第21話「狩りの範囲が広がる」
初めての「遠征の狩り」は、計画から始まった。
狙いは、聖域の外縁、川の上流側に居ついている大型の角獣だ。偵察で姿は確認済みだった。群れから離れた老獣で、体重は優に百キロを超える。冬の備蓄と、カラム村への納品の上積みには十分すぎる相手だった。
役割は決まっていた。カブトが注意を引き、受け止める。俺は距離を取って射る。ワカバは拠点で留守番――の予定だったのだが、出発の朝、ワカバは俺の荷物の中に潜り込んでいた。
――わかば、収納。……運ぶ、仕事。狩りの、後。
「……まあ、解体と運搬はお前の仕事か」
結局、三人全員での狩りになった。留守番の拠点は無人になるが、半日の行程なら畑も泉も問題ないと判断した。
現地では、風向きと地形を確認した。角獣は開けた岩場で草を食んでいた。俺達は岩陰に陣を取り、カブトを前に出した。
「挑発」の振動が、岩場に低く響く。角獣が頭を上げ、こちらを見た。老獣とはいえ、その体躯の迫力は段違いだった。地響きと共に、突進が来た。
カブトが受けた。衝突の瞬間、カブトの表面に、細かいひびのような模様が走った。受けきれない――そう判断したのは一瞬で、俺は予定より早く矢を放った。一射目は肩に当たり、獣の進路を逸らした。カブトは傾いた体勢のまま、地面に体を広げて踏み止まった。
呼吸を整え、二射目。型が澄む感覚。会。今度は、獣の眉間ではなく、心臓の位置を狙った。太い体躯では、急所はそちらが確実だった。
離れ。
光の矢が吸い込まれ、角獣は数歩進んで、静かに崩れた。
「……カブト、無事か」
――硬い。……でも、持った。
カブトの表面のひびは、ゆっくりと塞がっていった。限界の一歩手前だったことは、俺にもカブトにも分かっていた。受けの上限を見誤れば、盾は割れる。その教訓を、手帳に刻んだ。
解体はワカバの仕事だった。これまでの相手とは桁違いの大きさだったが、ワカバの解体は相変わらず無駄がなかった。肉、皮、骨、角。そして、胃の内容物の中から。
「……ん?」
金属だった。掌ほどの大きさの、三角に近い金属片。表面には、細い線の刻印が走っていた。川の流れのような、血管のような、枝分かれする線の模様。
自然物ではない。明らかに、人の手で作られ、刻まれた物だった。
しかも古い。金属の縁は摩耗し、刻印の一部は読み取れなくなっていた。角獣が間違って飲み込んだのか、長くこの森に眠っていた物を、草と一緒に食んだのか。
手帳に、写しを取った。首輪の小客の紋様とは違う、「線の地図」のような模様だった。
「人の痕跡、その二、だな」
金属片は、魔石の袋と一緒に、小屋の棚の奥に収まった。意味は分からない。だが、森は少しずつ、その過去の断片を俺の前に置き始めていた。
帰還後の始末も大仕事だった。収納は一度で満杯になり、残りは皮に包んでカブトと二人で担いだ。集計では、食用肉が六十八キロ、皮一枚、角と骨、魔石はこれまでで一番大きなものが一個。冬の備蓄計画は、この一回で大きく前進した。
その夜、カブトには強制的に休ませた。表面のひびは塞がったと言っても、受けの限界まで使った体だ。
――かぶと、まだ、できる。
「できる、と、やる、は違う。休むのも仕事のうちだ。ワカバに教わっただろう」
――……うん。
カブトは不承不承、小屋の隅で丸くなった。ワカバが隣に寄り添った。盾役に「やすむ」を教えるのは、農家の役目らしかった。
手帳には、狩りの総括を書いた。成果:備蓄の大幅な上積み。課題:カブトの受けの上限管理、大型獣は二射が前提、運搬の往復コスト。改善:川を使った運搬手段の検討。――狩りもまた、回を重ねるごとに仕組みで強くなる仕事だった。その夜の夕食は、大型獣の肉の炉焼きだった。歯応えのある、森の味がした。塩の加減も、少しずつ分かってきた頃だった。
食後、魔力の数字を確認した。九〇五。千の大台が見えてきた頃合いだった。上限が伸びることは、ワカバ達の力の底上げにも直結する。稽古の継続に、ますます意味が増していた。だが今夜は、狩りの疲れもあって全員が早々に眠りに就いた。冬は、もう遠くない季節に来ていた。備えの総仕上げが、次の一手だった。村への二度目の取引と合わせて、冬支度の計画を立てる時期だった。その計画表の最初に書いたのは、「村への二度目の訪問」だった。次は、肉と芋に加えて、街の情報を買う番だった。情報は、どの世界でも高く売れる商品だったからだ。そして買う側としても、一番の投資対象だった。明日の準備を終え、俺は灯りを落とした。棚の奥の金属片が、闇の中でほのかに光った気がした。魔石の光と、少し似ていた。その類似も、保留箱に入れておくことにした。保留箱は、少しずつ重くなってきていた。いつか開ける日が来るのだろう。今はまだ、その時ではなかった。まずは冬を越えることが先だった。そのための備えは、着実に進んでいた。明日の村行きが、その総仕上げになるはずだった。




