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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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第22話「冬支度と、塩の不足」

秋の終わり、二度目のカラム村だった。


村の様子は、少しだけ変わっていた。備蓄の蔵に芋が入り、子供たちの頬に血の気が戻り始めている。俺達の取引は、この村の冬を確かに変えつつあった。


今回の持参品は、大型獣の肉の燻製と、芋の第二便。そして俺の目的は、品物そのものよりも「情報」だった。


「ユーノさん。川の下流には、どんな街があるんです」


「……リーヴェだ。川を下って二日、歩いて三日の商業町だよ。辺境とはいえ、店も、宿も、市場もある。冒険者ギルドと商業ギルドの支部も置かれている」


ギルド。その単語が、この世界で初めて具体的な形を持った。冒険者ギルドは魔物の素材を買い、商業ギルドは商いの免許と信用を扱う。俺の棚の奥の魔石も、リーヴェへ行けば「値段」がつくということだった。


「春になれば、雪解けで川の水も増える。行商の舟も出る頃だ」


「春、ですか」


「ああ。冬は、もうそこまで来ておる。川が凍れば、行き来は絶たれる」


カブトは今回が初めての村入りだった。大きな体と硬い見た目に、最初は村人たちも距離を取った。だが子供の一人が恐る恐る背に乗せてもらい、そのまま「動く椅子」として大人気になった。守る者は、村でも「守る者」として受け入れられていった。ワカバの挨拶も、もう村の名物だった。


ユーノとの話は、夜まで続いた。街の物価、魔石の買い取り相場の噂話、冬の買い付け商人のこと。特に耳に残ったのは、塩の話だった。この辺りの塩は、リーヴェの商会経由でしか入ってこない。村の塩も、高い金を出して買ったものだという。


「塩はな、メグル。辺境では命の値段だ」


情報の対価として、今回は塩を多めに譲ってもらった。織布の残りと合わせて、取引は滞りなく終わった。だが帰り道、革袋の塩の軽さを手に、俺は拠点の弱点を改めて数えていた。


塩だ。


森には塩がない。川の魚にも、畑の土にも、塩の出所はなかった。これまで村の備蓄を分けてもらって凌いできたが、それは持続可能な供給ではない。保存食の質も、料理の幅も、塩の量に頭打ちがある。来春、街へ出る理由が、また一つ増えた。「塩の仕入れ先の確保」は、事業計画の重要な一行になった。


拠点に戻り、冬支度の最終リストを確認する。備蓄の食料は十分。薪も積んだ。塩だけが、計算の上で心許なかった。


――めぐる。……来年、街。


ワカバが、俺の手帳を覗き込んで言った。手帳の新しいページには、俺の字で大きく、こう書かれていた。


「来春、街へ」


冬を越えれば、商いの舞台は広がる。そのための備えを、この冬に全部終わらせるつもりだった。


帰り道の川辺では、もう冷たい風が吹いていた。秋は終わろうとしていた。だが不思議と、焦りはなかった。備えの数字は揃い、仲間は三人になり、村との信用もできた。残るのは、冬を越えることと、その先の計画を練ることだけだった。


手帳の「冬支度」の項目に、一つずつ印を付けていく夜が、もうすぐ始まろうとしていた。


数字の確認もしておいた。魔力上限は九三〇。稽古の積み重ねは、冬の間も続ける。寒さの中で型を通す日課が、春への仕込みの第一歩になるはずだった。


ワカバは帰りの川沿いで、もう来年の畑の話をしていた。カブトは黙って、二人の後ろを歩いていた。三人の影が、夕日の川面に長く伸びていた。拠点に着く頃には、空気の冷たさが一段増していた。


小屋に戻って、塩の在庫を量り直した。残りは三キロ弱。冬の三ヶ月を、料理と保存でやりくりするには、節約と工夫が要る数字だった。塩なしでも保存の効く燻しと干しの比率を上げる。献立の設計も、冬仕様に切り替える必要があった。「ないならないなりに、回す」のが商いの基本だった。塩の件は、来春の街行きの最重要課題として、赤字で囲んでおいた。


翌日からは、本格的な冬支度に入る。リストの最初は、小屋の補強と薪の確保だった。やることは多いが、全部「越冬」という一つの目的に繋がっていた。目的がはっきりした仕事は、苦にならなかった。むしろ、この冬が「仕込みの季節」になる予感がしていた。春への助走は、静かに始まっていた。その夜、初霜の知らせのように、泉の縁に薄く氷が張った。冬の足音が、拠点にも届き始めていた。だが備えのある冬は、怖いものではなかった。むしろ、静かに力を蓄える季節にできそうだった。そのための仕事が、明日から始まるのだった。冬支度の、長いリストと共に。そして、春への計画書の第一稿と共に。計画書の表紙には、ただ一言「行く」と書いた。街へ、商いへ、そしてその先へ。その道のりの長さは、まだ測れなかった。だが、一歩目はこの冬の中にあった。静かな、確かな一歩だった。冬の拠点に、暖炉の火が灯った。その火を、三人で囲む夜が始まるのだった。長い冬の、穏やかな始まりだった。明日は薪割りから始まる予定だった。予定表は、もう冬仕様に切り替わっていた。やるべきことは、はっきりしていた。あとは、一つずつ片付けるだけだった。


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