16 類は友を呼ぶ
日が落ちた公園は閑散としており、木々の葉がこすれる音や虫たちの息遣いが感じられる。
夕方には雨が止んだためか、数時間前まで、そこは子供のはしゃぎ声や親たちの談笑で溢れる空間であった。そんな背景もあってか、その静寂はただの暗闇以上の理性に訴える恐怖があった。
「やっぱり、あいつ何か変だよなー」
そんな空間に平然と居座り、静寂を犯す存在があった。暗い中でも目立つ金髪と、対照的に闇に溶け込む黒いロングコートを身に着けた長身の男、キリアだった。
湿ったベンチに腰掛けビニール袋を漁ると、割引シールの貼ってあるかつ丼と割り箸を取り出し、パンッと力強くよく手を打つ。
「えっと、いただきます……?」
思い出すように視線を上向かせ、一文字づつ間違えないように言うと、膝の上にかつ丼を乗せ右手だけで食べ始めた。
「……難しいなー」
片手で二本の棒をぎこちなく動かし、細かい米粒を拾う様に口に運ぶ。時折、箸だけを動かし首をかしげながら扱い方を確認する。
キリアはしばらく黙々と食べ進めると、慣れてきたのか自然と動かすことができるようになってきた。そうなると意識は自然と箸から離れ、先まで考えていたことに戻る。
(違うって言ってたし、俺のこと助けてもくれたけど……)
そこまで考え、キリアはポツリと漏らす。
「吸血鬼、っぽいよなー……」
独り言は空気に溶け、外の誰の耳にも届かないうちに消えていった。
吸血鬼。文字通り、血を吸う人ならざる者。
キリアはここ二日の間に出会った、名も知らない青年をそうではないかと疑っている。
(パッと見でそう感じたし、そもそもあんな蹴りで鉄板砕いたのもあるし)
疑いはほぼ確信に変わっており、それを示すいくつかの実例も揃っている。
それでも、その青年、睦人を吸血鬼と断定するには決定的な証拠がなくキリアは、ふーむと思い悩む。
「あと、ハンターって言った俺を警戒してるしなー」
いきなり吸血鬼呼ばわりしたうえ襲い掛かってきた相手など誰だって警戒するが、吸血鬼だと疑っている相手だからか、単に考えが足りないのか、キリアには自分の考えを後押しする要因足り得た。
キリアは吸血鬼ハンターと名乗り、肩書通りに吸血鬼を『狩る』ことを生業としている。相手が吸血鬼であれば即刻狩らなくてはならない、それがキリアの仕事であり、一種の誇りでもあった。
しかし、だからと言って判断を急いではいけない、ということも言われている。
今まさに、その判断の合間でキリアは頭をひねっているのだった。
「とりあえず、連絡するか……」
仕事に慣れるまでは相談するように、そう言ってくれた人物を思い出しキリアは考えるのを止めた。その時だった。
「んっ?」
背後から聞こえた音にピクッと反応し、キリアはそちらに意識を集中させる。がさがさと、葉が大きくこすれ合う音がした。しかも、自身の近くの、おそらく公園内で。
「何だ……?」
まさか吸血鬼?とキリアは警戒し、その正体を探るためにかつ丼をベンチに置いてそろそろと立ち上がる。
闇の中、公園外のわずかな電灯を頼りに音のした方へと近づく。木が密集しており、目を凝らすとそのうち一本の葉が不自然に動いているのがわかる。何者かがそこにいることは確かだった。
「……女?」
木の下で、生物、おそらく人が動いているのが確認できた。長い髪を一まとめにし、手足を動かしてはスカートを揺らしている。よく見ると、足元に鞄や細長い道具があるが、使用するわけではなく単にそこに置いているだけのようである。
「登ってんのか?」
ややぎこちなく、何か制約があるようにしてその人物は木を上へと進んでいく。その行動に集中しており、周囲を気にする様子も、キリアの存在に気が付いている様子もない。木に登っている、ということ以外特に気になることはしていなかった。
おそらくこちらに敵意がある存在ではない、とキリアは判断するが、それでも不自然な動きが気になり視線を送り続ける。
(でも、こんな時間に木に登って、何やってんだ?)
不思議に思いながら、さらに見ていると、
「あっ!」
その人物が不意に揺らめき、雨粒が乾ききっていない木の枝から足を滑らせた。
声をあげるとともに、キリアは自然とそちらへと踏み出す。バランスを崩した人物は、そのまま重力に逆らわず落下しはじめた。
(間に合えっ……!!)
そう念じるが、キリアと木には距離があった。必死に足を動かすが、地面の泥濘に足をとられることもあって、落下する速さには敵わない。
間に合わない。そうキリアが思ったとき、
「よっ」
その人物が掛け声とともに背を丸め、着地とともに、くるんっと地面できれいに一回転した。そして、立ち上がるとパンッパンッと自身に着いた土を払い、残っている汚れを確認し始めた。
「えっ?」
急に足を止め、予想した事態とは違う現実にキリアは驚嘆を漏らす。
「ん?」
その声に反応し、落下した人物はキリアのほうへと振り返る。
今さっき木から落下したようには思えないほど落ち着いており、背筋を伸びたその容姿はわずかに乱れているが、凛とした存在感があった。
そして、キリアと落下した人物、篠崎如奈の視線がぶつかった。
「えっ、と……」
きょとんとしている如奈に、キリアはかける言葉を探す。助けようとした相手がそんなもの必要なく、かつ何とも言えない存在感をもっていたので、キリアは自分の存在をどう説明するか一瞬考えさせられた。
しかし先に口を開いたのは、表情をあまり変えていない如奈のほうだった。
「えっと、登りますか?」
「……は?」
何を言われたのか、キリアは意味がわからなかったが、とりあえず、目の前の人物が制服を着用しており、おそらく学生なのだろうというところまでは理解が追い付いた。
(女子学生が、木に登って、何かしてたのか?)
そう思う間にも、如奈は自身の荷物を担ぎ、木の下から退く。
「えっと、あなたも登りたいんですよね ? すみません、独り占めしてしまって」
「ああ、うん……」
木に登ることを言っているんだと、キリアはようやくわかった。反射で返事をしてしまったが、木を見上げてさらに考える。
(とりあえず吸血鬼じゃなかったし、向こうも警戒してねえし、いいか)
危険があったわけではない、とキリアは胸をなでおろし、目の前の現実、公園の木の幹に目を向けた。
(えっと、この木を登るんだよな)
目の前の木を登ることを、キリアは了承してしまった。そして、そんなキリアを初対面の女子学生が見ている。
とりあえず登るか、と考えたまではいいが、
(左、使えねえよなー)
昨日の晩、睦人と対峙した際にキリアは左腕を痛めている。蹴りはほとんどお腹に当たり腕は掠った程度だったが、痛みが引かず、折れるには至らなくても相当のダメージは受けているのだとわかった。
(まあ、大丈夫か)
こちらはあまり考えずに、大丈夫だと判断できた。
「んしょっ」
決断を出すやすぐにキリアは木を登りだす。左腕を使用できなかったが、そんなことはお構いなしにするすると上へと進んでいく。
そんなキリアを見て、如奈は驚きに目を輝かせるが、キリアは気にせずにどんどん登っていく。
(うわっ、これ楽しいな……!)
呑気にそんなことまで考えていた。
あっという間に木の一番上まで到達すると、達成感と冷えた空気の心地よさに気分がよくなる。
(やっぱ、考えるのは性にあわねえんだなー)
考えるよりまず動く、キリアはそんな自分の性格を改めて理解した。ぐるぐると考え込んでいたせいで重くなっていた気持ちが夜風に混ざって融解し、わずかに軽くなるのを感じた。
ふと、木の下で先の女子学生が自分に視線を送っていることに気が付く。
「よっ、と」
たんっ、と枝を蹴って一気に下に降りると、キリアは如奈に向きなおり笑顔を浮かべた。
「ありがとなっ、楽しかった!」
木登りが思いのほか楽しく、そのきっかけをくれた如奈にキリアはお礼を言う。問題こそ解決していないが、気持ちが転換できたことはキリアには大きく、そのことへの感謝も礼には含まれている。
しかし、如奈がキリアに放ったのはお礼に対する返答ではなかった。
「あの……」
「んっ、何だ?」
目の前の女子学生が、何かを伝えようとしてくる。軽い気持ちでキリアがその内容を問うと、如奈は意を決したように続きを一気に言い切った。
「私に、今のを教えてくれませんか⁉」
「今の?」
「えっと、今の、左腕を使わないで木の上に行くことです!」
「……ああっ!」
二、三回瞬きし、キリアはこの女子学生が自身に木登りを教授してほしがっているのだと理解する。如奈の目は輝いており、その真剣さが窺えた。
初対面だが、好意的な感情を抱いている相手から頼みごとをされてキリアも悪い気はしない。
「いいぞ、そんなのお茶の子さいさいだっ!!」
「本当ですか⁉ありがとうございます!」
微妙にずれた日本語を使うキリアに突っ込む人間がいないまま、二人はすぐに意気投合してしまった。




