続けた。
「なあ、突然で悪いんだけど、あいつ……あ、そうだ名前知らないんだった……えーと、お前と一緒に買い物してたやつってさ普段どんな感じなんだ?」
「あいつ……ああ」
キリアの質問の意味を正しく理解し、弥は思考を巡らし始めた。
(この人、みゃーこさんのこと襲ったんだよなー)
襲った相手のことを知りたがる、それだけ聞くとただの危険人物だ。
しかし、弥はこの人物が睦人に友好的な態度を示したことも知っている。そして、睦人に関わろうとしている理由の手掛かりも知っている。
(『吸血鬼』……だっけ)
『吸血鬼』についてキリアが調べていて、それに関することを弥から聞き出そうとしているのだろうか、という仮説が弥の中でたつ。勿論、眼前の人物がただの頭のおかしい、睦人の言葉でいう変質者である可能性もある。
(まあ、結論を出すには情報が少ないんだよね)
そこまで考えると、弥は、おとなしく弥の返答を待つキリアに笑みを向け、ちょっとした疑問を投げかけた。
「何ですか、また彼に言い寄るつもりですか?」
「え、いや、そんなんじゃねえって!ただ、ちょっとあいつについて気になることがあって、それで俺の、えっと振る舞い?も変わるからさ……」
予想外の弥からの質問を、キリアは慌てて否定する。手を横にぶんぶんと振り、全力で違うと表現するキリアに嘘は見られない。
ふむ、と弥は納得すると再び口を開いた。
「そうですか、それはすみません。えっと、普段の彼ですか……」
考える素振りをしながら、弥は再度思考を回す。
(とりあえず、この人が動くのは一応背後に理由があるから、と……)
衝動的におかしなことをしているわけではない、ということはわかった。そして、弥は今度こそキリアの質問に対する答えを述べる。
「そうですね……基本は真面目ですよ。まあ、たまに寝ちゃうこともありますが。あとは……隙があれば、大切な人に会ってますね」
「大切な、人……」
弥は、睦人の性格、特徴、関わりのある人物がいることを簡潔に示す。このどれに反応するかで、キリアが何を調べているのかの手掛かりが得られるのでは、と思ったからだ。
(人、かー……)
そう思うも、弥が何かを考え始めるより早くキリアが違う質問を口にする。
「なあ、その大切な人ってさ」
「はい」
「もしかしてさ、髪が白くて、目が赤かったり、しないか?」
「……はい?」
予想外の質問に弥はピクッと眉根を寄せるが、悩む素振りをするような質問でもないので、すぐにキリアの質問に答えた。
「いえ、違いますが」
「……え、違う?」
「ええ」
聞き返したキリアに、弥は即座に返答する。
「えー、違うのか……。そっかー、うん、有難うな」
「いえ、お役に立てなくてすみません」
否定すると、今度はキリアが意外そうな顔をする。どうやら、今の質問はキリアにとってはそれなりの確信をもっての質問だったらしい。
弥が言った睦人の大切な人とは、如奈のことである。
如奈は、髪は白とは正反対の黒色をしているし、瞳の色は正確にはわからなくとも、赤くはなかったことくらいは弥にもわかる。
(え、そういう特徴の個人を探してるってこと?)
弥はそう考えるが、情報がない今はやはり仮定にすぎない。
「引き止めて悪かったな、俺ももう行くな」
「あっ!」
いなくなろうとするキリアを、弥は思わず声を出して引き止める。腕の中の猫がその声に驚き、みゃっ!と鳴くと、弥はごめんね、と謝った。
「え、どうかしたか?」
弥の意図どおりに足をとめたキリアに、今度は弥が質問をキリアに投げかけた。
「あの、こんなこと訊くのも変なんですが……鬼って、角がはえてるものじゃないんですか?」
「……え?オニ?」
「はい、鬼です」
聞き返すキリアに弥は念を押す。
(まあ、変な質問なんだけどさー……)
弥は、キリアが言う『吸血鬼』がどういうものかを知る手掛かりがほしかった。特に、弥はその外見的特徴が何かあるのかと気になっていた。
(パッと見はヒトのみゃーこさんをいきなり襲ったなら、一瞬で判断できる見た目の基準がある、かもしれない……)
遠まわしだが、その特徴に関する情報が得られれば、と今の質問を投げかけた。
(とはいっても、漫画とかで見る吸血鬼も鬼ってつくのに角はないんだけどねー……)
今の質問は、弥が前々からなんとなく気になっていた疑問も含まれていた。咄嗟にでる質問なんて、そんなものである。
しかし、先からキリアは顔を顰めるばかりで、質問の答えを考えている、というわけではなさそうだった。
「なあ」
「何ですか?」
「あの、そのオニ?って何だ?」
「……は?」
キリアは、そもそも弥の質問を理解していなかった。というか、それ以前に相手が鬼とはなにかをわかっていないこと自体が弥には予想外である。
弥は、おそるおそる少々突っ込んだ質問をキリアに向けた。
「お兄さんが、僕の、えっと……大切な人を『吸血鬼』って言ったんですよね?」
「……ああ!!」
弥の質問にキリアは合点がいったように表情を明るくする。弥は、自分の質問が理解されたのか、と内心でほっとする。
しかし、次に発せられたキリアの言葉は、再び弥の予想を裏切るものだった。
「大切な人、って恋人のことか!!」
「……」
弥は思った。
(僕、この人苦手)
と、強く。
先日のスーパーの一件で、キリアは睦人と弥を恋人同士だと思い込んでいる。そのことがこんな形で影響するとは弥も思っていなかった。
「え、じゃあさっきの、あいつの大切な人ってお前のことか!……お前、実は髪が白くて目が赤かったりしない?」
「しませんねー」
「……だよな」
はあ、とキリアは落胆するが、弥は即座に否定しておきながら、今の質問を心中で反芻する。
(え、ちょっと待って……?)
弥は違和感を持つが、さっきから二人が質問に質問を返し続けることで脱線している話題を、キリアが引き戻すことで思考は切られた。
「あー、それでさ。そのオニと……吸血鬼が何か関係あるのか?」
「え、ああ、それはですね……」
キリアは、今度はさっきまでよりも強い語調になった。吸血鬼、という言葉から無意識に構えてしまっている。
「……吸血鬼って血を吸う鬼って書く……んですよ」
最初は「書くじゃないですか?」と言おうとしたが、言っている途中で弥は考えたことがあった。
(この人……漢字がわからないのかな?)
漢字を知っていて気が付かない、という可能性もあるがそれよりも漢字自体でどう書くのかを知らないことのほうが説得力があった。キリアの外見自体が日本人離れしていることも、そのことに拍車をかける。
「え、そうなのか!じゃあ、オニっていうのは吸血鬼のことも言うんだな」
「まあ、多分ですが」
「そっかー……吸血鬼って、vampireのことってしか知らなかったな……」
そう呟いたキリアの言葉に、弥は先の考えに確信をもった。
(この人、やっぱり漢字をよくは知らないのかー……最近日本に来たのかな、じゃあ何か目的があって?……)
そして、キリアは独り言のような呟きを続ける。
「それで、そのオニには角があると……」
「……」
そういえばそんな話だったなー、と弥は自身がしたはずの質問を相手に思い出させられた。脱線を繰り返す会話に、質問に質問で返すのは良くないなー、と頭の隅で思った。
「一応、そういうことにはなってます」
「へえ、そうなのかー。……でも、俺が見たことのある吸血鬼は角なんて生えてなかったぜ?」
「え……そうなんですか」
「ああ、俺はお前の言うオニはよく知らないけど……角とか関係ないんじゃないか?」
「そう、ですか。……有難うございます」
「いや、俺も良いこと知れたぜ!有難うな!!」
弥の胸中は色々と考えることがあり複雑だが、反対にキリアは新しいことを知れてどこかスッキリした表情になっている。
「ところでさ、そのオニってやつ、俺が見れたりしねえかな?」
「んー、実際に見るのは難しいんで、本で見た方がいいと思いますよ」
「本かー……。俺、本とか苦手なんだよな……何か簡単なやつないか?」
「そうですねー……」
弥は考えるが、簡単な鬼の出てくる本、となると小さい子向きの本しか出てこなかった。
「子供向けですが、『泣いた赤鬼』とかいいと思いますよ?」
「『泣いた赤鬼』?っていう本なのか?」
「ええ」
弥が進める本の名前を、キリアは数回呟いて覚える。そして、覚えたのか、よし!と満足そうになった。
「いやー、本当に色々と有難うな!!お前、時間とか大丈夫だったか?」
「えーと、まあ大丈夫ですよ」
正直なところ、弥が公園を離れてから結構な時間がたっている。おそらく、今から戻っても終了の時間には間に合うかギリギリだった。
「そっかー、じゃあ、またなー!」
「ええ、さようなら」
今度こそキリアは弥の前から去っていった。
ふう、と弥は息をつく。今のキリアとのやり取りで精神的に消耗したのか、大して動いてもいないのに疲れを感じた。
「……ごめんね、猫さん。放置しちゃって」
腕の中でおとなしくしていた猫に、弥は謝罪の言葉を述べる。対して、猫は弥の言葉を理解しているのか、みゃあ?と鳴くと労うように弥の腕をぺろぺろと舐めた。
「はは、癒してくれるの?ありがとー」
礼を言いつつ、弥は公園までの道を再び歩きだした。時間を考えると走るべきなのだろうが、それでは腕の中の猫が驚いてしまうために歩くことにした。
そして、その間にも思考はさっきまでの会話に戻っていた。
(『吸血鬼』を見たことがある、って言ってたよねー。あれは本当なのかな……)
もし、それが本当ならば『吸血鬼』、つまりは血を吸う鬼が現実に存在することになる。そのことは十分に恐ろしいが、それよりも弥にはもう一つ気になることがあった。
(僕にも訊いてたよね、髪の色と目の色……)
弥は、この特徴を初めは誰か特定の個人のことを指しているのかと考えた。しかし、弥もその外見的特徴を問われたのだ。
当然だが、弥はキリアが言うような吸血鬼ではないし、それに関わりも持っていない。つまり、キリアが探す可能性のある特定の個人には当てはまらないのだ。
(つまり、特定の個人じゃなくて、とにかくその外見の人が存在することが重要なんだよね……)
会話の流れから、弥はそう結論を出した。
「あー、難しいなー……」
一先ずの思考の整理が終わると、弥は溜息交じりにそう漏らす。思わぬところで様々な情報が得られたが、それらはまだかけらの段階で、つなぎ合わせるには更なる考えと情報が必要になってくるのだ。
腕の中の猫が、みゃあ?と心配そうに弥に向けて一つ鳴いた。
「……君は、本当に賢いんだねー。でも僕は大丈夫だよー」
それに、と弥は続ける。
「みゃーこさんのこと、もっといっぱい知らなくちゃいけないもんねー……」
そう言っても、猫は睦人を知らないし、そもそも言葉がわかるのかも怪しいので、これといって反応はなされなかった。
ここにはいない相手のことを思って呟かれた言葉は、誰にも届かないうちに空気に溶けて消えるだけだった。




