15 寄り道はほどほどに
BLともとれる表現が出てきますので、苦手な方はご注意ください
「そういえば、牛乳がないんだった」
帰り道、睦人はふと思い出した。
今朝は喉がとても乾いたので、牛乳をパックから直接なくなるまで飲んでしまった。買い置きもすでに無くなっていたはずである。
「でも、今日じゃなくても……」
睦人は朝から力加減が掴めず、私物や学校の備品を多く壊してしまっている。物が多いスーパーに行ったりしたら、更なる被害を出しかねない。
おとなしく帰って、今日は早めに休むのが得策なことは明らかだった。
「……」
一方で、睦人は午後からはやっと生活のコツがわかってきた。結果として最後のペンは守り通し、今使っている傘も持ち手がわずかにひしゃげるに留まっている。一般的に見たら充分に力が強すぎるが、朝から比べたら大分マシになっていた。
必要以上に物に触れなければ、大丈夫なんじゃないか。そんな考えが睦人の心中に浮かぶ。牛乳自体、あまり手に取って選ぶ類の物でもない。
「……行くか」
陰鬱な気持ちを、好きなものを買って晴らしたい。睦人は無意識にそんな有り触れた気持ちを抱いていた。
睦人は近所の大型スーパーに来た。買い物かごをそうっと持つと、ほっと安堵し店内に入る。
日が落ちかけたちょうど客の多い時間帯らしく、店内は夕飯の買い物に来た人や、品出しの店員で賑わっている。
必要な物だけ買ってなるべく早く帰ろう、と睦人は慣れた足取りで飲料の売り場へと向かった。
「ああ、あった」
低温殺菌やこだわりの製法、などと様々な売り文句が書かれている中、睦人は迷わずにいつも買っている一番安い牛乳を数本かごに入れる。
何事もなく帰れそうだと睦人が振り返ると、目を見開き、視線を前方に固定してしまった。
「なっ……!」
その視線の先、総菜売り場の様子に睦人は釘付けになる。主婦や小さな子供の中に混ざっているようで、全く混ざっていない、蛍光灯の下ではやたらに目立つ格好をした人物がいた。
季節感や今日の湿度を無視した黒のロングコートに、染めたわけではない日本人離れした金髪。高い背丈で、かがみながら商品を吟味している。
「あれは、昨日の……⁉」
睦人の記憶が正しければ、昨日の変質者が今まさにそこで買い物をしていた。
さっとその方向に背を向けると、睦人は焦りと後悔に襲われた。
(何で昨日の変質者が⁉よりにもよって今日こんな場所に……)
そう思いちらと背後を窺うが、その特徴的な外見は間違いなく件の変質者であり睦人の勘違いや幻覚の類ではなかった。
(とにかく、この場を早く離れるに越したことはないな)
そう判断し、睦人はそそくさとレジへと向かおうとする。
すると、間をあけずに狙ったかのようなタイミングで、
「あっ、お前!!」
と、昨晩の記憶を思い出される声が響いた。
睦人はぎくっとするとともに手元に力を入れてしまい、買い物かごの持ち手がバキッと音を立てて砕けた。
店内で大声をあげた目立つ格好の男に、買い物かごを砕いた男子高校生。買い物客や店員の視線は自然と集まり、逃げられない状況が一瞬にしてできあがった。
睦人がおそるおそる振り返ると、ぱあっと表情を明るくした男が、睦人のほうに小走りでやってきた。
「よっ!奇遇だな!!」
「あ、ああ……」
旧知の友人に会ったかのように男は挨拶し、睦人はとりあえずかごを抱えながらぎこちなく応じる。かごの中で牛乳パックが何本か倒れたが、直す余裕はなかった。
「昨日はありがとうな!おかげで財布送ってもらえて、やっとメシが買えるぜ」
「それは、まあ、何よりだ。……うん」
割引シールの貼られたかつ丼を包帯を巻いた左手に持ち、男は苦笑交じりに雑談を始めた。
なんだ捕まらなかったのか、と思いながら、睦人は当たり障りのない返答をする。しかし、心中に浮かぶのは後悔の言葉だった。
(何で、こんなことに……)
衆人環視の中、買い物を決意した先刻の自分を睦人はやめるように説得したい。なんなら殴ってでも止めたい気持ちになった。
確実に顔がひしゃげるが、今の逃げたい状況にならないのならいいか、とまで思う。そのくらいには、昨日の晩のやりとりは気が付かないうちに睦人に強い衝撃を与えていた。
そんな睦人の気持など露知らず、男は更なる窮地に睦人を追い込む。
「えっと、それでお前……あー、そっか。そういえば自己紹介がまだだった」
嫌な予感を覚える睦人に、男はかつ丼を持っていない右手を差し出しながら続ける。
「俺はキリア。よろしくな!!」
一方的に名前をいうと、男、キリアは無邪気な笑顔で睦人に握手を求めた。
「えーっと……」
変質者によろしくと言うだけならまだ譲歩できても、名前を教えるなんて危険なこともってのほかだと、睦人は考える。
それでも、適当に話をあわせて無事に逃げる、なんて器用なことができる気も睦人はしなかった。
(握手に応じたとしても、名前を言わないで通せるか?というか、この状況から逃げる方法はあるか……)
しかし、この状況から逃げる名案が睦人は瞬間的には思い浮かばず、不自然に睦人が硬直し間が生まれた。
「ん?ああ、お前、握手の習慣がないのか?」
キリアが睦人の戸惑いを勘違いし右手の意味を丁寧に説明する。その間も睦人は思考するが、先の焦りが残ったままで良い考えは浮かばなかった。
(昨日のように襲われはしないだろうが、下手に刺激をしても何をしだすか……)
ぐるぐるとした思考の渦に意識を持っていかれ、睦人は自分の内心で自身を追い込んでいく。
周囲の二人への関心はすでに薄れていたが、睦人は来慣れたスーパーにいるような心地からは遠く離れた状態にあった。
その時、不意に睦人の背にトンっと何かがぶつかり、全体に重みをかけられた。
「あー、君、こんなところにいたの?心配したんだよー」
ややわざとらしい声に睦人が首をひねると、そこには赤茶色のはねた髪に、着崩した、睦人と同じ浅葱色のブレザーの制服のクラスメイトがいた。
「えっ……?」
「もー、いつまで牛乳選んでるのー。好きなのはわかるけどさー」
睦人が驚く後ろで、クラスメイト、桐生弥はぺらぺらと澱みなく言葉をつなげる。
睦人が反応するよりも早く、キリアが桐生の登場に反応し口を開いた。
「えっと、お前は?」
「あ、イケメンのお兄さん、お話し中に突然ごめんなさい。僕は、この人と一緒に買い物に来ている者です」
突然割り込んできた男子高校生に戸惑うキリアに、桐生はそう『説明』する。
「ああ、そうなのか」
「ええ、あんまり遅いから迎えに来ちゃいました」
にっこりと人懐っこい笑みを貼りつけ、桐生はそう嘯く。さらに、睦人の両肩に手を置いて睦人の顔の真横に自身の頭を持ってくるとさらに言葉を続けた。
「えっと、それで。言いにくいんですが、僕としてはこの人が言い寄られてる状況がちょっとなー……って思うわけでして」
「えっ⁉」
「いや、俺は別に言い寄ってたわけじゃねえんだけど……」
桐生の言葉に、睦人は驚き、キリアは弁解する。それでも、桐生の言葉は止まらない。
「そうは言っても、まあ、僕たちも……そういう関係なわけですし」
ねえ?と桐生は首を傾け睦人に念を押すように問う。
「え、あ、ああ。……まあ」
睦人も桐生の意図を理解し、ぎこちなくだが話をあわせた。
二人のやり取りを見て、キリアも含まれる意味を察し、自分が桐生に暗に責められていると感覚でわかった。
「そっか……それは、悪かった。俺、つい舞い上がっちまって」
しょぼんと肩を落とし、キリアは反省と謝罪の辞を述べる。その様子に、睦人はささくれのような罪悪感を抱くが、桐生が肩からパッと手を離したことでそちらに視線が動いた。
「いえ、僕もカッとなってしまいすみません。じゃあ、僕たちこれで失礼しますね」
行こう?という言葉が早いか、桐生は睦人の手をとってレジへとさっさと向かった。睦人もかごを抱えて手を引かれながら後に続く。
そして、桐生と睦人の会計を睦人が口を挟む間もなく桐生がまとめて済ませて、再び桐生が睦人の手を引いて二人はさっさと早足にスーパーを出る。
「桐生、どこへ向かうんだ……?」
なおも止まらない足に、睦人が不安げに問う。
「んー、とりあえず色々話したいけど、宮古君今日は疲れてるしなあ……」
一方で、桐生はいつも通りの口調で返し、
「あ、じゃあ宮古君の家行こうか!」
ややわざとらしい声でそう『提案』した。
面食らう睦人に、にっこりと圧を感じさせる笑みを浮かべ、桐生はスーパーから離れた場所でやっと足を止めた。
そして、少しの間睦人と桐生は二、三言交えると、睦人の家への帰路についた。
「……やっぱりか」
背後からの視線には、気が付かないままであった。




