第4話 月の聖女は服を買う
「ここが露店のある大通りですか……」
リアは沢山の露店が並んでいるのを見て、目を輝かせていた。
「大通りに来るのは初めてなのか?」
「いえ、初めてではないのですが……数えられる程しか来たことが無いんです」
「なるほど、じゃあ、今日はリアが知らないだろう未知の物を教えてあげよう」
「……?」
「じゃあ……こっちかな、来てみてくれ」
俺はリアを連れてしばらく歩くと……甘い匂いのする屋台に着いた。
その屋台では既に10人ほどが列を成していた。
「これは一体、何のお店なのですか……?」
「んー……説明すると難しいな。まあ、食べてからお楽しみってことで」
俺たちは、その最後尾に並ぶ。
すると、10分ほどで俺たちの番が来た。
「おっちゃん、久しぶりっ!」
「ん?」
屋台で料理を作っていたおっちゃんは顔を上げて俺を見ると……顔を明るくした。
「――おおっ! アスタじゃねえか! 久しぶりだなぁ!」
「調子良さそうだね、おっちゃん」
「おうよ! アスタのおかげだぜ! それはそうと……今日は一人じゃないみたいだな?」
おっちゃんは俺の隣のリアに視線を移す。
「ああ、この子はリア。しばらくの間、俺が面倒を見ることにした子だよ」
「ほほう、まさかアスタが嫁を作る前に娘を作るとはなぁ……!」
「やめてくれよ、娘なんて大層なもんじゃないって。」
「そうか? その子、どっからどう見ても父親にベッタリの娘にしか見えねえぞ……」
おっちゃんは俺にピッタリくっついているリアを指差して言った。
リアはおっちゃんへ怪訝そうな眼差しを向けている。
「あ~……まあ、この子は色々とあってね……多分、警戒してるんじゃないか?」
「ほう……。でも、アスタのことは信頼しきってるんだな。随分と気に入られてるじゃねえか! こりゃあ、本当の娘が見られるのも近いかもしれねえな! ガハハっ!」
「やめてくれよ、おっちゃん……」
年の差を考えてくれ……。
リアは10歳くらい。
俺は20歳。
どう考えても無理がある。
しかし、弁明すればするほど逆に勘違いされそうだし、早く注文して逃げよ。
「おっちゃん、そろそろ注文いいか?」
「おうよ、いつものでいいか?」
「ああ、二つお願い」
「へいよ! ……まあ、そう言うと思って話しながら作っておいたぜ? ……ああ、揶揄っちまった詫びに代金はいらねえから受け取ってくれ!」
「良いのか? ありがとう、じゃあ、お言葉に甘えていただくよ」
俺はおっちゃんから、『いつもの』を受け取ると、近くのベンチに腰を下ろした。
「いつもの……一体、何を受け取ったんですか?」
「まあ、見ればわかるよ」
俺は袋を開けると、そこには狐色の生地に包まれた魚型のお菓子があった。
「これは……お菓子ですか?」
「うん。これは、鯛焼きっていうお菓子でね。中に甘いクリームが入ってるんだ」
「へえ~……初めて見ました……!」
「実はこのお菓子は元々、おっちゃんのお菓子が全然売れてないのを見て、俺がレシピを教えて作らせたものなんだよね」
「そうなのですか?」
「まあ、俺が考えたお菓子ではないんだけどね」
当然、日本からの知識だ。
文化の汚染……なんて言われるかもだけど、鯛焼きくらいなら良いだろう。
「ほら、冷めないうちに食べちゃおうか」
「は、はいっ!」
リアは鯛焼きを受け取ると……恐る恐る齧りついた。
「――んっ! パリッとした生地の中に甘いクリームが入っていて、とても美味しいです……っ!」
リアは口いっぱいに鯛焼きを頬張っていた。
良かった、気に入ってくれたみたいだ。
「リア? 口元にクリームが付いてるぞ?」
「へ!? ほ、本当ですか?」
「うん、取ってあげるから少しじっとしていてくれよ?」
俺はハンカチでリアの口元を拭った。
やけに大人びた子だと思っていたが、子供らしいところもあるじゃないか。
少し微笑ましい気持ちになりながらも、俺も鯛焼きに齧り付く。
「うん、いつ食っても美味いな……! 中に入ってるのがカスタードクリームじゃなくてあんこだったら完璧だったんだけど……」
「あんこ? それが美味しいんですか?」
「まあ、俺にとっては、あんこの方が馴染み深くてさ」
ただ……この世界にあんこは無いらしく、二度と食うことは出来ないだろう。
まあ、仕方がないことだ。
「――さて、食べ終わったら、そろそろリアの服とかを揃えに行くか」
「そう……ですね」
リアは少し俯き、言葉を濁らせた。
「どうしたんだ? 何か気になることがあったか?」
「いえ……大したことでは無いのですが、さっきアスタさんが『娘なんて大層なものじゃない』と言っていたのが気になってしまい……」
「あー……」
リアは複雑そうな表情を浮かべたまま――
「アスタさん。私は一体、アスタさんの何なのでしょうか……?」
――そうやって、質問を投げかけた。
「……難しい質問だね」
「も、もしかしてですが、私のことを恋愛対象として……」
「――待った、それはない。絶対に無い!」
「っ……そうですか……」
「リアは俺にとっては保護する対象だ。そういう対象としては絶対に見てないから、安心してくれ」
「……わかりました」
ふぅ、なんとかロリコンだと思われることは回避した。
しかし、どうして皆、俺をロリコンだと思うのだろうか?
子供は好きだが、恋愛対象として見れるほど狂っちゃいない。
それにしても――
「なんで、リアは少し残念そうな表情をしてるんだ……?」
「……いえ、なんでもないです」
「そ、そうか?」
「それよりも、私の服を買ってくださるのですよね? 早く行きましょ?」
リアはベンチから立ち上がると、手を差し伸べてくる。
俺は、その手を取って立ち上がると――
「っ!?」
突然、リアが腕を組んできた。
「……私だって……本当は大人の女性なんですからね」
「え? リア? 何か言ったか?」
「……いえ、なんでもないです。とにかく、早く行きましょう?」
「えっ、あ……うん」
俺はリアに流されるままに、腕を組んだまま、服を売っている店へ歩き出した。
――◇――◇――◇――
大通りから離れて、俺たちは子供用の服が売っている店にやってきた。
「へぇ……色々な服が売っているんですね」
リアは近くに置いてある服をまじまじと見つめる。
「ええっと……俺は服とかはさっぱりわからないから、好きに選んでくれていいぞ?」
「うーん……でも、私もわからないんですよね……」
「――お困りでしょうか?」
すると、女性の店員さんが話しかけてきた。
「あ〜……実はこの子の服を選ぶのに悩んでまして……」
「なるほど。でしたら、私がお選びいたしましょうか?」
「良いんですか? じゃあ……」
俺はリアに視線を移す。
少し不安げな表情をしているが、小さく頷いていた。
「お願いします」
「はいっ! 失礼ですが、ちなみにご予算などは……?」
「ああ、そこら辺は考えなくてもらっても良いですよ」
「失礼いたしました。では、とびきり可愛いお洋服を見繕いいたしますね」
店員さんはリアを連れると、少し楽しそうな雰囲気で店の奥へと消えていった。
大丈夫だよな……?
近くの椅子に腰掛けて待つこと数十分。
店の奥から店員さんに呼ばれた。
「――あ、アスタさん……ど、どうでしょうか?」
そこには――天使がいた。
リアは真っ白なワンピースに身を包み、清純な雰囲気を纏っていた。
「凄く、似合ってるよ」
「そ、そうですか……?」
リアは少し恥ずかしそうに身をよじらせる。
すると、店員さんは微笑ましそうな表情で口を開いた。
「ふふっ、リアちゃんは素材が良いので、やっぱり、素の綺麗さが強調されるワンピースが1番似合いますね……!」
「本当にありがとうございます。ちなみに何種類か用意したいんですけど……他にも選んでもらっても良いですか?」
「ええ、そう言うと思いまして、幾つか見繕っておきました。ちなみに……こんなのもありますよ?」
そう言って、店員さんが見せたのは――
「――め、メイド服!?」
まさかのメイド服だった。
「あれ? てっきり、この子は従者やメイドなのかと思ってご用意したのですが……違いましたか?」
「え、ええっと……まあ……」
俺とリアは顔が似ていないため、親子じゃなくて、主従関係だと思ったのか……!
俺が言葉を濁らせていると――
「――はいっ、そうですよ。私はアスタさんの従者です」
「り、リア!?」
リアは俺の耳元に口を寄せると、小声で囁く。
「……従者という言葉が凄く気に入りました……! ただの保護される対象なんて嫌です。私を従者にしてくださいませんか?」
「っ……で、でもな……」
俺は反論しようとするが、リアの絶対に譲らないという強気な表情を見て、言葉を引っ込ませた。
「……わかったよ。でも、リアはまだ子供だってことを忘れないでくれよ?」
「はいっ……!」
全く……この子には敵わないな。
「じゃあ、メイド服を何着か……それと普段着も他にお願いします」
「ええ、わかりました。ご用意いたしますね」
そうして、昨日、俺を殺そうとした少女が、まさかの従者となったのであった。
ほんと……奇妙なこともあるものだな。
その後、俺たちは他に必要なものを買って帰路に着いた。
――しかし、何事もなく家に帰れるほど、状況は良くなかった。




