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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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第8話「川の恵みと、収納の便利さ」

その川魚は、大きかった。


網の代わりの仕掛け籠と、即席の釣り竿で挑んだ半日の成果は、大物が三匹、小物が二十匹あまり。大きな方は四十センチを超えていて、前世の渓流釣りの常識からすると、二回りは図体が良い。


「……泉の水で育つと、こうなるのか」


メモ帳代わりの木の板に、今日の収穫を刻んでおく。数字は後で効いてくる。


釣りの方は、最初は散々だった。竿は折れた枝、糸は農具セットの細縄、針は骨を曲げた自作、餌はワカバが掘り出したミミズのような虫。型も呼吸も通用しない世界で、俺は二度も取り逃がし、三度目には大物に引きずられて浅瀬に尻餅をついた。


――めぐる、およぐ?


「……泳いでない。転んだんだ」


――わかばも、てつだう。


ワカバが川に体を広げて、魚の逃げ場を塞ぐ「生きた網」になったのは名案だった。弓の腕より、相棒の発想に軍配が上がった半日である。だが成果は十分だった。食料の自給に、川魚という太い柱が立ったのだ。


問題は、これをどう拠点まで運ぶかだった。往復で何度も運ぶのは時間の無駄だし、この気温では鮮度も落ちる。俺が思案していると、ワカバが魚の山の前で体を大きく膨らませた。


――わかば、もてる。ぜんぶ。


「全部って……あ」


そうだ。スライムには空間収納がある。女神の説明にも、設定の片隅にもあった能力だ。これまで小石を体に取り込むのを見て「運搬」だと思っていたが、あれは収納の応用だったらしい。


――いれる。……あれ。


だが、ワカバが暴れる小魚を体に取り込もうとして、ぷるぷる震えて吐き出した。


――いきてる、ダメ。いたい、きがする。


「生き物は入れられないのか」


なるほど、と頷いた。仕様の線引きは重要だ。俺はナイフで大物の一匹を手早く締め、捌いてから差し出した。今度はするりと、ワカバの体の中に消えていった。


手応えを確かめるように、ワカバが体を揺らす。


――いった。百キロくらい、はいる。……めぐる、もっと、さかな。


「百キロか。十分だ」


物流の要は、倉庫と運搬だ。その両方を相棒が担ってくれるというのは、この事業にとって決定的に大きい。残りの魚も捌いて収納し、浅瀬の小魚は籠に入れて生かしたまま運んだ。帰り道、ワカバは少しだけ平たく、重そうに進んだが、文句はなかった。


拠点に戻るや、その夜はちょっとしたご馳走になった。大物の塩焼き――塩はないので、ハーブの代わりに拾った香草をまぶしただけだが、脂の乗った川魚は驚くほど美味かった。


残りは保存の実験だ。一匹分を収納の中に残し、翌朝取り出してみた。


冷たく、締まっていて、腐敗の匂いがまるでない。


――わかばのなか。じかん、ゆっくり。


「時間の流れが、中では遅いのか」


完全に止まってはいない。だが体感では、外の十分の一以下だった。冷蔵どころか、時間そのものを薄くする倉庫。これがあれば、収穫物を「旬のまま」遠くへ届けられる。不足している場所へ、鮮度を保ったまま、食を運べる。


その夜、小屋の中で収支を整理した。収納の上限は重さ百キロ相当。分裂して仲間が増えれば、総量はそのまま事業の規模になる。保存の効く倉庫が移動する、というのは、前世の物流でも最後まで高かった壁だ。冷蔵車と倉庫と人員を、ワカバ達がまるごと担う。


もちろん、今の総量は一人と一匹分だ。だが始まりとしては、十分すぎる数字だった。


事業の絵が、また一枚、頭の中で大きく広がった。


ただし、一つだけ気になることがあった。


四十センチを超える川魚。この川の魚は、どうしてこんなに大きいのだろう。水が豊かだからか、それとも――泉から流れ出る、あの濃い魔力を含んだ水のせいか。


俺は木の板のメモに、一行付け加えた。


「川の魚、妙に大きい。要観察」


翌日から、夕食の献立に川魚が定番化した。塩がないのが唯一の不満で、「塩は仕入れでは買えない。いつか外の世界と繋がったら、最初に買うのは塩だ」と、手帳の隅に書いた。


畑の芋は、日に日に葉を広げている。食の土台は、少しずつ固まっていった。


魚の骨と内臓は、畑の端に埋めて肥料にした。食べて、残して、土に還す。小さな循環が、この拠点の中で形になり始めていた。前世の商社では何万トンという単位で見ていた数字が、今は魚三匹と畝の数だ。だが本質は同じで、巡らせるほど全体が豊かになる感覚は、規模の大小を問わなかった。


そんな穏やかな日々が続いた、ある朝のことだ。


――めぐる。……はたけ、へん。


ワカバの声の調子が、いつもと違っていた。


畑の方角から、土が荒らされる気配がする。芽を出したばかりの畝、その一角で、何かが動いていた。平和な朝が、今日は少しだけ騒がしくなりそうだった。弓を手に、俺はワカバと並んで畑へ向かった。聖域の平和が、どこまでの範囲で守られているのか。今日の出来事が、その答えの一端になりそうだった。畑の若芽は、俺達の最初の収穫の約束だった。荒らさせるわけにはいかなかった。相棒と並ぶ、初めての「防衛戦」の予感があった。


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