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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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第23話「冬支度、最終チェック」

冬支度の最終チェックは、数字から始まった。


手帳のリストと、実際の在庫を、一つずつ突き合わせる。備蓄の芋は、拠点分と種芋を合わせて十分な量。燻製肉と干し肉は、大型獣の分が大きく効いて、冬の三ヶ月を賄っても余る計算だった。薪は小屋の脇に三段積み上げ、カブトの運搬力のおかげで予定より早く集まった。ワカバが数えた薪の本数は、例によって五と六が飛んでいたが、カブトが静かに数え直して訂正していた。役割の補完が、日常の中でも機能していた。


小屋の補強も終えた。屋根には防水の樹皮を重ね、壁の隙間には乾いた苔を詰め、炉の煙突周りを石で巻いた。冷気の入り方を一箇所ずつ潰していく作業は地味だが、冬の命綱だった。


――めぐる。……冬、怖い?


ワカバが、積み上げた備蓄を見上げて言った。


「備えた冬は、怖くない。怖いのは、備えのない冬だけだ」


前世の知識でも、現場の経験でも、その通りだった。災害でも、繁忙期でも、準備の量がそのまま不安の少なさになる。


配給の計画表も作った。週ごとの消費目安、在庫の減り方の予測、尽きる前に手を打つ品目。塩の使用計画は、その中でも一番細かく割った。週に使う量をグラム単位で決め、料理の濃淡で調整する。「ないならないなりに回す」の実践編だった。


カブトは、冬仕様の見回り路を自分で決めていた。泉への道、薪場への道、畑の見回り。雪が積もっても迷わないように、要所に平たい小石を並べて目印にしていた。彼の「畑」は、冬の道標にもなっていた。


もう一つ、気がかりだった泉は、意外な結果だった。縁には薄氷が張っても、中心は凍らなかった。湧き出す水の流れと、この土地の不思議な温かさが、真冬でも水を生かし続けるようだった。冬の水の確保に心配がないのは、越冬の大きな安心材料だった。ついでに言えば、薪を取った森の跡には、春に植えるための苗の場所も印しておいた。取るだけの森との付き合いは、長くは続かないからだ。


夕食は「最終チェックの味見」と称して、保存食の品評会になった。燻製は上々、干し肉は少し硬いが味は濃く、芋は蒸すと甘みが増していた。来年への改善点も三つ書き出した。こういう地味な確認の積み重ねが、冬を「ただ耐える季節」から「仕込みの季節」に変えていく。


ワカバはその夜、小屋の隅に乾燥させた大きな葉を集めて、三人分の「冬の寝床」を作っていた。一番大きな葉の寝床はカブトのもの、一番泉に近い暖かい場所は、俺の分だった。面倒見の良さは、寝床の配置にも出るらしい。


すべての項目に印がついた夕方、空から白いものが舞い始めた。


初雪だった。


――ゆき。……きれい。


三人で、しばらく空を見上げた。やるべきことはやった。あとは、静かに冬を迎えるだけだった。


その時だった。


川の下流の方から、かすかに、鈴の音が聞こえた。


冬の川に、鈴の音。舟か、荷車か。この季節に、森へ近づく者がいる。


「……客、かな」


俺は弓を手に取り、川辺へ向かった。冬支度の最終日に、思いがけない来客の気配だった。備え終えた家の最初の客が、誰なのか。俺はゆっくりと、川辺へ歩を進めた。


カブトが、音もなく俺の前に出た。守る者の、当然の位置取りだった。ワカバは小屋の戸口で、二人の背中を見守っていた。


鈴の音は、少しずつ近づいてきていた。雪の降り始めの、静かな森に響く、小さな音だった。足音も、一緒に近づいてくる。人と、何か大きな荷の音だった。


来客を警戒するか、迎えるか。その判断は、相手の姿を見てからで遅くなかった。弓は下ろさず、それでも矢は番えずに、俺は川辺の影に立った。雪は、足跡が残るほどの降り方になってきていた。来訪者の素性は、足跡からも読み取れるはずだった。一人分。人一人と、荷を引く何かの足跡だった。武器を持って争う様子はないが、油断はできない距離だった。俺は一歩、影から出ることにした。まず名乗るのが、商いの作法だった。だが名乗る前に、相手の荷の輪郭が、雪明かりに浮かび上がった。大きな、布に包まれた荷物だった。形からして、橇に積んだ商品の山らしかった。つまり、行商だった。この森に、冬の直前に商品を運んでくる者がいる。面白い来訪だった。商いの匂いがする来訪だった、と言うべきかもしれない。俺は弓を下ろし、声をかける準備をした。客か、敵か、それとも仕入れ先か。見極めるのは、これからだった。鈴の音が、川辺の開けた場所で止まった。来訪者が、こちらの気配に気づいたらしかった。沈黙が、二人の間に落ちた。雪だけが、音もなく降り積もっていった。先に声を出すのは、迎える側の礼儀でもあった。俺は一歩前に出て、大きく息を吸った。「そこの方」――声が、雪の森に響いた。相手が、ゆっくりと振り返った。その顔は、まだ雪影に隠れていた。冬の最初の客との対面が始まろうとしていた。身構える俺の横で、カブトが静かに立っていた。その存在感だけでも、十分な牽制だった。対面の瞬間は、すぐそこだった。


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