第3話 魔女は絆される
【???side】
この世界は美しくなんて無かった。
汚れていて、醜くて。
嘘にまみれた世界。
こんな世界なんて消えてしまえばいい。
私――アリシアは路地裏で星空を見上げながら強く思った。
「お父様もお母様も教会も……みんな私を裏切った……」
両親は義理だった。
けれど、本当の親のように優しく育ててくれていた。
教会も同じ。
みんな親切にしてくれた。
私のことを好いてくれて、大切に思ってくれているのだと思った。
――けれど、それは思い違いだった。
『――お前のような薄汚れた平民、誰が好きで家に置いておこうと思うのだ。私たちが興味があったのはお前の持つ聖女の力だけだ。わかったら早く去れッ!』
ついさっき、お父様に言われた言葉だ。
彼らの笑顔も、優しさも……全部、嘘だった。
聖女の力を自分たちの物にするために10年前から仕組まれた綿密な計画だったのである。
結果として、私は聖女の力を奪われ、さらには呪いで容姿を変えられてしまった。
綺麗な銀髪は真っ黒になり、青い瞳は血のような真っ赤に染まった。
体は幼くなり、まるで10歳のような姿に変貌した。
『聖女アリシア』は、殺されたも同然だった。
ここに居るのは、まんまと騙された馬鹿な女。
「本当に……馬鹿だなぁ、私」
最後まで信じていた『彼』――勇者様も助けに来ることはなかった。
――前に『絶対に守る』と約束してくれたのに。
それも結局、嘘だったのだ。
「……こんな世界、消えてしまえばいいのに」
本音が零れ落ちた。
それは心の中の何かの防波堤が崩れる合図だった。
次の瞬間――心の奥底から今までに感じたことのないドス黒い何かが溢れ出す。
「なに……これ……」
――『復讐してやりたい』
――『全てを破壊したい』
――『一人残らず、人間を殺してしまいたい』
奪われたはずの力が、全身に漲りはじめた。
しかし、それは前のような神聖な力ではない。
おぞましさを感じるほどの邪悪な力だ。
「あ……うっ……」
理性は溢れ出す闇の中に溶けていき、この世への呪詛と憎しみだけが頭の中を支配していく。
だというのに――
――今までに無いほど、気分が良かった。
「そうだ……偽りだらけの世界なんて無くなっちゃえばいいんだ。私がこの手で……消しちゃえば良いんだ……」
闇は私を骨の髄まで黒く染め上げた。
そうして聖女アリシアはこの世から消えた。
聖女は――世界を滅ぼす運命の魔女へと変貌したのであった。
――そのはずだった。
「……なんで」
振り下ろしたナイフは、アスタさんの首の皮を切り裂く寸前で止まった。
世界を滅ぼすためなら、彼くらいは殺せなきゃ行けない。
なのに、アスタさんの顔を見ていると、失ったはずの理性が何故か湧き上がってくるのだ。
「人間なんて、どうせ私を裏切るんだから殺さなきゃいけないのに……」
どうしてか、アスタさんの表情や仕草を見ていると、彼が私を裏切る気がしなかった。
人間とは誰しも心の奥底に闇を飼っているものだ。
裏切られてからは、それが鮮明に見えるようになった。
しかし、アスタさんだけは違った。
彼の心には、底無しの優しさが広がっているのだ。
「……最後に確かめてみても良いかも……。人間が本当に嘘つきしかいないのか。この世界が――本当に穢れていて、嘘に塗れているのか」
しかし、もしアスタさんが私を裏切った時は――もう人類に救いはない。
その時は、ことごとくを滅ぼすまでだ。
私は静かにナイフを仕舞った。
「……信じてますからね」
私はアスタさんの背中に顔を埋めて、小さく呟いた。
――◇――◇――◇――
「……どうしよう」
翌朝、俺は危機に陥っていた。
目を覚ました時に――真横にリアが居たのだ。
それだけならいいさ。
昨日、横で寝るのを許可したのは俺だし。
でもさ……。
――なんで、俺の背中に抱きついてるの!?
寂しかったのだろうか?
それなら仕方がない。
俺もそっとリアの腕を解いてベッドから出ただろう。
問題はそこじゃない。
――なんだよ、この万力みたいな力は!?
俺は元とはいえ、Aランク冒険者だ。
その力を持ってしても、解けない力とは?
「……マジでこの子、何者だ?」
こんな見た目の少女はゲームに居た覚えがないし……考えても謎が深まるばかりだ。
それにしても、まるでコアラみたいだなぁ。
俺はリアを引き剥がすことを諦めると、彼女の頭を優しく撫でる。
すると、リアは心地よさそうに頬を緩めた。
どうやら、随分と信頼されてしまったらしい。
「まあ、今まで大変だっただろうし、今日くらい……いいか」
俺はリアが起きるまで、頭を撫でたり、本を読んだりして時間を潰した。
リアは朝が弱いようで、9時くらいになって、ようやく目を覚ました。
「ん……んんっ、すみません、私……アスタさんに抱きついたまま寝てしまったみたいです……」
リアは恥ずかしそうにベッドから起き上がる。
「いいよ、疲れていたんだろ? じゃあ、俺は朝ご飯作ってくるから……」
俺が立ちあがろうとすると、リアが手を引っ張って引き止めた。
「いけません。私もお料理できますから、朝食くらいは私が……」
「え、でも、リアは起きたばかりだし……」
「――お願いします。少しくらいは私に手伝わせてください……」
リアは俺の前に立ちはだかって、真剣な眼差しでお願いする。
「そ、そこまで言うなら……お願いしようかな」
「ええ、任せてください。あ……でも、アスタさんはじっとしていてください。もし、手伝おうとしたら括り付けますから」
「ど、どこに!? どうやって!?」
すると、リアは「ふふっ」と笑って、キッチンの奥へ消えていった。
「……なんだったんだ……?」
凄い恐ろしいことを言われたような気がするが……まあいっか。
俺はベッドに横になり、本を読みながら朝食を待った。
「――出来ましたよ」
食卓にはパンと綺麗に焼かれたオムレツなどが置かれていた。
「凄いな、本当に料理が出来るんだ……てか、俺よりも上手いんじゃないか?」
「そうでしょうか? 私も偶にメイドのお手伝いをするくらいでしか料理はしてませんでしたし……」
「メイド?」
「ッ……ああいえ、なんでもありません」
リアは慌てて口元を抑える。
明らかに『メイド』って言ったよな?
となると、商家や貴族の家に元々居た……?
……いや、本人が隠したがっているのに勝手に詮索するのは野暮か。
「ええっと……じゃあ、朝ご飯、食べようか」
「はい。どうぞいただいてください」
俺はオムレツを切り分け、口に運ぶ。
「――んっ! 美味いな、これ!」
「ふふっ、なら良かったです」
オムレツは中がトロトロであり、中々、出来が良かった。
もしかして、俺よりも料理が上手いんじゃないか?
「なあ、リア」
朝食が終わった後、コーヒーを飲みながらリアに話しかける。
「良かったら、この後、リアの必要なものを街に買いに行こうと思うんだけど……どうだ?」
「……昨日からずっと思っていたのですが、なんで私にそこまでするんですか?」
リアは怪訝そうな瞳を真っ直ぐ、俺に向けてきていた。
「……そうだな、正直、大した理由はないよ」
「そうなのですか?」
「うん、元々はここまでする気はなかった。孤児院にでも預けて、それで終わりにしてしまおうと考えてたさ。けど……なんというか、リアを見れば見るほど『放って置けない』って思っちゃってさ」
俺は少し気恥ずかしくて肩をすくめる。
「孤児院に居ても、リアは救われないって本能的に感じたんだ。まあ……正直、気まぐれみたいなものだと思ってくれて良い」
「そうですか……」
リアは複雑そうな表情を浮かべると――
「嘘を言わないのですね、貴方は」
神妙な面持ちで言った。
「わかるものなのか?」
「はい、私は沢山、裏切られてきましたから……自然と嘘を見分けられるようになったんです」
「そっか……」
こんなに幼いのに……壮絶な人生を歩んできたんだな。
「じゃあ、今までの分まで存分に甘えてくれ」
俺はリアの頭をゆっくりと撫でた。
「っ……!」
「じゃあ、早速、リアの服でも買いに行こうか」
「はいっ……!」
リアは小さく笑みを浮かべて、返事をした。
ああ……良かった。
初めて、笑ってくれた。




