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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
14/78

14 朝の調子が悪いと一日引きずる

 朝から壁にひびを入れた睦人は、


「……はあ」

「宮古君、大丈夫……じゃないよね」


 昼休みには自分の机に突っ伏していた。


 朝の壁にはじまり、授業中にはペンを折り、休憩時間には蛇口を外し、昼休みには自動販売機のボタンを凹ませた。半日たった今も日常生活を送る力加減を掴めないでいる。


自分でもわからないが、いつもできていたことができない苛立ちと、周囲に迷惑をかけ続けている現状に睦人は自己嫌悪を抱いていた。


「宮古君さー、今日は調子良いのか悪いのか、ちょっと何とも言えないけど変だよね。何かあったの?」

「……いや、別に」


 桐生の問いに、睦人は昨晩の変質者のことを一瞬思い浮かべるが口にはしなかった。


「ちょっと課題が終わらなくて、寝るのが遅くなってしまっただけだ」

「ふーん。確かに最近、宮古君あんまり外で寝てなかったもんね」


 納得したのか、とりあえずの文面を受け取ったのか、本意がわからない曖昧な返事を桐生はする。しかし、その言葉の細かい調子を気にする余裕は今の睦人にはなかった。


「でさー、ちょっと気になるんだけど」

「……何だ?」


 桐生が笑みを浮かべながら発言すると、睦人はろくでもないことを訊かれるのでは、と身構える。


「今日の宮古君って、どういう感覚なの?」

「は?」


 質問の意味がわからず、睦人は思わずそう漏らした。


「だからー、いつもと違う調子でいろんなもの触るのってどういう感じなの?っていうこと」

「お前……」


 つまり、周囲の物を意図せず壊し続ける感覚はどういうものなのか、と桐生は問うている。

 桐生の質問に、睦人はわかりやすく渋面をつくる。


「やだなー、クラスメイトが悩んでるのを共有したい、っていう美しい思いだよ」

「絶対、面白がってるだろ!」


 睦人はそう言うが、桐生は心外だなあ、と笑みを張り付けたままであった。


「感覚、なあ……」


 半日を振り返り、睦人は考える。感覚を掴めば、これ以上物を壊さず済むかも、と自分に言い聞かせた。


 それ以上に、どう言っても桐生が引き下がる気がしなかった、というのがあった。


「普段が、周囲がクッキーだとすると」

「うん」

「今日は、周囲がゼリーだ。柔らかめの」


 睦人は、普段と今日の自分を分析してそう結論を出した。


「色々言いたいけど、例えが可愛らしいね宮古君」

「……分かり易いだろ」


 桐生の指摘に、睦人は不本意だが反論できず、それだけ何とか返した。


「うん、分かり易い例えありがとう。宮古君が大変だって伝わってきたよ」

「そうか」


 余計なことは言わない方がいい、とわかってきた睦人は何も突っ込まなかった。


「それなら、宮古君早く帰って休まなくっちゃね。寝不足なんでしょ?」


 今日は雨だしね、と桐生は付け加える。


 朝から続く雨は昼を過ぎても脚が弱まらず、変わらずざあざあと降り続いていた。

 放課後に校庭で眠る睦人も、雨の日はそれを控えている。それ以上に、睦人は雨の日だとなぜか外を歩いていても強い眠気を感じなかった。


「しかし、室内の部活はできるからな……」


 暗に、今日も如奈を待つ旨を睦人は示す。寝不足が不調の原因だと断定できない、という心情もあるが睦人にとっては如奈と一緒に帰りたい、というのが素直な思いだった。


 そのとき、ちょうど壊れ気味の教室の戸をそろそろと開ける如奈の姿があった。


「睦人、今大丈夫?」

「ああ、どうした?」


 確認をとると、如奈は話を始める。


「えっと、今日の帰りなんだけど」

「ああ」

「私、部活で防具などを見に行くことになったから一緒に帰れないの」

「……」


 そういう如奈の声は明らかに沈んでいた。そして、それを聴いた睦人は固まってしまった。


「えっと、お店に見に行って、そこで解散になるみたいなの。学校に戻ったら遅い時間になるだろうから、睦人を待たせるわけにもいかないし……」

「そう、なのか……」


 待つことには何も問題がない。そんなことで如奈と一緒に帰れるのなら、睦人は喜んで待つ所存だった。

 しかし、その一方で遅い時間に如奈をわざわざ学校に戻らせることも気が引ける。変質者が出る昨今、日が長くなっているとはいえ女子が狙われやすいことも含めると、如奈の帰宅時間は早いに越したことはない。


わずかな時間で葛藤を巡らせて、睦人は如奈の安全を優先させる結論を出した。


「わかった、じゃあ今日は先に帰っているな」

「うん。睦人、気を付けて帰ってね?」

「こっちのセリフだ。それに、もともと最近は寝不足気味だったから、ちょうど良かった」


 睦人の背後で桐生がじとっとした視線を睦人に送るが、睦人はあえて気にしないことにした。

 幼馴染に気を使わせず、格好つけたいお年ごろなのである。


「そうだ、如奈。竹刀を買うんだったら後で俺に請求してくれ」

「え?……睦人も竹刀ほしいの?」


 睦人の言葉に、如奈は不思議そうに返す。


「そうじゃなくて、俺がこの間折ってしまった分だ」

「ああ、そういえば……。本当に、気にしなくていいのよ?」

「いや、せめてその支払いくらいはさせてくれ」

「そう?……じゃあ、お願いします」


 ぺこり、と頭を下げる如奈に睦人は心中で、そんなことしなくていいのにという罪悪感と、礼儀正しいなという感動を覚えた。


「じゃあ、えっと、私は席に戻るわね。桐生君、お話し中にごめんなさい」

「平気だよー、気にしないで」


 如奈が席に戻ると、睦人は表情を暗くした。


「そうか、今日はすぐ帰るか……」

「宮古君、今日はつくづく憑いてないねー」


 桐生の言葉に睦人は内心、全くその通りだな、と全面的に肯定した。


「ていうかさー」

「ん?」

「宮古君と篠崎さんって、何かやりとりがぎこちないよねー」

「……そうか?」


 考えもしなかった、という以前に、睦人は如奈といる時が一番楽しくぎこちないなんて真逆であるように感じていた。


「二人ともさー、お互いに気を使いすぎ?みたいな印象なんだよねー」

「……お前が使わなさすぎるんじゃないか?」

「えー。宮古君手厳しいなー」


 あはは、と桐生は軽い調子で流すが、睦人はふむ、と最近のやりとりを振り返る。


 確かに、如奈に気を使わせたり心配をかけることがある、というかそればかりな気がしてきた。竹刀を折ったり、寝不足で迷惑をかけたり、もしかしたら気が付いていないところでも如奈に迷惑をかけているのではないか、と睦人は不安を覚える。


 自分は如奈といるととても楽しいが、実は如奈はそうではないのか。むしろ迷惑なのか、と一度思い始めたら止まらず、結果として睦人はさらに深い自己嫌悪を抱いてしまった。


「宮古君?大丈夫?」

「……あんまり」


 思わぬところでとどめを刺され、憂鬱を悪化させて睦人は午後に臨むのだった。


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