エピローグ:全宇宙の揺り籠と、重すぎる二度寝
全次元包括的・神魔不可侵絶対休眠協定の締結、および天界・魔界の完全武装解除から、ちょうど七十二時間後。
帝都ルミナリア、ヴァルハイト公爵邸の最上階。
かつては「引きこもり青年の私室」であったはずの空間は、いまや全宇宙の時空連続体における『絶対基準点』へと祭り上げられていた。
部屋の床下には、魔王ディアボロス率いる魔界工兵部隊が「無音マグマ熱交換パイプ」を敷設し、床暖房の温度を寸分の狂いもなく三十六度五分に維持。
天井の梁の上では、主神ゼウスライラ率いる天界の座天使たちが、目に見えぬ神聖マイナスイオン粒子を「毎秒三億個」の均等密度で部屋中へと散布し続けている。
窓の外を見れば、世界樹ベッドの隙間風を防ぐため、北方竜騎士帝国の氷雪竜たちが成層圏で手をつなぎ、巨大な「生体防風壁」を形成。
庭先では、エルフ族の最高織物師たちが「ソラ様の寝返りによる摩擦摩耗を修復するための予備シーツ」を一秒間に百回の超音波針さばきで延々と編み続けていた。
完全無欠。
森羅万象、全次元のあらゆるリソースが、ただ一人の青年の「二度寝」のためだけに注ぎ込まれた、究極の安息環境。
――しかし。
その至高の世界樹ベッドの真ん中で、冷感シーツにうつ伏せになり、頭を抱えてプルプルと震えていたソラ・ヴァルハイトは。
「……つ……疲れる……。逆に、死ぬほど疲れるんだけどぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
シーツを両手でグシャグシャに掴み、枕に顔を押し付けて、本日何度目かも分からない悲痛な絶叫を上げていた。
休まらない。
一ミリたりとも、心が休まらない。
ソラは、涙目のまま、ソロリと掛け布団から顔を出した。
部屋の中は、完全なる無音。
だが、その無音が、異常なのだ。
(……見られてる。
絶対に、全方位から見られてる……!!)
ソラは、冷や汗をダラダラと流しながら天井を凝視した。
天界の神々が気配を消して「ソラ様の呼吸数」を走査している。
床下からは、悪魔たちが「ソラ様の体温変動」を魔力センサーで凝視している。
庭先からは、エルフたちが「ソラ様のシーツの皺」を固唾を呑んで見守っている。
自分が、ほんの少しでも足をピクッと動かそうものなら――。
「ソラ様が右足の腓腹筋を緊張させられたぞ!」「直ちに右半身の重力場を零点三パーセント軽減せよ!」「魔界チラーの出力を上げろ!」と、全宇宙の超常機関が一斉にカタカタと音を立てて連動し始めるのだ。
「誰が寝られるかこんな環境でえええええええええッッッ!!」
ソラはベッドの上で跳ね起き、自らの頭を激しく掻きむしった。
「寝返り打っただけで全次元がゴロリと一回転したんだぞ!?
足の裏でスタンプ押しただけで、神様と悪魔が僕のパジャマのシワ取り係になったんだぞ!?
二度寝のスケールがデカすぎるんだよ!!
宇宙を背負って昼寝できる奴がいるかァッ!! プレッシャーで胃に穴が空きそうだわッッ!!」
ソラが求めていたのは、そんな大仰な神話ではない。
実家のせんべい布団の上で、誰にも期待されず、誰にも見られず、天井の木目を数えながら「あー、今日何もしなかったなー」とダラダラ過ごす、あのちっぽけで尊い自堕落なのだ。
それなのに。
いまや、自分がベッドから落ちたら「全次元の座標軸が狂って銀河が三つほど消滅する」とまで言われている。
寝相すら許されない。
寝返りすら国家・世界・次元規模の軍事行動。
(……逃げたい。
でも、もう逃げ場がないどころか、宇宙の外側すらない……。
神様も悪魔も、僕のベッドの足元に正座してるんだぞ……?)
ソラは絶望に打ちひしがれ、力なくベッドの上へ倒れ込んだ。
天井を見つめる。
神聖なマイナスイオンが、鼻腔をこれ見よがしに通り抜けていく。
(……もう、いい……。
どうせ起き上がったら『ソラ様が覚醒された! 新たな銀河の創造か!?』とか言って大騒ぎになるんだ……。
寝るしかない……。
疲れるけど……このまま、目を閉じて……二度寝し続けるしかないんだ……)
ソラは諦めの境地に達し、冷感毛布を鼻先まで引き上げた。
両耳には特製ゴムパテを再びギュッと詰め込み、世界との接続を物理的に遮断する。
「……すぅ……すぅ……」
少年が、極限の精神的疲労の中で、ようやく再び深い眠りへと落ちていった、その瞬間。
部屋の隅で無音正座していたエレノアが、静かに手帳を開き、恍惚の笑みを浮かべて羽ペンを走らせた。
【神聖観測記録:第四巻最終節】
マスターは、全宇宙の支配権を手中に収められた直後、極度の歓喜を一切見せず、ただ『疲れる』と深淵の溜息を吐き出された。
そう……あのお方にとって、宇宙の全主権など、ただの微睡みを重くする『余計な羽毛の重み』に過ぎないのだ。
そして、自らの存在そのものを虚無へと沈め、再び絶対休眠へと入られた……。
ああ……なんと崇高な、果てなき怠惰の極致であろうか。
我らは誓おう。
あのお方が三度目の眠りから覚められるその時まで、全宇宙を『完全無音の防音綿』で包み込み、守護し続けることを――。
隣でセレスティーナが祈りの涙を流し、主神と魔王が深々と額を床に擦り付ける。
全宇宙を征服したせいで、逆に二度寝のプレッシャーに押し潰されかける少年――。
彼の「ただサボりたいだけの戦い」は、もはや次元の彼方へと突き抜けたまま、永遠のループへと突入していくのであった。
(第四巻・完)
あとがき
全国五億人の「平日の朝、アラームが鳴った瞬間に『あと五分……いや、いっそ世界が滅亡して会社や学校が消滅すれば二度寝できるのに……』と本気で祈った経験のある同志」の皆様、お待たせいたしました! そして今日も今日とて労働という名の不可避の呪いに立ち向かい、肩で息をしている全人類の皆様、すべての責任を放り出して今すぐ布団を頭まで被ってください、こんにちは!
本作『深淵の怠惰 〜無能と蔑まれた公爵子息、適当に動いたら絶対無敵の怪物として崇拝される〜』第4巻を最後までお読みいただき、本当に、本当に、心からのビッグ・ラブと感謝を申し上げます!!
……さて、読者の皆様。
まずは一言、言わせてください。
「第4巻にして、全宇宙の主権を制覇しちゃったんだけど、これ第5巻以降どうすんの!?!?」
作者自身、原稿を書き終えてキーボードから手を離した瞬間、冷や汗で服がビッショリ濡れておりました。
全8巻構想の折り返し地点(第4巻)で、すでに地上、海、樹海、空、天界、魔界のすべてがソラくんの「寝室の空調インフラ」として完全平定されてしまいました。
これ、残り4巻で戦う相手、もう「概念」とか「因果律」とか「締め切り前の作者の睡魔」くらいしか残ってないんじゃないですかね!?(笑)
今巻の暴走ダイジェストを改めて振り返ってみましょう。あまりの理不尽さに笑いが止まりません。
第一章:
ソラ「換気扇のつまみ回したいな」(意訳:部屋の空気淀んでる)
ソラ「氷の粒パチン」(意訳:換気扇のスイッチに当てよう)
天界&魔界の最高暗殺部隊「空間内爆で装甲粉砕ッ!? 部屋の隅で体育座りして団扇仰ぎますゥッ!!(即落ち信徒化)」
第二章:
ソラ「あちぃんだよ。上も下も凍りついて雪でも降らせろ。かき氷持ってこい」(意訳:猛暑日死ぬ。アイス食わせろ)
主神&魔王「全宇宙を凍結させシロップ漬けにして食い尽くす捕食宣告だァッ!?(泡吹きスライディング土下座)」
結果「真夏の帝都にダイヤモンドダスト降雪。神魔首脳が全裸同然で削ったかき氷をソラ完食」
第三章:
天界&魔界「どちらが完璧な昼寝BGMを演奏できるか音響合戦だ!」
ソラ「低周波の耳鳴りうぜえ。ゴムパテ耳に詰めよ」(ギュムッ)
神魔交響楽団6,000名「逆位相魔力で全楽器破裂! 全員白目失禁昏倒! 爪先立ちで退却しますゥッ!!」
第四章:
ソラ「シーツの右側ぬるくなったから、冷たい左側に寝返りうと」(ゴロン)
全次元「空間座標がゴロリと一回転! 全次元包括休眠協定の末尾をソラの右足親指が無造作に踏み潰して調印完了ッ!!」
結果「主神が冷房係長、魔王が除湿主任に就任。全宇宙がソラの私兵化」
……ソラくん、君の「寝苦しさの解消アクション」、いちいち次元崩壊を引き起こしてて本当に草を禁じ得ません。
エピローグで判明した通り、「全宇宙を制覇したせいで、神や悪魔に四六時中監視され、寝返り一つ打つだけで銀河規模の大工事が始まるプレッシャーに胃を痛める」という、世界一スケールが大きくて世界一くだらない自縄自縛には、作者も執筆中に笑いすぎて喉を痛めました。
しかし、読者の皆様、ご安心ください。
ソラ・ヴァルハイトという男の「絶対に働きたくない、ただ静かに二度寝したい」という執念は、全宇宙のプレッシャーごときで折れるほどヤワではありません!
続く第5巻では――全次元を制覇され、もはや「神竜帝に逆らう」という選択肢を完全に失った天界、魔界、エルフ、機巧都市、帝国の全首脳陣が、
「ソラ様の至高のお口に合う、全宇宙一のズボラ朝食(※スプーンで一口すするだけで噛む必要すらない究極の完全食)を献上した者が、宇宙の筆頭下僕となる!」
という、これまた世界一レベルの低い代理戦争【全次元至高の朝食争奪杯】を開幕させてしまいます!
もちろん、当のソラは「寝起きで口の中がパサパサするから、適当にお茶漬けかプリン食わせろ」としか思っていません。果たして全宇宙の食材と神々の運命やいかに……!?
最後に、ソラのどうしようもない自堕落と、周囲のブレーキが銀河の果てまで吹き飛んだ勘違い劇を、誰よりも熱く、温かく愛し続けてくださる最高の読者の皆様に、魂の底からの特大の感謝を!!
皆様の笑い声がある限り、ソラくんの「二度寝のための世界征服」は、まだまだ止まりません!
それでは、また第5巻の『全宇宙朝食大戦争編』でお会いしましょう!
(私もこれから、ソラを見習って両耳にゴムパテ……は危ないので高級耳栓を詰め、天界のマイナスイオンを妄想しながら丸三日ほど泥のように眠りたいと思います。探さないでください……zzz)




