↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/31

第18話「最初の取引は、物々交換で」

寄り合いは、村の広場で開かれた。


集まったのは十五人ほど。ユーノが昨夜の芋の話を切り出すと、最初に出たのは期待ではなく、疑いの声だった。森の奥から来た正体不明の少年。喋る魔物。本物かどうかも分からない芋。疑うのは当然だった。前世の飛び込み営業でも、初回の反応はだいたいこうだった。


俺は、反論しなかった。代わりに、持ってきた見本の芋と燻製肉を、その場で村の主婦たちに渡した。「食べて、判断してください」


品物は、言葉より雄弁だった。焼き芋の香りが広場に広がり、燻製肉の一切れを頬張った村の男が、小さく「うまい」と漏らした。空気が、少しずつ変わっていった。


条件の提示は、その後だ。


「品物は、芋百五十キロ、燻製肉二十キロ。数回に分けて、冬の前に届けます。対価ですが――金は要りません」


広場がざわついた。ユーノの目が鋭くなった。


「金が要らん商売など、あるのか」


「この村に金がないことは、昨日聞きました。ないところから取る商いは、長続きしません。代わりに、三つください。一つ、織布。麻の布を十反。二つ、塩。村の備蓄から、分けられる分だけで構いません。三つ――春になったら、この村の若い衆の手を、延べ十日分。川の荷揚げ場を作る仕事を手伝ってください」


布は村の女達の冬仕事で、売れば金のになる物だった。塩は貴重品だ。労働力も含めて、決して小さくない対価である。だが、それは全部「村が払える形」に設計した対価だった。払える形で払ってもらうからこそ、信用が残る。信用は、次の取引の通貨になる。


ユーノは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


「……布十反は厳しい。八反でどうだ。塩は、備蓄の三分の一を出そう。その代わり、芋は百八十キロに増やせ。若い衆の手は、十二日分出す」


始まった。交渉だ。数字が、数字で返ってくる。この感覚が、たまらなく懐かしかった。


いくつかの押し引きの末、条件はまとまった。芋百七十キロ、燻製肉二十キロ。対価は織布九反、塩は備蓄の三分の一、労働は延べ十一日。約束は村の記録板に刻まれ、俺とユーノが印の代わりに名を刻んだ。


契約の後は、その場で第一便の引き渡しだった。ワカバの収納から、芋六十キロと燻製肉十キロが広場に現れる。何もない場所から食料の山が現れる光景に、村人たちがどよめいた。魔法の収納を持つ行商。疑いの目は、その多くが「信用」の色に変わっていった。


村からは、塩の第一弾が手渡された。小さな革袋に、大事にしまわれていた村の塩。俺はその夜、村の厚意で頂いた粥に、指先ほどの塩を加えてもらった。


「……うまい」


塩味という、ただそれだけのことが、涙が出るほど美味かった。拠点の食卓に欠けていた最後のピースが、取引によって埋まった瞬間だった。


ワカバは村の子供たちに大人気になっていた。体の上を滑り台代わりにされ、双葉を珍しがられ、すっかり村の人気者だった。相棒が「人との距離」を縮めてくれることも、この事業の大きな財産になりそうだった。


その瞬間だった。


体の奥で、何かが「満ちる」感覚があった。腹の底から胸へ、温かいものが静かに上がってくる。畑の世話でも、狩りでも感じたことのない種類の手応えだった。


集落の人々が、芋の入った籠を囲んで笑っている。子供が、母親に焼き芋を運んでいる。俺はその光景を見ながら、そっとステータスを開いた。


スキル「スライムパーティー」。その経験値の帯が、見たこともない速度で伸びて、ほぼ満ちていた。


――商いも、経験になるのか。


このスキルは、パーティーの営みそのものを糧にするらしい。そして満ちた帯の先には、分裂の約束が待っていた。


拠点への帰り道、川沿いを歩きながら何度もステータスを確認した。帯は残りわずか。あとは日々の営みの積み重ねで、いずれ満ちるだろう。その「いずれ」が何を連れてくるのか、俺は女神の説明文を思い出していた。


スキルレベルが上がると、スライムが分裂して数が増え、ステータスが上がる。


――めぐる。……なにか、変わる?


「ああ。もうすぐ、家族が増えるかもしれない」


――家族。……わかば、楽しみ。


双葉が、夕日の川面に揺れた。最初の取引は、数字以上のものを俺達にもたらそうとしていた。拠点に着く頃には、空に星が瞬き始めていた。明日からは、残りの納品と、畑の冬支度が待っている。だが今夜くらいは、この小さな達成感に浸っても罰は当たらないだろう。塩の小袋を棚に置いた時、拠点の暮らしが一段上がった気がした。明日の朝食は、塩味の魚の汁だ。それだけで、明日が待ち遠しくなるのだから不思議なものだった。取引とは、暮らしを前に進める仕組みなのだと、改めて思った。ステータスの帯の進み具合も、明日また確認することにした。変化は、きっと近かった。胸の奥の温かさが、まだ小さく残っていたからだ。それは、満ちていく帯の熱に似ていた。眠りに落ちる前、最後にそれだけを確認した。長い一日が、静かに終わった。本当に、静かに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。