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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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第10話「解体は、無駄なく」

解体は、美しい仕事だった。


翌朝、ワカバは倒れた小獣の前に座り、体をゆっくりと広げて覆った。待つこと数分。体が元に戻った時、地面には部位ごとにきれいに分けられた「成果物」が並んでいた。


肉。皮。骨。内臓。そして、心臓の位置にあったという、小さな淡い結晶。


血の一滴も畑に残っていない。刃物を使った解体なら、血抜きから部位分けまで半日仕事だ。それが一瞬で、しかも検品に出せる精度で終わっている。


俺は職業柄、思わず歩留まりを計算した。体重のおよそ六割が食肉、四分の一が皮と骨と内臓。捨てる部分――いや、「捨てる」という分類自体が成立していない。全部に使い道があった。


「歩留まり、ほぼ十割……プロの仕事だな」


――わかば、かいてい、じょうず?


「ああ。食糧部門で長年やってきたが、お前ほどの職人は見たことがない」


ワカバは得意げに双葉を揺らし、肉の塊を収納へ吸い込んでいった。解体から保管までが一貫工程になっている。工場ラインなら、何人分の工程を一人で回していることか。


検品もしておいた。肉の色は澄んだ赤で、匂いに異常はない。脂の乗りは薄いが、若い獣ならこんなものだろう。部位ごとに用途を決める。背肉は焼き用、脚は燻製用、脂身は取っておいて食用油と明かり油の実験、骨は出汁。内臓は痛みが早いので、今日のうちに火を通す分と、畑の肥料にする分に分けた。


皮は、なめしに挑戦した。灰を揉み込み、木の枝に張って乾かす。指南書の記述は短かったが、要は「腐る前に、皮を皮として自立させる」ことだ。失敗しても、次に活かせばいい。


総量から逆算すると、俺一人の食料で二十日分を超える量になった。狩り一回の収穫としては破格で、その理由も分かっている。この森の生き物は、濃い魔力の土地で育っている。体格も、歩留まりも、段違いなのだ。


――にく。かわ。ほね。……全部、つかう。


「ああ。無駄にしないのが、せめてもの礼儀だ」


ワカバの語彙に、また新しい単語が増えていた。言葉は毎日の仕事と一緒に育っている。


残った仕事は、保存だった。


収納の中では時間が遅くなる。だが永遠ではない。そこで指南書の生活編にあった「燻す」という方法を、初めて試すことにした。火を小さく熾し、煙の多い木を選び、肉を吊るして煙を当てる。香りと水分の調整で、保存性と味が決まる仕事だ。


塩がないのが痛い。だが、まずは形にすることだ。


――けむり。……おいしく、なる?


「保存のためだ。美味しくなれば、なお良い」


夕方、試し焼きした一切れを齧った。香ばしい煙の香り、噛むほどに出る獣肉の旨み。魚とは違う、畑を守った代償の味がした。


その時、視界の端で、皮と一緒に入れていた小物を思い出した。淡い結晶――魔石だ。


指先に乗せると、小さいながらずっしり重く、内側でほのかに光が脈打っている。魔力を含んだ鉱物。前世の後半、サブで担当していた資源部門の知識が、頭の奥でぴくりと動いた。


食は回すもの。だが素材は、掘って、選んで、売るものだ。魔物がいて、解体ができて、魔石が取れるなら――それは、この森にもう一つの「畑」があるのと同じだった。


「……食糧がメイン、資源がサブ。前世の担当割が、そのまま使えるな」


魔石を革袋に入れ、小屋の棚の一番奥にしまった。今はまだ、使い道も値段も分からない。だが「相場の分からない在庫ほど、ワクワクするものはない」――それが、商社マンの性だった。


その夜、畑の見回りをして戻ると、ワカバはもう丸くなって眠っていた。いや、スライムに眠りがあるのかは分からない。だが今日の相棒は、耕して、運んで、解体して、長時間「働いた」。労いの言葉くらいは、かけておくべきだろう。


「お疲れさま、ワカバ。今日はありがとう」


――……わかば、がんばった。……めぐるも。


半分寝ぼけたような返事が、頭の奥に届いた。


拠点の食料事情は、この日を境に変わった。畑と川と、そして森。食の柱が三本になった日として、手帳に記録しておいた。


燻製の煙の匂いが、小屋の周りにほのかに残っていた。明日からの献立に、肉が加わる。生活が、少しずつ豊かになっていく手触りがあった。


だが、その豊かさの源が「森の恵み」である以上、これからは狩りの判断も仕事になる。何を獲り、何を獲らないか。畑を荒らす者は獲る。そうでない者は、森の循環の一部として見守る。その線引きを、俺は自分の中で静かに決めていた。資源は、獲り尽くせば枯れる。巡りの外に出さない範囲で、頂くのがちょうどいい。獲りすぎれば、来年の恵みが細るだけだ。前世の水産資源の会議でも、毎年同じ結論に行き着いていたことを思い出した。数字と現場は、どの世界でも繋がっている。手帳には資源の項目も新しく開いた。「森の恵み、在庫管理開始」。明日は畑の様子を見ながら、柵の仕上げと皮の様子見だ。仕事は尽きないが、全部、暮らしの輪の中にあった。その夜の眠りは、久しぶりに深かった。夢は、見なかった。


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