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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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16/30

第16話「収穫祭は二人きりで」

収穫は、三日がかりの大仕事だった。


最初の株を掘り起こした瞬間、俺とワカバは顔を見合わせた。土の中から、白い芋が鈴なりに現れたのだ。一株から、大小合わせて十個以上。掌ほどの大物も混じっている。


「……一株で、これか」


――すごい。すごい! わかばの畑、すごい!


聖域の濃い魔力、泉の水、肥料、そしてワカバの日々の世話。その全部が掛け算になった結果だった。指南書に書かれた標準収量と比べれば、倍では利かない数字である。


掘る。運ぶ。数える。仕分ける。芋の山が、草原の一角に日に日に高くなっていった。大小の選別は俺の仕事だった。食用の上物、食用の並、来期の種用、そして傷物は俺達の直近の食事と肥料行き。検品の基準は、食糧部門の目で厳しく付けた。


二日目は、作業のリズムができていた。ワカバが株元をほぐし、俺が引き抜き、芋を陽に当てて土を落とす。合間にワカバは覚えたての言葉を節みたいに繰り返していた。「しゅうかく、しゅうかく」。鼻歌の代わりの、収穫の歌だった。


重さの計量は、ワカバの収納を借りた。収納の中身の総量はスキル経由で分かるようになっていて、出し入れのたびに数字が更新される。秤のない生活では、これが一番正確な計量器だった。


選別の基準も、この日にはっきりさせた。直径が拳より大きいものを上物。形の良い中型を並。芽の張りの良いものを種用。村へ持っていく見本は、この「上物」から選ぶ。品物の顔は、最初の一回で決まるからだ。


三日目の夕方、最終集計が出た。


総収穫量、二八七キロ。


植えた種芋は、切り分け分を含めても十数キロ相当だった。二十倍以上の実りである。一人と一匹の年間の消費を、食用だけでもとうに超えていた。


「……これは、もう『商品』だな」


芋の山を見上げる俺の顔は、たぶん商社マンの顔になっていたと思う。


夜は、小さな収穫祭だった。焼き芋を主役に、川魚の塩焼き改めハーブ焼きと、燻製肉。焼きたてのアルバは、ほくほくで、ほのかに甘く、塩なしでも十分に美味かった。ワカバは焼き芋を体に取り込んでは、小さく震えていた。


――おいしい。……わかばが育てた、おいしい。


「ああ。お前の畑だ、ワカバ」


祭りの後は、来期への仕事が待っていた。種の確保だ。


種用に選んだ芋の前で、ワカバが体を広げ、ゆっくりと包み込んだ。淡い緑の光がスライムの体を通して芋に注がれていく。やがて姿を現した種芋は、芽の数が増え、一つ一つに生命力のような張りが宿っていた。


――種、強くした。来年、もっと、育つ。


これが、農家スライムによる「種の魔力増殖」だった。通販で買うのは最初だけ。あとは、ワカバの力が来期の種を生み、育てる。この仕組みが回れば、仕入れコストは年々下がり、畑は年々強くなる。事業の根幹を成す循環が、目の前で静かに回り始めた。


食べきれない余りを前に、ワカバが聞いた。


――余り、どうする。……腐る?


「腐らせるのは、下の下だ。収納の中では時間が遅い。だが、それでも限りはある。だから、届ける」


――村の、ひとたち。


「ああ。あの煙の村だ」


種の増殖が終わった畑では、次の仕事も始まっていた。収穫後の畑は、土を休ませ、肥料を入れて来期に備える。指南書の序文の通り、与えた分だけ土は応える。だが奪うだけなら痩せていく。この畑の豊かさは、聖域の魔力と、俺達の手入れの、両方の結果だった。だからこそ、手入れの方を怠る理由はなかった。


収納の中に積み上がる芋の山を見て、俺は改めて思った。


食べきれる量を、とうに超えている。――この「余り」を、最初に届ける相手は、もう決まっていた。


出発は五日後と決めた。芋の追熟と、燻製肉の仕上げと、村までの道の最終確認をする時間だ。持っていく品物の目録も手帳に作った。芋の上物五十キロ、燻製肉十キロ、川魚の干物。見本として置いていく分と、反応が良ければその場で分ける分と、二段構えにした。


「緊張するな、こういうのは何度やっても」


――わかばも。……こんにちは、練習する。


収穫祭の余韻の中で、相棒は挨拶の練習を再開していた。畑の次の季節は、もう始まっていた。だがその前に、収穫の喜びを二人で分かち合えたこと自体が、俺には何よりの収穫だった。前世の収穫は数字の報告で終わっていた。今生の収穫は、芋の甘さと、相棒の歌で出来ていた。祭りの残り火を見ながら、俺は静かにそう思った。


記録も残した。木の板に刻んだ、初年度の事業報告。生産:芋二八七キロ(種の二〇倍超)、魚と肉は自給圏内。課題:保存の上限、販売先の開拓、塩の調達。次の一手:カラム川下の村との接触。――前世なら四半期報告書に書いていた様式が、この世界でも俺の思考の型になっていた。型は裏切らない。数字は、次にやるべきことを照らしてくれる。その「次」が、俺を下流へ向かわせるのだった。五日後、俺達は初めて、人里へ降りる。そのための荷造りは、明日から本格化する。楽しみと緊張が、半分ずつ胸にあった。


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