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第20話 月の聖女はぎゅーを要求する



【アスタside】



 アリシアは背中を向けて黙って歩いていく。

 そして、途中で一瞬だけ振り返り、晴れやかで……でもどこか消えそうな笑顔を浮かべて――


「――心から愛しています」


 そう言った。


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 愛してる? 俺を? 心から……?

 つまり……


 ――アリシアは俺が好きなのか!?


 そう理解できた時には、アリシアは既に曲がり角を曲がっていた。


「アリシアっ! ちょっと待ってくれ、俺も君のことが――」


 俺はすぐに駆け出して、曲がり角を曲がった。

 しかし――アリシアの姿はどこにも無かった。


「消え……た?」


 アリシアが曲がり角を曲がってから10秒も経ってないはず。

 その間に……隠したのか?

 でも、どうして?


「とにかく、探さなきゃ……」


 そして、さっきの言葉の真意を探るのだ。

 もし、あれが本当に愛の告白だったのならば――どれ程、嬉しいだろうか。

 頼むから……そうであってくれ……!


 俺はアリシアを探すために、深夜の湾岸都市を駆け回った。



 ――◇――◇――◇――



「ようやく見つけた……!」


 アリシアは埠頭で呆然と波打つ海を眺めながら座っていた。


 俺がアリシアに近づいていくと、彼女は振り返り、驚いたようで目を大きく見開く。


「よくここがわかりましたね……」


「だいぶ……探しましたから」


「……みたいですね」


 アリシアは俺の額に浮かんだ汗を見つめると――


「……私を探した理由は、魔女にならないか心配だったからですか?」


「それは……違います。さっきの言葉の意味について……聞きたかったんです」


「っ……それは……」


 アリシアは一瞬口ごもり、困ったような顔をした。

 そして、唇を少し尖らせると、口を開いた。


「あ、あれは……ただの皮肉みたいなものです」


「皮肉?」


「ええ、少しイラッとしたので」


 皮肉……か。

 しかし、皮肉にしては、あの表情はやけに感情がこもりすぎている気がした。


「本当に……皮肉なんですか?」


「ええ、当たり前です、そうじゃなかったら、何だって言うんですか?」


 アリシアは俺を一瞥すらせず、背中を向けたままそう言った


 ああ……やってしまった。

 俺は最低だ。

 保身に走って、言わなくてもいいことを言ってアリシアを傷つけてしまった……。

 こんなことなら……せめて告白して玉砕してしまった方が良かった。


「……訊きたいことは、もう終わりましたか? でしたら、お願いですから……一人にしてください」


「アリシア……さん……」


 俺は彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


 どうしようかと、俺が頭を抱えていると――


「――アリシアッ!」


 背後から男の声が聞こえてきた。


 振り返ると、整った顔立ちの好青年が駆け寄ってきていた。


「……勇者……様……どうして、ここに……」


 アリシアは好青年――勇者を見て、眉をひそめる。

 対して、勇者はアリシアに近づき、彼女の肩を揺さぶった。


「アリシア! 探したんだぞ、まさか、こんな街にいたなんて……」


「……なんで、次から次へと今は話したくない人が現れるんでしょうか」


「あ、アリシア?」


 アリシアは勇者の言葉を無視して、しばらくの間、黙って俯くと――


「……すみません。私は貴方の元に帰るつもりはありません」


「ど、どうして……!」


「私は……心から、やりたいことを見つけたんです。それに……貴方の元にこれ以上いるのは辛いですから」


「あ、アリシア……!」


 アリシアは立ち上がり、勇者と海に背中を向けて歩き去っていく。


 当然、勇者はアリシアのことを追うのだが――


 ――その時、どうしてか、全身の肌が粟立つような感覚がした。


「……まさか」


 俺は咄嗟に海の方を振り返ると――


「ッ!?」


 俺の視界に映ったのは――巨大な龍だった。


 龍は蛇のように細長い形をしており、海を埋め尽くしてしまうんじゃないかと錯覚するほどの巨躯を持っていた。


 次の瞬間、龍は俺たち目掛けて大きく口を開け、力を溜め始めた。


「まさか……ッ! 二人とも危ないッ!」


 俺は咄嗟に二人の手を引き、地面に押し倒す。


「な、何するんですか――ッ!?」


 困惑する勇者を無視して、俺も地面に伏せた。


 ――刹那、俺たちの頭上を青白い光線が通っていった。


「今……のは……? い、いや待て、それよりも、あのモンスターは……!?」


 勇者は龍を見て後ずさり……小さく呟いた。


「海龍……リヴァイアサン……」


 それは湾岸都市で起こるイベントで出てくるボスモンスターだった。


 アリシアの件で完全に存在を忘れていたが、まさか、このタイミングで現れるなんて……ッ!


「――GYAOOOO!!!」


 リヴァイアサンの巨大な咆哮を聞くと、俺の心は恐怖で支配されていき、少し足が震えた。


 ――だが、何とか恐怖に打ち勝ち、俺は立ち上がった。


 リヴァイアサンの『咆哮』は、聞いた相手に『恐怖』の状態異常を与えるんだっけ……?

 俺は運良くレジストしたが、二人は……。


「二人とも、大丈夫ですか?」


 二人の方を向くと、二人ともケロッとしていた。


「僕は大丈夫です。勇者なので精神干渉系の攻撃が一切、効かないんですよ」


「私も、似たような感じで大丈夫ですが……」


「そっか。それなら良かった」


 俺が安堵で胸を撫で下ろしていると、アリシアが深刻な顔で何かを呟いた。


「……精神干渉系の攻撃が効かない……。じゃあ、記憶を消せない……ッ!」


「アリシアさん? どうかしましたか?」


「いえ……なんでもありません。それよりも不味いことになりましたね」


 俺はアリシアの言葉に頷く。


 この状況は確かに不味かった。


 本来ならリヴァイアサンは勇者が入念に準備した上で仲間の協力があって、ようやく倒せるようなモンスターだ。

 しかし、今まで勇者はアリシアの捜索ばかりしていたわけで……準備も戦力も足りなかった。


「――取りあえず、僕が何とかしてきます」


「ゆ、勇者!?」


 勇者は突然、大きく跳び上がり……リヴァイアサンの体に着地した。

 うわぁ……流石、勇者って感じ……。


 あっちはあっちで頑張ってくれるっぽいし、俺も手を考えなければ……。


「……私がアスタさんを守らなくちゃ」


「アリシアさん……? どうしたんですか?」


「……だって、あれはアスタさんが勝てる相手ではないでしょう?」


「ッ……あはは、言うね」


 確かに……そうだ。


 俺の身体能力は精々Cランク冒険者レベル。

 リヴァイアサンには到底、敵わないだろう。


 けれど――


「――大切な人が危険な目に遭うかもしれない状況で、戦わないわけにはいけないでしょ」


「大切な……人? それは……一体、誰のことですか……?」


「そりゃあ、アリシアさんだよ」


 即答すると、アリシアは少し驚いたようで、ぴくりと目を見開いた。


「……初対面の私が大切な人? 変なことを言うんですね。もしかして貴方も勇者様と同じですか? 勘違いさせるようなことを皆に言って――」


「――違う。俺は誰でもこんなこと言わないです。アリシアさんだから……大切なんです」


「……口だけなら、何とでも言えますよ」


「じゃあ、どうしたら……」


 アリシアはしばらく顎に手を当てて考えると――


「――わ、私とハグしてください」


 突然、頬を少し赤く染めながら、そう言った。


「私が大切なら出来るでしょう? ほら……!」


 アリシアはそう言って、プイッと顔を逸らす。


 俺は――


 ――迷わず彼女の体を抱き寄せた。



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