第28話「冬の仕事は、来年の設計」
冬の仕事は、三つあった。
一つ目は、防衛の作り直しだ。狼戦の敗因は三つあった。匂い対策、多方向への警戒、そして受け役への依存。その全部に、仕組みで答えを出した。
匂い対策として、備蓄は地中の貯蔵穴へ移した。掘って、石で囲み、蓋をする。匂いは土が吸い、温度も安定する。警戒は、カブトの小石の列を拠点の全周に延ばし、紐と鈴を仕掛けた「知らせ石」に変えた。彼の趣味が、そのまま警報装置になったのだ。再設計の相談で、カブトが一番張り切っていたのは言うまでもない。
二つ目は、稽古の継続だった。雪の上の型は、足場の悪さが基礎を鍛え直してくれた。そして、ある大雪の日の稽古の終わりに、ついにその数字が来た。
魔力上限、一〇〇五。
千の大台突破だった。初期の八二〇から、およそ二割増し。射つ型の一つひとつが、静かに俺を育てていたのだ。ワカバの種の実りも、カブトの体の戻りも、この数字の恩恵を受けていた。
三つ目は、設計だった。
来年の畑の区画割り、作付けの輪作計画、村との年間取引の見通し、街での商いの段取り。冬の長い夜は、全部「来年の設計図」を描く時間に変わった。壁には細い枝で作ったカレンダーを吊るし、過ぎた日に一つずつ穴を開けた。その穴の列が、春へ向かって静かに延びていくのを見るのが、冬の小さな楽しみだった。
――設計、楽しい?
手帳に図面を描く俺に、ワカバが聞いた。
「楽しいよ。設計は、未来の仕入れだからな」
失敗は設計で安く直せる。現場で直すと高くつく。それは前世の鉄則だった。この冬の設計図が、春からの一年の出来を決めるはずだった。
壁のカレンダーの穴は、順調に増えていた。春は、まだ遠いが、確実に近づいていた。
カブトの体も、順調に戻りつつあった。食べて、休んで、軽い見回りから再開して、冬の半ばには元の大きさの九割まで回復した。完全復帰の条件は「自分の判断で無理をしないこと」と、手帳に書いて本人に読み聞かせた。盾役は、渋々ながら頷いた。
ワカバはワカバで、冬の実験をしていた。泉の温かさの届く小屋の隅に、小さな苗床を作り、芋の芽出しを試していたのだ。屋内での芽出しが成功すれば、春の作付けを数週間早められる。農家の探求心は、季節を相手にも止まらなかった。そして実験は、小さな緑の芽の顔出しという形で、早くも芽吹きの兆しを見せていた。
春の旅の荷リストも固めた。売るもの:燻製肉、毛皮、魔石(大は街の鑑定へ)。買うもの:塩、鉄器、布、そして本――街に文字の文化があるのなら、農業と商いの本を何としても手に入れたかった。質問リストも作った。ギルドへの登録条件、店の構え方、税のこと。聞くべきことは、聞けるうちに全部並べておく。それが交渉の下準備だった。
ある夜、ワカバに聞かれた。
――めぐるは、街で、大きく、なりたい?
「大きくなりたいというより……巡らせたいんだ。物も、金も、力も。滞ると、腐るからな」
商いの目的を言葉にすると、自分でも少し驚くほどはっきりしていた。大きくなるのは結果で、巡らせることが目的。その順番だけは、間違えないつもりだった。祠の言葉と、期せずして同じ結論に辿り着いていた。その一致を、偶然と片付ける気にはなれなかった。世界の仕組みと、商いの理屈は、深いところで繋がっているのかもしれなかった。その繋がりの全貌は、まだ霧の中だったが、霧の向こうに道がある確信だけはあった。その道を歩くための準備が、この冬の仕事の全てだった。準備の手応えは、日々の数字に表れていた。魔力、在庫、回復率。その全部が、静かに上向いていた。上向きの数字は、冬の寒さの中の確かな灯火だった。その灯火を、三人で囲む夜が続いていた。冬も、半分を過ぎようとしていた。折り返しの先に、春の設計図が待っていた。その設計図は、もう八割方完成していたのだった。残りの二割は、春の現場で埋める分だった。設計は現場で完成する。その原則も忘れていなかった。机上の計画と現場の知恵、両方が要るのだった。その両方を、この冬に鍛えていた。鍛錬の成果は、春に証明されるはずだった。その証明の日を、静かに待ち望んでいた。焦りはなかった。準備が焦りを消していたからだ。その心の状態こそ、冬の一番の収穫かもしれなかった。穏やかさは、強さの一種だった。その強さを抱えて、冬の後半へ進むのだった。後半戦の最初には、村の様子見も計画に入っていた。厳冬期の村が、どう過ごしているのかが気になっていたからだ。取引相手の安否は、商いの基本情報でもあった。そして何より、人として気になる相手だった。その訪問計画を、カレンダーに書き込んでおいた。日程は、天候の様子を見て決めることにした。雪道の安全が、何より優先だったからだ。狼戦の教訓は、こういう判断にも生きていた。教訓が判断に生きる時、経験は資産になるのだった。




