第18話 モブ社畜は生の推しと会う
「じゃあ、会わせてあげますよ――聖女アリシアに」
シアさんは妖しげに微笑むと、そう言った。
「え……あ、アリシアに!? そんなこと、出来るのか……?」
シアさんは深く頷いた。
「ええ。聖女アリシアはこの街にいますからね! 私が呼んだら来てくれるでしょう」
「マジか……」
そんなにシアさんとアリシアは仲が良いのか……。
「……い、一体、聖女なんて凄い人とシアさんはいつ、知り合ったんだ?」
「そうですね……丁度、2週間前でしょうか? 深く落ち込んだ様子のアリシアさんを見つけて話しかけたのが始まりでした」
「2週間前……」
俺がリアを拾ったくらいの頃か……。
「アリシアさんに頼まれて数日、寝床を貸したりしましたね。その後、彼女は湾岸都市に行ってしまいましたが……関係は続いています」
シアさんは過去を思い出すように遠くを見つめた。
「そうなのか……」
シアさんがアリシアと繋がったのは、恐らく主人公がシナリオを狂わせた弊害なのだろう。
道理で俺が知らないわけだ。
「では、今日の日付が変わる頃にクレープ屋さんの前に来てください。恐らく、その時間でしたら彼女も空いているでしょうから」
「そうか……わかった」
「では、私は今からアリシアさんに連絡してきますね」
そう言って、シアさんはどこかへ去っていった。
……本当にこれから会えるんだな。
俺が――生涯を賭けて追い続けていた人に。
――◇――◇――◇――
深夜。あれほどの喧騒は嘘のように無くなり、湾岸都市の大通りは虫の音が聞こえるほどに静かだった。
「……ここを曲がれば、クレープ屋か……」
俺は深呼吸し、肺に空気をいっぱい取り入れる。
冷たい空気は肺の中から全身を冷やし、興奮した脳も少しは冷えた気がした。
「――行くか」
俺は恐る恐る曲がり角を曲がる。
すると真っ先に目に入ったのはベンチに座った1人の少女――アリシア。
彼女の銀髪は月の光を取り込んだみたいに美しく輝いており、青い瞳はサファイアなんかよりも何倍も透き通っていた。
ああ……やっぱりアリシアは綺麗だな。
そうして俺が見惚れていると――アリシアも俺に気づいたようで、ニコリと微笑んだ。
「――貴方がシアが言っていた私に話があるという人物ですか?」
「……は、はい。初めまして、アリシアさん。俺はアスタと言います」
必死に興奮を抑えて、平静を装った。
けれど、やっぱり……嬉しい。
俺は今、生の推しと会話をしているのだ……!
遠巻きから眺めたことはあったが、会話したのは初めてだった。
「アスタさんですね。私は知っての通り、聖女アリシア……いえ、今はただのアリシアですかね」
「それは……どうしてですか?」
すると、アリシアは地面に視線を落とし、重い口を開いた。
「私は……義理の親と教会の手によって聖女の力を奪われてしまいました。ですから今はもう、聖女じゃないんです」
「っ……」
やっぱり、イベントは起こっていたのか……!
その上、主人公は彼女を助けず、アリシアは聖女の力を奪われてしまった。
……しかし、本来の流れなら、そこでアリシアは闇堕ちするはずじゃ……。
「――その後、私はシアさんに助けてもらい、何とか生きています」
「シアさん……」
もしかして、何らかの影響でシアさんとアリシアが出会い、アリシアの闇堕ちを偶然防いでくれた……のか?
不幸中の幸いだな。
とりあえず、世界が滅ぶ心配が無くなり、俺は安堵の息を漏らした。
「アリシアさんは……これから勇者の元に帰るつもりなんですか?」
「まさか」
アリシアは間髪入れずに返事をし――首を横に振った。
「ど、どうして? 貴方は勇者のことが好きなんじゃ……」
「好き……? そんなわけないじゃないですか」
「え……」
「そもそも、勇者様にはルナちゃんという恋人が居ますし……それを抜きにしても、彼とは関わりたくないくらいです」
「それは……勇者がアリシアさんを助けられなかったから……ですか?」
「実はそれはあまり気にしてません。冷静になって考えれば、結局、騙されて攫われた私が悪いんです」
アリシアはじっと遠くを見つめて、そう言った。
「でも……私はあの後、気づいてしまったんですよ」
「気づいた?」
アリシアは唇を少しだけ噛んだ。
「あの人は……優しいので『困っている人』を全員救おうとします。私は精々、沢山居る『困っている人』の1人でしか無いって気づいたんです」
「ッ……」
それは……まさにそうだった。
原作でも主人公は歪んでおり、同じようなことをアリシアから言われるシーンがあった。
「私は勝手に勘違いして、期待しすぎたんですよ。別に私は彼の特別な存在でもないのに彼の『絶対に守る』って言葉を真に受けて……あの日の夜、来るはずもない勇者様が助けてくれるのを馬鹿みたいに願って……」
「アリシアさん……」
アリシアは拳を握りしめ、曇った瞳で虚空を見つめていた。
その姿からは哀愁のようなものを感じ、胸がキュッと締め付けられる。
もしも、彼女が傷ついていた時に俺が側に居られたのなら……どれだけ良かっただろうか。
「――だから私は勇者様の元には帰れません。もう勘違いしたくないんです」
「そう……ですよね」
「それに新しくやりたい事も出来ましたし」
アリシアは突然、顔をバッと上げて柔らかく微笑んだ。
「やりたいこと……ですか?」
「ええ、凄く欲しいものが出来たんです」
アリシアの碧眼は俺を捉えた。
彼女の瞳からは強い執念を感じた。
……まさか、俺?
――いやいや、流石に無いか。
そもそも、今までアリシアと俺は接点が無かったんだし。
「ふふっ、何もわかっていない顔をしてますね?」
「ま、まあ……」
「いずれ、わかりますよ」
アリシアは蠱惑的な笑みを浮かべた。
一体……俺の推しは何をしようとしているのだろうか。
「それよりも、今度は私から質問してもいいですか?」
アリシアは可愛らしく小首をかしげた。
「全然、良いですけど……」
「では――」
アリシアはゆっくり瞬きをすると――
「――どうして、貴方は私の事をそんなに気にするんですか?」
次の瞬間、青い瞳が鋭く俺を見つめた。




