第19話「レベルアップは、分裂の合図」
異変は、三度目の納品を終えた日の朝に起きた。
カラム村への残りの納品を終え、塩と織布の対価も受け取り、拠点の暮らしは一段落していた。いつものように畑の見回りをしていると、ステータスの隅が光った。
「スキルレベルが上昇しました。スライムパーティー Lv.2」
帯は、ついに満ちたのだった。畑の世話、狩り、解体、そして商い。その全部の積み重ねが、この朝に結実した。
――めぐる。……わかば、へん。
ワカバの声に緊張があった。振り返ると、ワカバの体が淡く発光し、大きく膨らんだり縮んだりを繰り返していた。双葉が震えている。
「ワカバ、大丈夫か」
――こわくない。……でも、体、勝手に。……あ。
小さな音がした。ぷつん、と何かが分かれるような音。
ワカバの体の一部が光の膜に包まれて離れ、草の上に、ぽとりと落ちた。そして形を取り始めた。もう一つの、スライムの体に。
色が違った。新しく生まれた子は、くすんだ黄土色で、表面には艶のある硬い質感があった。大きさはワカバより一回り大きく、動きはゆっくりで、音もなく俺を見上げていた。
分裂。女神の説明文の通り、スキルレベルが上がったこの瞬間に、相棒が増えたのだ。
――わかば、少し、小さくなった。……でも、大丈夫。……この子、わかばの、分身。……でも、違う子。
分裂直後のワカバは、確かに少しだけ小さくなっていた。力を分けた代償だろう。だが声はしっかりしていた。
新しい子は、じっと俺を見上げたままだった。意思の伝わり方は、ワカバの生まれた時よりずっと静かだった。感情の束ではなく、「待っている」という姿勢だけが伝わってきた。命じられれば動く。命じられなければ、動かない。そういう子らしかった。
ステータスには、変化が並んでいた。
「パーティー上限:2」
「全スライムの基礎ステータスが上昇しました」
「新規ジョブが解放されました:タンク」
タンク。盾役。前衛。畑を荒らす獣の前に、体一つで立ちはだかったワカバの姿を思い出した。あの役割を、本職として担うジョブが、ようやく解放されたのだ。
俺は、新しい子の前にしゃがみ込んだ。
「お前の名前を決める。……硬そうで、無口で、頼りになりそうな名前だ」
頭を巡らせて、一つ、決めた。
「カブト。お前はカブトだ」
――……かぶと。
新しい子――カブトは、短く、静かにそう繰り返した。そして、俺の足元に、ぺたりと体を寄せた。守るべき者の、立ち位置を確認するような仕草だった。
その日の午後、カブトの性質が少しずつ見えてきた。
拠点の周りを一緒に歩くと、カブトは決まって、俺と森の縁との間に体を置いた。誰に教わったわけでもないのに、危険のある側に立つ。試しに小石を軽く投げてみると、カブトは音もなく体の位置をずらし、その石を自分の体で受け止めた。痛がる素振りは、まるでなかった。
――かぶと、硬い。……痛く、ない。
「頼もしいな、お前」
ワカバは、先輩として張り切っていた。言葉を教え、畑を案内し、泉の水の飲み方まで実演していた。カブトはその全部を、静かに見て覚えていった。夕方には、ワカバの「耕す」が以前より速く、深くなっていることにも気づいた。レベルアップに伴うステータス上昇は、分裂した本人にも及ぶらしい。
観測の記録も残した。分裂はスキルレベルの上昇時にのみ起きる。親の体は一時的に小さくなるが、数日で回復する見込み。子は親のコピーではなく、色も気質も違う個体として生まれる。――この三行は、将来の「人員計画」の基礎データになるはずだった。
夜、三人で囲む夕食の席で、カブトは初めて自分から言葉を発した。
――……かぶと、ここに、いる。……守る。
片言の、短い宣言だった。ワカバが嬉しそうに体を弾ませ、俺は小さく笑った。
「ああ。頼むな、カブト」
守る役の誕生だった。拠点は今日から、三人の家になった。小屋は少し手狭になったが、それは嬉しい誤算の部類だった。
翌日からは、カブトのジョブ設定と、盾役としての稽古が始まる。畑と、村と、森と、三人の仕事は、少しずつ形を変えていくだろう。手帳の「人員計画」のページに、俺は二つの名前を並べて書いた。ワカバ、農家。カブト、タンク(予定)。組織図の、最初の一枚だった。その組織図が、どこまで大きくなるのかは、まだ誰にも分からなかった。女神の言う「巡らせる仕事」は、どうやら一人では完結しない仕事らしかった。仲間が増えるということは、巡らせる手が増えるということなのだろう。その分、守るべきものも増えていくのだが、それは悪い取引ではなかった。むしろ、この世界での俺の資産の増え方そのものだった。人と、信用と、相棒と。それが俺の貸借対照表だった。明日からの日々に、新しい名前が加わった。まずは、タンクの稽古からだった。カブトが静かに、頷いた気がした。その小さな動きが、頼もしかった。盾は、こうして家族になった。泉の水音が、祝うように響いていた。いい夜だった。




