第5話「神様の通販は、魔力で払う」
転生三日目の朝。調査の結論が出たので、仕入れに移る。
「農の市」を開くと、昨日は流し見したカタログが、分類ごとに整然と並んでいた。種子・苗、農具、肥料、書籍、資材。どれも農業用品だけで、武器も薬も日用品もない。徹底している。
画面の端には、接客文が流れる。
――ご来店ありがとうございます。お支払いは魔力のみとなります。商品は翌朝、ご指定の祠へお届けいたします。
「指定も何も、祠はあれひとつだがな」
カタログは眺めるだけでも楽しかった。麦、豆、葉菜、根菜、果樹の苗まで揃っている。ただし値段は、種の小さな袋でも軒並み三桁の魔力だ。麦も豆も魅力的だが、初めての作付けは「失敗しても死なない作物」から始めるのが農業の常道だと、前世で取引のあった農家さん達に耳にタコができるほど聞かされた。
ついでに、接客文に質問も投げてみた。
「まとめ買いの割引はあるのか」
――申し訳ございません。価格は女神の定めにより一律でございます。ただし、お客様のご利用実績に応じて、新商品のご案内や季節の目玉品をご用意いたします。
値引きはないが、実績制度はあるらしい。神の通販も、商売の基本は押さえている。
まず種だ。目当ては、主食にできる作物。カタログを進めると、芋の欄で手が止まった。
品種「アルバ」。白い果肉、でんぷん質が多く、痩せた土地でも育ち、貯蔵性が高い。種芋二十個で、魔力一二〇。
「……お前、逸材だな」
前世で何百回と見てきた商品説明文の癖で分かる。これは売り文句が控えめな、本当に強い品種の書き方だ。誇大に書かれていない。
――わかば、この子、どうだ。
畑から呼ぶと、ワカバがぺたぺたやって来て、画面の芋の絵をじっと見つめた。……見えているのか、この画面。
――しろい。つよい。おいしい、きがする。
「決まりだな」
次に農具セット。鍬、鋤、鎌、水桶、縄。いずれも木と鉄の素朴な作りで、魔力一八〇。俺とワカバの手だけでは、畑の規模に限界が来る。設備投資は惜しむところではない。
そして、最後に残ったのが書籍の欄だった。
「農業指南書・基礎編」、魔力三〇〇。
正直、高い。種と農具を合わせた額と、ほぼ同額だ。だが、前世の俺は知っている。新規事業の立ち上げで最も高い買い物は、たいてい「本」と「情報」だ。そして最も回収率が良いのも、それだった。
手元の資金――この場合は魔力の上限八二三から、毎日の生活に必要な分を差し引く。弓の稽古は続けたいし、万が一の戦闘にも備えが要る。手元に二〇〇は残したい。
種芋一二〇、農具一八〇、書籍三〇〇。合計六〇〇。残り二二三。――決算は、成立する。
「買う」
注文を確定させた瞬間、体の内側から魔力がすっと抜けていく感覚がした。酔いにも似た軽い目眩。ステータスを見れば、魔力は二二三まで減っている。
同時に、画面に小さな文字が添えられた。
――ご購入ありがとうございました。お客様の魔力は、巡りを経て、世界へ還ります。
「……還る、ね」
どういう意味か、昨日までの観測では説明がつかない。保留箱がまた一つ増えた。だが悪い気はしなかった。払った対価が、どこかで誰かの土地を潤すなら、それは商いの原点そのものだからだ。
――めぐる。あした、たね、くる?
「ああ。翌朝、祠に届くそうだ」
――あした。あした!
ワカバは畑へ全速力で戻っていった。受入れの準備でもするつもりらしい。種芋二十個なら、植え付けは五畝で足りる。だがワカバは、俺の見ている前で畝を七つに増やした。
――わかば、ふやす。たね、ふえるから。
「先回りが過ぎるだろう」
笑いながらも、メモしておいた。この相棒は、種が「増えるもの」だという前提で動いている。スライムの魔力で作物を増やす――その時はまだ、その言葉の本当の重さを、俺は分かっていなかった。
その日の午後は弓の稽古と、減った魔力の回復待ちに使った。回復は休息と泉の水で進むが、全快には一晩かかる。仕入れのたびに丸一日、魔力が細る。この回転率の計算が、これからの商いの基礎体力になる。
翌朝。
祠の前に、木箱が三つ、きちんと積まれていた。誰が運んだのか、足跡ひとつない。蓋を開ければ、艶のある種芋が二十個、真新しい農具、そして革装丁の本が一冊。納品書の代わりに、小さな花が一輪添えられていた。
納品は完璧だった。検品の手間がない仕入れ先というのは、前世でも滅多になかったことだ。
本を手に取り、最初のページを開く。
そこには、たった一行の言葉が、静かに記されていた。
『地力は巡りて戻る』
その一行の下に、小さな文字で続いていた。「与えた分だけ、土は応える。奪うだけの畑は、いずれ痩せて死ぬ」
農業の心得としては、まっとうな言葉だ。だがこの世界では、どこか別の響きがあった。「巡る」という言葉を、女神の面接でも聞いた気がする。
――めぐる。本、よんだ。たね、うえる?
ワカバが双葉を揺らして、本の陰から覗き込んでいた。
「ああ。明日、植えよう。お前の畑の、最初の仕事だ」
泉のほとりの小さな畑に、異世界の種が降りる日が来た。




