第19話 月の聖女は想いを告白する
「――どうして、貴方は私の事をそんなに気にするんですか?」
次の瞬間、青い瞳が鋭く俺を見つめた。
――しまった。
アリシアからすれば俺は見ず知らずの無関係なモブなのだ。
そんなモブに色々と詮索されて、不思議に思うのは当然だろう。
……なんて言い訳しようか。
「一応言っておきますが、私に嘘は通用しませんからね」
「ッ……!?」
「今まで沢山騙されてきたんです。もう……絶対に騙されたりしませんから」
その言葉は、ハッタリなどではなく本当だった。
原作でもアリシアはこのイベントの後、嘘が通用しなくなるのだ。
完全に忘れていた……ッ!
じゃあ、言い訳なんて出来ないじゃないか。
「……どうして黙るんですか? 何か私に言えない理由があるんですか?」
「それは……」
――貴方のことが好きだから。
本音は……それだった。
言ってしまえば、楽になる。
けれど……
――多分、アリシアと結ばれる可能性は無くなる。
だって、俺とアリシアは初対面なのだ。
初対面の相手に告白されて……受け入れるわけがない。
むしろ、気味悪がって距離を取られるのがオチだろう。
ならば――
「……アリシアさんは聖女です。居なくなれば勇者パーティの戦力が低下してしまい、最悪の場合、世界が滅ぶかもしれないじゃないですか」
「ふぅん……?」
アリシアは俺の瞳をじっと見つめると……ゆっくりと瞬きをし、口を開いた。
「……嘘半分、本音半分といったところでしょうか? 完全な嘘でなければ見抜かれないと思いましたか?」
「なッ……!? そんなこともわかるんですか……!?」
嘘の中に真実を混ぜる。
原作では確かこの方法でアリシアの審美眼を騙せたはずじゃ……!?
明らかにアリシアの洞察力が原作よりも上がっている……。
「さあ、本音は何なんですか? 初対面にも関わらず、なぜ、そこまでして貴方は私を気にするんですか?」
「そ、それは……」
つまり、嘘が少しでも含まれているのなら、アリシアは見抜いてくるのだろう。
――ならば、真実だけを言ってしまえばいい。
この事は誰にも言ったことがないが……仕方がない。
「――アリシアさん、俺は大体の世界の未来を知っているんです」
「み、未来?」
俺の言葉が予想外だったのか、アリシアは目を見開き、パチパチと瞬きを繰り返す。
そして、呆然と呟いた。
「嘘じゃ……ない?」
「はい。嘘じゃありませんよ」
原作知識がある……というのは大まかな世界の未来を知っているのと殆ど同じだ。
少なくとも俺はそう思っている。
だから――嘘ではない。
「そんなことが……。で、でも! それがどうして、私のことを気に掛ける理由になるんですか?」
「それは……アリシアさんが世界を滅ぼす運命にあったからです」
「え」
「アリシアさんは知らないと思いますが……貴方には世界を破滅させることの出来る魔女の力が隠されているんです」
「ッ……!? う、嘘……」
アリシアは酷く動揺していた。
まさか、自分に魔女の力が宿っているとは思っていなかったのだろうな。
ここまで来たら……全部言うしかない。
「勇者がアリシアさんを助けなかった場合、貴方の魔女の力は解放され、世界を破滅させる運命にありました……だから、俺はアリシアさんが行方不明になったと聞き、気にかけていたんです」
「ッ……嘘じゃ、ない……」
そう、全部嘘じゃない。
しかし、隠していることはある。
アリシアの力は嘘を見抜くことは出来るが、『隠していること』は見抜けないのだ。
「う……ぁ……」
声にならない悲鳴をあげたアリシアは、大きく肩を落とし……顔をうつむかせた。
……傷つけてしまっただろうか。
そうだよな、自分が世界を滅ぼすような存在になっていたかもしれない……なんて言われたら、落ち込むよな……。
「あ、アリシアさん……すみません。言わなくていいことを言ってしまいましたよね……」
「……いえ、良いんです。別に訊いたのは私ですから、アスタさんが謝る必要なんて一切、ないんです」
そう言ってアリシアは顔を上げると――
「ふふっ」
何故か、笑った。
しかし、それは……優しい微笑みではなく、自分に対する嘲笑のように見えた。
「ああもう……私はまた勘違いをして、勝手に期待したんですね……」
「……?」
「釣り合わないくらい高貴っていうのも、相手がいるっていうのも……全部、当てはまっていると思ったんですけどね……」
「な、何の話ですか……?」
「なんでもありません。少し……私が勝手に馬鹿な勘違いをしただけなんです。貴方は本当に何も気にしなくてもいいんです」
アリシアの瞳から涙が一雫、溢れる。
俺は思わず彼女の手を取り、両手で包み込んだ。
彼女の手は震えていた。
けれど……理由がわからなくて、俺は黙って手を握り続けることしか出来なかった。
――◇――◇――◇――
【アリシアside】
「――なんでもありません。少し……私が勝手に馬鹿な勘違いをしただけなんです。貴方は本当に何も気にしなくてもいいんです」
――涙が一雫、地面に零れ落ち、小さなシミを作った。
私は……また、勝手に勘違いをしたんですね。
『――どうして、貴方は私の事をそんなに気にするんですか?』
私はアスタさんに、そう質問した。
いや、質問というよりも……確信に近かった。
――アスタさんは、聖女アリシアが好き。
私は彼の発言と行動から、そう確信していたのだ。
『釣り合わないくらい高貴な人』というのは、アリシアは聖女な上に大貴族の養子であるため、当てはまる。
『既に相手が居る』というのも、世間では勇者と聖女は結婚するものだと考えられているため、当てはまる。
しかし、確信に至った最も大きな理由は――彼が異常なほどに聖女アリシアへの執着を見せたからだ。
今日、聖女アリシアが行方不明だと知ったアスタさんは今にでも世界中を探しに行きそうな程、焦っていた。
その上、アリシアの姿でアスタさんに会ったとき、彼は見たことがないほど嬉しそうな顔で声も少し上擦っていた。
ああ……私はずっと……すれ違っていたんだ……!
そうやって、私は歓喜した。
――けれど結局、全部、《《勘違い》》だった。
――私が行方不明だと聞いて焦ったのは、私が魔女になって世界を滅ぼさないか心配したから。
――私を見て嬉しそうにしたのは、私が魔女になっていないと知ったから。
――聖女アリシアに執着していたのは……世界の滅亡を防ぐため。
全部全部、私の勘違いだったのだ。
「……アスタさん……」
私は手をそっと、アスタさんの頬に添えた。
息が出来なくなるほどに苦しい。
私はこんなに貴方が欲しいのに、貴方は別の誰かをずっと真っ直ぐに見つめているのだ。
いっそのこと……魔女の力で彼を無理矢理、手に入れてしまえば……。
「ああもう……ダメですね。こんなこと、考えちゃいけないのに……」
私は慌てて、ベンチから立ち上がった。
今、彼の側にいたら、間違いを犯してしまう気がする。
「アリシアさん……どうしたんですか……?」
「すみません。私、もうそろそろ帰らなきゃいけなくて」
私は振り返らずに答えた。
もう、この姿で会うのは最後だろうな。
「ま、待ってください、アリシアさん――!」
アスタさんは必死に引き止めてくる。
きっと、私が居ないと勇者パーティが大変なことになるのを心配しているのだろう。
私は気に留めずに歩き続ける。
ああでも……どうせ、最後なら――言ってしまおうかな。
初対面の私にこんな事を言われても困ると思うけれど――私に期待ばかりさせる仕返しだ。
「アスタさん」
私は曲がり角の前で振り返って、アスタさんの方を向いた。
そして、彼の記憶に残るように出来るだけ柔らかく微笑んで――
「――心から愛しています」
――告白した。
そのまま私は返事を聞かないように急いで曲がり角を曲がり、耳を塞ぎながらその場を立ち去った。




