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第5話 終焉の魔女は敵を許さない



 他に必要なものを買った俺達は帰路についていた。


「いやぁ、色々と買えて大満足だな」 


 ちなみに、下着とかも店員さんに選んでもらった。


 良かった、俺は女児の下着なんてミリもわからんからな。


 そう思いながら家に向かっていると、途中で薄暗い路地裏に差し掛かった。


 ――その時だった。


「……面倒なことになったな」


 路地裏の真ん中まで来た瞬間、剣呑とした空気が場を支配した。


 俺はリアを手で制して立ち止まる。


「――バレバレだから、そろそろ出てきらどうだ?」


「――ほう、流石は元Aランク冒険者だなァ」


 その声が聞こえてきたのは、真上からだった。


「危ないッ!」


 俺は咄嗟にリアの腕を掴んで、後ろに跳ぶ。


 ――刹那、俺たちがさっきまで居た場所に巨大な戦斧が振り下ろされ、巨大なクレーターを作った。


「ほほう、ノールックでこれを避けるか……」


 そう言ったのは戦斧の持ち主――筋肉隆々の巨漢だった。


「ははっ……偶然だよ。後ちょっとで俺もぺしゃんこだったな」


「ほう? そういう割には余裕そうじゃねえか」


「まさか」


 巨漢は俺を舐め回すように見ると、鋭い眼差しと共に口を開いた。


「……まあ、悪いことは言わねえ。その少女を渡せ。そしたら、お前のことは見逃してやる」


「っ……へえ、この女の子を狙ってるのか? もしかして、昨日のチンピラの仲間だったり?」


「あ? 俺たちをそんじょそこらのチンピラと一緒にすんじゃねえ!」


 なるほど。

 違うのか。


 となると……まさか。


「――ギャングか」


 最近、街に入ってきたと噂の有名ギャング。

 確か、リーダーは筋肉隆々の男って話だった気がする。


 恐らく、リアは容姿が良いから捕まえて奴隷にして売ろうと思っているのだろう。


「へえ、わかってるんだったら話は早えな。さあ、少女を渡してもらおうか」


 巨漢が右手を挙げた。


 ――次の瞬間、路地裏の入り口と出口からゾロゾロと人が現れた。


 ざっと……合計で10人はいるだろう。


「……まあ、そうだよな。一人なわけねえよなぁ……」


「ははっ、流石に諦めたか? 念の為に言っておくと、ここにいる奴は最低でもCランク冒険者。最高は――Aランクだ」


 そう言って、巨漢が自身を指さした。


「……そうだな、俺も命は惜しい」


 俺はリアに視線を移す。


 彼女は、恐怖と期待が混ざった瞳をじぃーっと俺に向けていた。


「じゃあ――」


「――でもな、この子を置いていくのは無理な頼みだ」


「ッ……へえ、馬鹿だな」


「俺はこの子の保護者だ。少なくとも俺はそう思っているし、この子にも、そう言った。だから――絶対に裏切るわけにはいかない」


 俺は腰に携えた剣を抜いた。


 リアは恐らく、今まで色々な人に裏切られ続けた。

 だからこそ――絶対に俺はリアを裏切っちゃいけない。


「はッ! とんだ馬鹿野郎だなっ! でも――嫌いじゃねえ考え方だ」


 巨漢は戦斧を担ぎ上げると――


「俺はグレイブ。『巨人斬り』のグレイブだ。てめえのことは痛みなく一瞬で屠ってやるよ」


「そりゃどうも……ッ!」


 俺は全力で地面を蹴り、駆け出した。


 距離を詰めた後――


「〈サンドショット〉」


 左手で魔法を放つ。


 砂を撒き散らす初級魔法。

 しかし、目眩しには十分だ。


 この隙に俺は剣を振り上げ――


「――馬鹿が。そんな技、通用するかよッ!」


 グレイブは目を瞑ったまま、戦斧を振り回した。


 結果として俺は近づけず、目眩しは無駄になる。


 ――はずだった。


「じゃあな」


 ――パァンという乾いた発砲音が耳をつんざいた。


 俺の右手に握られたのは剣……ではなく、拳銃だった。


「……ははっ、正義の味方だと思ったら、クソみたいな卑怯者だったか……」


 グレイブは苦しげに呟く。


 彼の左腕には銃弾が埋まっており、痛々しく血が流れている。


「咄嗟に左手で守ったのか……馬鹿みたいな瞬発力だな」


「はッ! そっちこそ、剣を途中で手放して、遠距離武器を取り出して攻撃なんて卑怯すぎて笑えちまうぜ」


 グレイブ漢は俺の持つ武器を睨みつけた。


 目眩しの目的は剣を当てることじゃなかった。

 剣はただのフェイント。


 目を瞑らせ、その間に拳銃を取り出して発砲するのが真の目的だった。


「にしても……見たことねえ武器だなァ」


「まあ、世界に一つしかない武器だからな」


 勿論、拳銃は隠し宝箱から手に入れた。


 火薬と魔力によって爆発的な力で弾を発射し、どんな屈強な肉体を持った相手でも頭に当たれば即死する強力な武器だ。


「でも……初見殺しで俺を殺せなかった時点でテメエの負けだ」


 刹那――グレイブの姿が掻き消えた。


 あーあ、最悪だ。

 これだから――対人戦は嫌いなんだ。


「あぐッ……」


 気づいた時には鈍い痛みと共に俺の腹にグレイブの拳がめり込んでいた。


 俺は身体能力だけで言えば精々Cランク冒険者と同程度。

 足りない部分を武器やアイテムで補って、ようやくAランク冒険者になったような人間だ。


 だから、身体能力だけでAランク冒険者になった奴に、肉弾戦で勝てるわけがないのだ。


「り……あ……」


 俺は最後にリアの姿を捉えて……意識を失った。


 彼女は……驚愕したように目を見開いていた。






 ――◇――◇――◇――



【リアside】




「――り……あ……」


 アスタさんは私を見ながら、そう言って地面に倒れた。


 アスタさんを殴ったグレイブという男は、傷を抑えながらニタニタと笑みを浮かべて私を見る。


「さあ、お前の保護者は倒れちまったぜ? お前が大人しく捕まっていれば、こんなことにはならなかったのになァ」


 ――なんで。


 ――なんでなんでなんで?


 私は確かに守ってくれることを期待した。


 でも……まさか、会って一日も経っていない私を命がけで守ろうとするなんて思わなかった。


 ――『絶対に裏切るわけにはいかない』

 彼は自分の命を犠牲にしてでも私との約束を果たそうとしていたのだ。


「……本当だったんだ。アスタさんの言葉は……嘘じゃなかったんだ……」


 ――まるで白黒の世界に色が付いたようだった。


 この感覚を二度と私は忘れることはないだろう。


 絶望的な状況だと言うのに……私は無性に嬉しくなって、勝手に口角が上がっていく。


「何だ? なんでお前……笑ってるんだ?」


「ふふっ……なんで、でしょうね?」


 世界は酷く穢れていて、嘘に塗れていると思っていた。


 誰であっても余裕がなくなれば他者を簡単に裏切る。

 アスタさんに期待はしていたけれど……彼も同じだと思っていた。


 けれど、違ったんだ……!


 彼は、彼だけは他の人間と違う。


 其れはまるで、真っ黒な世界に咲いた一輪の花。


 絶対に――


「……私が守らなきゃ。例え、他の全てを犠牲にしてでも……」


「あ? 何いってんだ? こいつ、ついに頭おかしくなったのか?」


 グレイブが怪訝そうに眉をひそめると――


「――おい、お前ら! とっとと、こいつを捕まえろ! ただの子供なんだから、お前らでも余裕だろ」


 他の仲間に指示を出し、自身は後ろへ下がる。


 いえ、正確に言うと――


 ――下がろうとした、でしたね?


「〈顕現:終焉の魔女〉」


 刹那――今まで押さえつけていた魔女の力が溢れ出した。


 どこからか現れた漆黒は私を包み込み、私を本来の姿へ作り変えていく。


「……は!? な、なんだよ、その姿は……!」


 振り返ったグレイブが困惑の声を漏らした。


 今の私は漆黒のドレスに身を包み、大人の体で透き通るような銀髪を揺らしていた。


 しかし、グレイブが困惑しているのは、それだけが理由ではない。


「なんで……お前に黒い翼が生えてるんだ……?」


 彼が指差したのは――私の体から生える一対の翼。


 其れを見て、彼はきっと一つの答えにたどり着くだろう。

 人の形を成して、漆黒の翼を持つ存在。

 それは――


「魔女――!?」


「はい、正解です……っ! ご褒美として――命だけは取らないであげますよ」


 私はニコリと微笑み、グレイブへ右手を向けると――


「――まあ、命以外は全て頂くつもりですけれど」


 虚空から巨大な黒い腕が現れた。


 すると、グレイブの顔はさらに青ざめていく。


「その黒い腕……ま、まさか〈強欲の腕〉か!?」


「よくご存知で。相手の記憶やスキルまで、ありとあらゆる物を奪う力です……!」


「ッ……ば、化け物がッ! お前ら、逃げ――」


 次の言葉が言われることはなかった。


 黒い腕がグレイブの体を握ると、小さな悲鳴と共に彼は意識を失う。


 他のギャングたちも同じだ。


 逃げようとする者、黒い腕を切り付ける者、グレイブを助けようとする者……色々な人が居た。


 けれど、みんな揃って最後には黒い腕に握られ、地面に倒れた。


「さて……私の全てを奪った挙句、大切な人を傷つけたんです。覚悟は出来ていますね?」


 私は小さく嗤った。


 その姿はきっと、酷く残虐な魔女に見えただろう。


 でも、それでいい。


 アスタさんのためなら――


 ――私は残虐な魔女にだって成り下がってみせる。


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