第6話「畑一反、開墾開始」
植え付けの日は、よく晴れた。
種芋の「アルバ」は、芽の位置を確認しながら切り分ける。一つの種芋から、芽を二つずつ含むようにして二つ、三つ。二十個の種芋は、切り分ければ五十株分になった。前世で農家さんに教わった知恵が、異世界でもそのまま役に立つ。
「ワカバ、行くぞ」
――うえる。わかば、うえる!
畑仕事は分担した。ワカバが「耕す」で土を返し、俺が農具で畝を整える。切り分けた種芋を等間隔に並べ、土を被せ、水をやる。単純な作業の繰り返しだが、不思議な光景が一つだけあった。
ワカバが通った後の土は、ほのかに温かく、色が濃くなっていた。
――わかばの、まほう。つち、げんき。
「お前の魔力で、土が良くなるのか」
――うん。でも、めぐるの、まほうのもと。わかば、めぐるのこども。
「……子供、か」
スキルの説明を思い出す。スライムの能力は、召喚主の魔力に依存する。ワカバの力の源は、俺の魔力だ。俺が育てば、ワカバも育つ。逆もまた然りなのだろう。この相棒関係は、親子にも、雇用主と部下にも似て、それでいてどちらでもない何かだった。
植え付けの後は、水の始末だ。畑の脇に浅い溝を掘り、泉から引いた流れを畝の間に導く。鍬で土を切り、ワカバが溝の中の小石を運び出す。水が畝の端まで静かに届いた時は、小さく達成感があった。灌漑というのは大げさだが、「水の巡り」を畑の中に作るということだ。
昼は川で捕まえた魚を焼いて食べた。農業指南書には輪作の心得も載っていた。同じ作物を作り続ければ土は痩せる、豆を挟め、休ませろ――前世の知識と一言一句同じだった。『地力は巡りて戻る』。あの序文は、どうやらこの「巡らせ方」の実践編らしい。
五十株を植え終えた時点で、時刻はまだ昼前だった。だが計画はここからが本番だ。
「ワカバ。畑を、広げる。一反まで」
一反。約千平方メートル。草原の広さからすれば無理のない規模で、それでも人力なら何日もかかる開墾だ。だが俺達の畑は、来年以降の「事業」の土台になる。初年度に土台の大きさを決めておくことの重要さは、嫌というほど知っていた。
――ひろげる。わかば、がんばる。
開墾は重労働だった。草を刈り、根を起こし、小石を拾って畑の端に積む。ワカバは体の中に小石を取り込んで運び、俺は鍬を振るった。十五歳の体は軽いが、持久力は三十五歳の頃と変わらない――つまり、たいしてない。
一反に必要な畝は、ざっと見積もって四十。今日の目標はその半分、二十畝。数字で区切れば進捗が目に見える。営業の報告書と同じで、見える化は心の安定剤だ。積み上がる小石の山が、いずれ畑の石垣になる。その先の使い方まで、頭の手帳に書いておいた。
昼を過ぎ、畝が六つ、七つと伸びていく。途中、木陰で弓の型を十射だけ通した。畑仕事の合間でも、欠かさないことに決めている稽古だ。上限は八二五に増えていた。数字は小さくても、毎日積めば馬鹿にならない。
ワカバは稽古の間、決まって俺の足元で丸くなって見上げていた。矢が的を射抜くたび、小さく体を震わせる。
――めぐる、かっこいい。
「……ありがとう」
照れる相手がスライムだというのは、まあ、悪くない。
夕方には、予定の半分まで来ていた。
「よし、今日はここまで……いや、あと二畝。今日中に終わらせる」
鍬を振り上げた俺の腕に、ぷに、と何かがしがみついた。
ワカバだった。体を腕に巻きつけて、必死にぶら下がっている。
――めぐる。やすむ。……もう、じゅうぶん。
「あと少しだ。日が落ちる前に――」
――めぐる、まえ。やすまないで、たおれた。わかば、しってる。
その言葉に、鍬を持つ手が止まった。
生まれて四日のスライムが、俺の死に方を知っている。スキルの繋がりで、何かを感じ取っていたのだろうか。
沈黙が、少しだけ流れた。
「……分かった。今日はここまでだ」
ワカバがほっとしたように体を緩め、俺の腕から肩へ、ぺたぺたとよじ登った。その重さが、妙に心地よかった。
鍬を置くと、不思議なことが起きた。仕事を途中で止めることに、前世ではあれほど罪悪感があったのに、今はなかった。代わりにあったのは、明日の続きを数える楽しみだった。
夕日が、開けかけの畑を赤く染めていく。五十株の芋の畝と、新しく耕された畝の列。ワカバは俺の肩に乗って、同じ景色を見ていた。
残りの畝は、明日と明後日で仕上げる。慌てる理由はどこにもない。種芋の芽が出るまでには、まだ日数がかかる。畑は逃げないし、商機も――いや、今は商機どころか、客が一人もいないのだった。
――あしたも、がんばる。
「ああ。あしたも、だ」
仕事は、明日もできる。それが普通のことで、幸せなことなのだと、死んでから知った。
泉の水で顔を洗い、冷たい夕食の支度をする。明日は、芽が出るまでにする仕事を並べ直そう。小屋の骨組みと、薪集めと、川の漁の仕掛け。やることは尽きないが、全部、明日の分でいい。星空の下、畑の土の匂いに包まれて眠る夜が始まった。




