第21話 月の聖女は本気を出す
俺は――迷わずアリシアを抱きしめた。
アリシアの体は柔らかくて、温かかった。
「ふぇ……?」
俺の腕の中でアリシアは力の抜けた声を溢す。
「え……嘘。そんな……ほ、本当にするなんて……」
「俺にとってアリシアは大切な人なんだよ。他の人とは……違って」
もうアリシアには嫌われてしまったのだ。
これ以上、保身に走る必要なんてなかった。
だから――いざとなったら、この想いを告げる覚悟だった。
「ッ……嘘。そんなの嘘に決まってます……! どうせ、我慢して私を抱きしめてるんでしょう?」
アリシアは明らかに動揺した様子だった。
「嘘じゃない。我慢なんて一切してないよ。大切な人を抱きしめるのが嫌な人なんて居ないだろ?」
「ッ……う、嘘じゃない? そんなわけないのに……」
アリシアはしばらく俯くと、再び口を開いた。
「――じゃあ、私が大切な理由を言ってくださいよ。私たちは初対面です。なのに大切に思うってことは何か特別な理由があるはずでしょう?」
「ッ……そ、それは……」
ここが告白する二度目のチャンスだった。
一度目と違って……今度は保身に走らない。
俺は息を大きく吸って覚悟を決めると――
「俺は――」
刹那、一気に周りが暗くなった。
俺は言葉を中断して、思わず上を見上げる。
――そこには、俺たちを叩きつけんと上から迫ってくるリヴァイアサンの尻尾があった。
「しまった……ッ!」
完全に油断していた。
俺はアリシアの手を掴み、咄嗟に回避しようとするが――尻尾の攻撃範囲が広すぎて、恐らく今から回避しても間に合わない。
それに回避したとしても、尻尾によって湾岸都市の港は半壊してしまう。
俺に許された方法は一つだけ。
「斬るか」
俺は虚空に手を伸ばし、小さく呟く。
「アイテムボックス」
すると、虚空に黒い穴が開いた。
そこから現れたのは――真っ黒な一本の刀だった。
刀は一切の装飾が施されておらず、全てが真っ黒だった。
だと言うのに……刀身からは握るのを躊躇われるほどの禍々しい気配を感じる。
誰かを守るのは今回で三度目だ。
一度目は誰も守れなかった。
二度目はリアを守れなかった。
三度目の今回……一番大切な人だけは絶対に守らなければ。
俺は覚悟を決めて、柄を握り、構えた。
そして、尻尾めがけて高く跳び上がり――
「はァッ!」
――尻尾を一刀両断した。
刀は硬いはずの鱗も骨も全て等しく、豆腐のように切り裂いていった。
最後に俺は切り落とされた尻尾を蹴飛ばすと……尻尾は海へ沈んでいった。
「やべっ……」
逆に俺は地面に落ちていく。
咄嗟に受け身を取ろうとするのだが……体に力が入らず、うまく動けなかった。
そのまま俺は地面に背中から落ち――
「――アスタさんっ!?」
落ちなかった。
俺の体はアリシアの腕に優しく受け止められた。
「アリ……シア。ありがとう」
「いえいえ、それよりも……アスタさん、大丈夫ですか?」
アリシアは心配そうに俺の体を見渡し……最後に刀に目を向けた。
「その刀、明らかに呪いの武器じゃないですか……!」
「まあね。でも……ちょっと体力と精神力を吸われるだけだよ」
「……明らかにちょっとどころじゃないと思いますが」
アリシアは力尽きて腕をだらんと垂らしている俺を見つめる。
「……私を守るためですか?」
「……かもね」
「全くもって理解できません。私が魔女になるのが心配なだけでしたら、ここまでする必要は無いですよね。……むしろ、殺してしまった方が楽だったんじゃ無いですか?」
「なッ……そんなこと絶対にしないに決まってるだろ。アリシアには絶対に死んでほしくない。大切な人だから」
「だから、何で私のことが大切――」
「GYAOOOOッ!!」
その時、リヴァイアサンが激しく鳴いた。
尻尾を切り落とされて、痛がっているのだろう。
そう思っていると……突然、リヴァイアサンは勇者を無視しして、俺たちを強く睨んだ。
もしかして――
「……俺たち、狙われてる?」
「みたいですね。あのヘビ、さっきから大事なところで邪魔をしてきて……いっそのこと、私の手で……」
「アリシアさん?」
アリシアは何故か、拳を固く握り、恨みったらしくリヴァイアサンを睨み返していた。
「いえ、なんでもありません。それよりも困りましたね。どうしましょうか……」
「そうだな……」
俺は自分の手に握られた刀に視線を移した。
「――俺が倒してくるよ」
「だ、ダメですよっ! そんなことしたら……」
「大丈夫大丈夫。体力はポーションで回復するし」
俺はポーションを取りだし、アリシアに見せた。
「……でも、その刀、精神力も使うんでしょう? 精神力はポーションじゃ回復しませんよね?」
「うっ……」
「最悪の場合……廃人になるんじゃないですか?」
「それは……」
図星だった。
この刀、一撃くらいなら大丈夫だが……何度も連続で使うとなると、何が起こるかわからないのだ。
「……でも、俺がやるしかないだろ」
俺は刀を強く握りしめた。
「大切な人を死なせてまで生きるくらいなら……危ない博打に出た方がマシだよ」
「アスタさん……」
アリシアは複雑な表情で俺を見つめた。
そして……覚悟を決めるようにゆっくり口を開いた。
「一応、言っておきますけど……それは私も同じです」
「え?」
「私だって大切な人が廃人になるくらいなら――危ない賭けに出た方がマシですよ」
「大切な……人……」
俺のことを指しているのだろうか。
俺が……アリシアにとって大切?
「どうして……」
「さあ、どうしてでしょうね。それは今度、会った時に答え合わせしましょう。私だけでなく……貴方の大切な理由も」
「今度?」
「ええ、今度です。近いうちに絶対に会いに行きますから。私にまたしても期待をさせたのですから絶対に逃がしませんよ?」
アリシアは俺に妖しげに微笑みかけて――
「――ですから今は少しだけ眠っていてくださいね」
彼女は優しく俺の頬を撫でた。
刹那――俺の意識はスイッチをオフにするように、ぷつりと切れた。




