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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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9/12

第9話「畑を荒らす客」

犯人は、芋の芽が大好物だった。


朝の見回りで見つけた惨状は、畝二つ分の若芽が掘り返され、食い荒らされた跡だった。土は盛り上がり、小さな蹄の足跡が聖域の縁の方向へ続いている。


「……来たな、客が」


――わかばの、はたけ。……ゆるさない。


ワカバの双葉が、怒りでぴんと立っていた。気持ちは分かる。だが、まず観測だ。


足跡と食い跡から、相手は小型の獣。群れではなく単独。昨日今日ではなく、芽の様子からすると昨日の夕方から夜の犯行。聖域の中、それも泉から一番遠い畑の端。――なるほど、聖域の「効き目」には濃淡があるらしい。泉に近いほど濃く、縁に近いほど薄い。強い魔物は縁にも近づけないが、腹を空かせた小さな草食の獣くらいなら、薄い場所をすり抜けて入って来られる、というわけだ。


「絶対安全」ではなかった。だが、線引きが分かったのは収穫だった。


被害の集計もしておいた。荒らされたのは二畝、株数にしておよそ二十。全体の四割にもなる数字で、放っておけば収穫量は目減りどころの話ではない。損害として手帳に記録する。「原因:防除策なし。対策:柵と見張り」。前世の報告書みたいな書き方に、自分で苦笑した。


午前中は復旧に使った。ワカバが荒れた畝を整え直し、俺は予備の種芋を切り分けて植え直した。種芋の予備を持っていたのは、「農の市」の注文時に切り分けで増えた分の余りだ。リスク分散は商いの基本だが、畑でも同じだった。


柵も作り始めた。畑の縁に枝を組んだ簡易の柵。大きな獣は防げなくても、小獣の侵入の手間を増やすだけで効果はある。それと、動く的への稽古だ。丸太を紐で吊るして揺らし、狙う練習を十射。初めは三射に一射しか当たらなかったが、会の間の呼吸を長く取ると、命中は安定してきた。


備えはした。あとは、相手の出方を待つだけだった。


夕方、俺は畑の陰に身を潜め、弓を構えて待った。ワカバは畝の間で丸くなり、土のふりをしている。


日が落ちかけた頃、草むらがざわりと揺れた。


現れたのは、子豚ほどの大きさの獣だった。背中一面に、苔のような緑の毛。鼻先は土を掘る形に尖り、小さな牙が覗いている。前世の図鑑にいそうでいない、森の小獣――魔物と呼ぶべき存在なのだろう。のそのそと畝に近づき、芽の匂いを嗅いだ。


狙いを定め、型を通す。足踏み、胴造り、弓構え。引分け、会。


離れ。


光の矢は、獣の脇腹を掠めて地面に消えた。


外した。動く的は、止まった倒木とは勝手が違った。獣は驚いて跳ね上がり、こちらへ――いや、ワカバのいる畝へ向かって突っ込んできた。芽を踏み荒らしていく。


――ダメ!


ワカバが畝の前に躍り出た。体を横に広げ、壁になる。獣がその体にぶつかって、ぷるんと跳ね返された。痛みはなさそうだが、足止めにはなった一瞬。


その一瞬が、俺に型をやり直す時間をくれた。


呼吸を整え、もう一度。会。狙うのは正面、牙の付け根の少し上。


離れ。


二射目は、真っすぐに吸い込まれた。獣は小さく跳ねて、そのまま畝の脇に倒れた。


畑は守られた。ワカバは倒れた獣と、無事だった芽の列を、交互にじっと見ていた。


――わかば、まもれた。


「お前が体を張ったからだ。ありがとう、ワカバ」


――……うん。


照れたように、双葉が小さく揺れた。タンク――盾役という役割の原型を、農家のこの子が無意識にやってのけたことは、俺の記憶に深く残った。後の「人員計画」に影響する、大事な観測だった。


静けさが戻った畑で、俺は弓を持った手が小さく震えているのに気づいた。生まれて初めて、命を奪った。前世では、食肉はいつも「商品」だった。だがこの世界では、その手続きを自分の手でやることになる。


「……ありがたく、頂く」


倒れた獣に手を合わせた瞬間、視界の端のステータスが、ほのかに明滅した。


スキル「スライムパーティー」の詳細欄。その片隅で、今まで灰色だった小さな項目が、光を帯びていた。


――共通技「解体」。


捨てるのは、もったいない。その気持ちに、スキルが応えたような気がした。


――わかば、できる。……かいてい、する。


「解体、か」


ワカバはもう、倒れた獣の周りを、真剣な様子で回っていた。この相棒は、命の始末のつけ方まで心得ているらしい。


夜の畑に、最初の収穫とは違う種類の仕事が、静かに始まろうとしていた。柵の向こうの森からは、遠く、別の獣の声が聞こえた。


明日の献立は、魚ではなく肉になる。――その前に、皮と骨と、命の余すところのない使い方を、相棒に教わる番だった。


柵の増設と見張りの交代制も、その夜のうちに決めた。拠点の防衛は、これからはずっと続く仕事になる。平和な拠点にも、守るための仕組みが要るのだ。手帳の新しいページに、俺は「防衛」の項目を作った。その最初の行には、今日の教訓を書いた。「安全は、与えられるものではなく、維持するもの」。眠る前に、倒れた獣の分まで、明日を大事に生きようと思った。畑の向こうで、夜の森が静かに息をしていた。


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