第20話「カブト、タンクになる」
カブトに「タンク」を設定した日、覚えた技は二つだった。
「かばう」――仲間の前に割り入り、攻撃を自分の体で受ける技。
「挑発」――音と魔力の震えで、敵の注意を自分に引きつける技。
稽古は三人の型作りから始めた。俺が後ろで弓を構え、カブトが前に立つ。ワカバは少し離れた位置から畑を守る役。動きの基本は単純だ。敵はカブトを見て、カブトは受けて、俺が射る。だが、呼吸を合わせるのは難しかった。俺の「会」の長さと、カブトの耐える間合いが、最初はちぐはぐだった。
――かぶと、もっと、持つ。
「無理に持たなくていい。受ける、逸らす、の二つを使い分けるんだ」
カブトは寡黙だった。だが理解は早かった。体の表面の硬さを部分ごとに変え、受ける場所の硬さを上げる。突進の力は、体を少し傾けて斜めに逃がす。盾役としての勘が、技の説明以上に体に備わっているようだった。
稽古の合間に、カブトの「癖」も見えてきた。
毎朝、カブトは拠点を一周する見回りを欠かさなかった。誰にも命じられていない、自分の決めた仕事だった。そして見回りの途中、丸くて平たい小石を拾っては、小屋の脇にきれいに並べていた。十を過ぎたあたりで、俺は気づいた。あれは収集だった。カブトなりの、趣味。
――石。……丸いのが、いい。
「お前の宝物か」
――うん。並べると、落ち着く。
寡黙な盾役の、ささやかな趣味。並んだ小石の列は、日ごとに少しずつ長くなっていった。ワカバはそれを見て「かぶとの、畑」と言った。言い得て妙だった。守る者の畑は、石でできていた。
型の練習では失敗もあった。俺の「会」が長すぎてカブトが痺れを切らしたり、カブトの「挑発」がワカバの注意まで引いてしまったり。だが三人の呼吸は、日ごとに合っていった。夕方の稽古終わりに三人で泉の水を飲む時間が、俺のお気に入りになっていた。
転機は、四日目の夕方だった。
畑の縁の柵が、音を立てて揺れた。現れたのは、この前よりも二回り大きな苔イノシシだった。遅植えの畝の匂いを嗅ぎつけたらしい。俺とカブトの稽古は、そのまま実戦になった。
「カブト、予定通りだ。前へ」
――うん。
カブトが畝の前に進み出て、体を大きく震わせた。「挑発」だ。低い振動音と魔力の波が、イノシシの注意を一瞬で引きつけた。獣は頭を下げ、カブトへ突っ込んだ。
衝突。鈍い音。カブトの体が大きく凹み、地面を削りながらも、倒れなかった。「かばう」の姿勢のまま、受けきったのだ。
俺は型を通す。足踏み、胴造り、弓構え。カブトが作ってくれた時間の中で、呼吸は驚くほど澄んでいた。引分け、会。狙うのは、突進の勢いが落ちた獣の、眉間。
離れ。
光の矢が吸い込まれ、獣は畝の手前で崩れ落ちた。畑は、無傷だった。
稽古の成果は、実戦で証明された。三人の連携――挑発、かばう、そして一射。この型が、これからの狩りと防衛の基礎になる。
ふと、カブトを見た。凹んだ体はゆっくり戻りつつあった。その目が、俺を見ていた。
――まもる。
短い一言だった。だが、それは初めてカブトが「自分の意志で」口にした、仕事の宣言だった。
「ああ。守ってくれた。ありがとう、カブト」
盾役は、ここに完成した。
その夜、討伐した大きなイノシシはワカバの解体で、肉と皮と魔石に分かれた。最初の小獣の時より、全部の量が多かった。食料の備えが、また厚くなった。手帳の戦力表には、初めて「連携:成立」と書いた。
――かぶと、今日、すごかった。
ワカバの賛辞に、カブトは無言で、小石を一つ、列に加えた。誇らしさを石で表すのが、この子の流儀らしい。
三人の夜は、静かに更けていった。明日からは、カブトがいるからこそ行ける場所――聖域の外縁の狩りが始まる。狩りの目的も、はっきりしていた。冬の肉の備蓄と、村への納品分の上積みだ。守る者がいれば、攻める範囲も広がる。攻守の両輪が揃った日として、俺はこの日を記録した。組織図の二行目には、役割と技と、連携の型まで書き込んだ。組織が形を持つと、計画は夢から予定に変わる。予定表の最初には、明日の狩りの行き先を書き入れた。聖域の外縁、川の上流側。安全確認済みの範囲で、最大の獲物を狙う計画だった。ワカバは留守番組として、畑と拠点を任される。役割分担も、組織らしくなってきた。各自の得意が、全体の力になる。それが「パーティー」という言葉の意味らしかった。スキルの名前に込められた設計を、少しだけ理解した夜だった。明日は早い。全員、早めに休むことにした。ワカバの「やすむ」が、今日は俺から出たのが少しおかしかった。成長は、教える側にも巡ってくるものらしかった。巡る、という言葉が、また一つ意味を増やした夜だった。星空の下、拠点は静かに眠っていた。見回りの小石の列が、月明かりに白く光っていた。守る者の畑も、静かに育っていた。明日への備えは、万全だった。あとは、狩りの朝を待つだけだった。夜明けは、もうすぐだった。静かな、いい夜明けだった。




