第37話 月の聖女は変装する
「……今回は襲ってくれてもいいんですよ?」
アリシアは俺の腕を抱きしめながら、蠱惑的に微笑んだ。
「ッ……か、揶揄いすぎだ。アリシア」
「私としては、いつでもウェルカムなのですが……」
アリシアは「ふふっ」と再び微笑んだ。
くっ、可愛らしいから憎めないんだよなぁ……。
「……にしても、アリシア、俺への好意を隠さなくなったよな」
「もう、隠す必要はないと思いましたから。でも、それはアスタさんも同じですよね?」
「まあ……な」
俺たちは好意をバレないように立ち回っていた。
けれど、互いに薄々相手にも好意があるんじゃないかと気づいていき――昨日の件でほぼ確信に至った。
だから、もう好意を隠す必要はない。
しかし――アリシアの『嘘』を教えてもらえるまで告白するつもりも、一線を越えるつもりもなかった。
「じゃあ……もうそろそろ、寝ましょうか」
アリシアは静かに瞳を閉じる。
早とちりする必要はない。
そうわかっていても――
「……そんな可愛らしい顔で扇情的なことを言われたら、襲いたくなるだろ……」
我慢するこっちの気持ちにもなって欲しい。
俺は恨めしげにアリシアの可愛らしい寝顔を見つめるのであった。
――◇――◇――◇――
「――アスタさん! 王都が見えてきましたよ」
アリシアの言葉を聞いて、俺も窓を覗くと――遠くに巨大な王城と広大な街が目に入った。
「ついに来たか……」
この数日間、綿密に計画は立てた。
恐らく、今回の潜入がうまくいけば……全ての問題をまとめて解決できる。
俺は一段と気を引き締めた。
「さて……問題なく城内に入れて良かったですね」
俺たちは検問所を越え、無事に王都の城壁の中に入っていた。
「そうだな。相変わらず、検問所には聖騎士がたくさん居たけど、バレずに済んで良かったよ」
「それにしても……大きな通りですよね〜」
アリシアは街並みを見ながら、しみじみと呟いた。
「てっきり、アリシアは王都で生まれ育ったんだし、この景色は見慣れてると思ったけど……そんなことないのか?」
「まあ、ある程度慣れては居ますけど……私が居たのは、貴族街でしたからね。あまり大通りには行ったことがないんです」
アリシアは軽く肩をすくめた。
「貴族街か……確か大教会も貴族街にあるんだよな?」
「はい。それもあって……貴族以外の人が、普通に大教会に入るのは少し難しいんですよね……どうしましょうか」
「う〜ん……そうか、困ったな……」
一応、認識阻害の効果がある外套を使えば姿を隠せるが……一着しかない上に、近づかれたら普通にバレる。
「アリシアの魔女の力は使えないのか? ほら、姿を変えられるんだったら変装とかも出来るんじゃないか?」
「なるほど……! 教会の騎士の人に変装すれば……」
アリシアは顎に手を当てて少し考えると――
「――多分、できると思います! じゃあ早速、手頃な教会の騎士を襲いましょうか!」
「お、襲う必要はないんじゃないか……?」
「ダメですよ。実際の騎士を見ながら能力を使った方が、変装の精度が高まりますから……! 逆に変装がバレて牢屋行きになる方が大変じゃないですか?」
「まあ……そうだけど……」
「ほらっ! あそこに教会の騎士の人がいますよ。早速、やっちゃいましょう……!」
あまりにも言っていることが物騒すぎる。
アリシア……いつの間に、こんな血気盛んになったんだ?
「でも……仕方ないか」
しかし、アリシアの言うことに一理あるのも事実。
俺たちの計画のために、少し眠っていてもらおう。
俺はアリシアと少し打ち合わせすると――俺一人で教会の騎士に近づいていく。
「ん……? どうかしましたか?」
騎士は、怪訝そうな口調で言った。
「あの……すみません、こっちの路地裏の方で『聖女アリシア』を見かけた気がするんです」
「なんだと……! どこだ? 案内してくれ……!」
「勿論です」
俺は騎士を連れて、路地裏に入っていく。
「えっと……ここら辺です。ほら、あそこ――!」
俺は路地裏の曲がり角を指差した。
騎士も釣られて、そっちを見るが――
「――隙ありです」
声が聞こえた瞬間――騎士の背後の空間から、巨大な黒い腕が出現し、騎士を襲った。
不意打ちを喰らった騎士は悲鳴を上げる間もなく、地面に倒れていった。
「……やりましたね……!」
「うん、やっちゃったよ……」
「大丈夫ですよ、少し眠ってもらっているだけですから! ……じゃあ、早速変装していきましょうか」
アリシアは騎士を様々な角度から観察していくと――
「うん、こんな感じですかね」
彼女が詠唱すると……俺の全身を黒いヴェールが覆い、気がつけば俺はフルプレートアーマーを着ていた。
完全にこの教会の騎士と同じ格好だ。
「おお……凄え、完璧だな」
「でしょう? じゃあ、私は……シスターにでも変身しますね。幸い、過去にシスターをやっていたので服装は完全に再現できますし」
アリシアは再び詠唱すると――彼女は完璧なシスターへと変身した。
「これで私たちは、ただの騎士とシスターにしか見えませんね……!」
「だな、早速……潜入するか」
俺たちは大教会へと向かった。
しかし、この時はまだ、俺たちは知らなかった。
――とある人物にすぐに俺たちの化けの皮を剥がされることを。




