第17話 月の聖女は会うことを決意する
俺は一つの商品を指差した。
それは――ルビーのような赤く透き通った石が嵌められた小さなペンダントだった。
「赤色……もしかして、リアちゃんの瞳の色ですか?」
「ああ」
リアの瞳の色と同じだし、赤色ならリアの黒い髪とも相性がいいからきっと似合うと思ったのだ。
「とても良いチョイスだと思いますよ。きっと、リアちゃんも喜んでくれるはずです……!」
シアさんは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、これを一つお願いします」
「おうよ! 他には何か要るか?」
「他……」
一瞬だけシアさんの方を一瞥した。
そういえば……シアさんにも何か贈ろうかな。
皆が嫌がる中、一緒に出張について来てくれたのだ。
感謝のために何か贈ったって良いだろう。
だが――
「……とりあえずは大丈夫です」
「そうか! また何か必要になったら、いつでも来てくれよな」
俺はペンダントを一つ購入し、露店を後にした。
――◇――◇――◇――
「さて、そろそろギルドでの会議の時間だな」
時間はすっかり昼頃。
俺達は飯を軽く済ませてから、出張の本来の目的である各ギルドの代表たちとの会議に向かっていた。
「……失礼します」
恐る恐る指定された部屋に入ると、中にはムキムキのマッチョから若い女性まで様々な人が円形のテーブルを囲って座っていた。
「ふむ、これで全員集まったか」
仕切り役と思われる老年の男性の合図で会議は始まった。
まあ、各ギルドの代表が集まるとはいえ、ただの定例会だし、内容はただの情報交換。
内容に特に気にするべき点はなかった。
しかし、唯一、気になった点が一つ。
「――そういえば、勇者一行がこの街に来たみたいですね」
会議も終わりに差し掛かった時、若い女性が思い出したように呟いた。
「らしいな。勇者はまだ学園で訓練中だろ? どうして湾岸都市カイロスに居るんだ?」
筋肉ムキムキの男性の質問に、先程の女性が答える。
「さあ? でも、話に聞くと彼らは『聖女』の居場所について色々と聞き回っているらしいですね」
へえ、昨日、衛兵に何かを訊いていたと思ったら、そういうことか。
……ん?
「せ、聖女の居場所!? 聖女は勇者の側に居ないんですか……?」
思わず、大きな声が出た。
「あ、ああ……そうだけど……? 市井にはあまり知られていないが、聖女アリシア様は現在、行方不明なんだ」
「ッ……」
その時、俺の脳裏に聖女が誘拐されるイベントが脳裏をよぎった。
あのイベントが発生するのは……確か、今より少し前の時期だったはず。
それに、あのイベントは王都で起きて、主人公は王都で聖女を探すはずじゃ……。
「……なんで勇者は王都じゃなくて湾岸都市で捜索しているんですか?」
「うーん、どうやら王都を探しても見つからなかったらしいよ? それで湾岸都市に来たついでに、こっちでも情報を集めてるらしくてね」
俺の質問に答えたのは湾岸都市カイロスのギルドマスターの女性だった。
「そ、そうですか……ありがとうございます」
大丈夫……だよな。
主人公たちは今まで、全てのイベントをしっかり攻略し、ゲームのシナリオ通りに動いていた。
それもあって、俺は聖女アリシアと関わらないようにしてきたのだ。
きっと今回も……大丈夫なはず。
「アスタさん? どうしました? 顔色が良くないですよ」
シアさんが小声で心配そうに言った。
「あ、ああ……大丈夫だよ」
嘘だ。
全然、大丈夫じゃなかった。
他のイベントなら失敗しても、なんとかカバーできる。
でも、聖女アリシアが誘拐されるイベントに限っては絶対に失敗は許されない。
だって、失敗したら――アリシアは闇落ちして世界が滅ぶのだから。
その後、すぐに会議は終わり、俺は外に出て深呼吸をした。
「はぁ……」
一旦、落ち着いて情報をもう少し集めよう。
そのためには主人公を探して……
「――あの、少し良いですか?」
背後から若い男の声がした。
振り返ると、そこには整った顔付きの青年――丁度、俺が探そうとしていた主人公が居た。
まさか、俺が探す前にあっちからやってきてくるとは。
「いいですよ。どうかしましたか?」
「実は聖女アリシア……神官服を着た銀髪の少女を探しているんですけど……何かご存知ですか?」
青年は心底、心配そうな口調だった。
「すみません、知らないです」
「そうですか……そちらのお嬢さんも知りませんか?」
「っ……はい」
シアさんは少し眉をひそめた後で首を横に振った。
「そうですか……じゃあ、やっぱり、この街には居なさそうですね……。一体、どこに……」
すると、青年は残念そうにうなだれる。
主人公は本気でアリシアを探しているようだ。
……それなら普通、シナリオ通りにアリシアのことは見つかるはずじゃ……。
「――ねえ、ライ。もう休もう? 今日は一日中聞き込みしてるじゃん」
そう言ったのは主人公の隣にいた女剣士だった。
彼女の名前はルナ。サブヒロインの1人だ。
「っ……でも……」
「もう仕方ないよ。この街は十分すぎるくらい探したじゃん」
ルナは主人公の体をそっと抱き寄せる。
その様子はまるで、恋人同士のようで……。
恋人……?
サブヒロインとこんな早くに恋人にはなれないはずじゃ――
「……失礼ですが、2人はそのアリシアさんが居なくなる直前の夜は何をしていたか、教えて貰えませんか?」
直後、何故か、シアさんの方から息を飲むような音が聞こえた。
そして主人公は口篭り――
「それは……その……」
主人公とルナの2人は顔を見合せて少し顔を赤らめた。
……なるほどね。2人は逢瀬してたわけか。
こりゃあ、不味いことになったかもな……。
本来、その夜は主人公はアリシアの部屋を訪ねければいけなかった。
そして、アリシアが攫われたことに気づき、捜索し……彼女を見つけ出す。
そういう筋書きだった。
それが1日でも遅れれば……手遅れになる。
「じゃあ、アリシアの実家を――」
その時、白く綺麗な手が俺を制した。
「――アスタさん、もう大丈夫ですよ」
「シア……さん?」
シアさんは主人公とルナの2人の方を向くと、小さくお辞儀した。
「お二方、私たちはこれで失礼しますね」
「あ、ああ。邪魔してしまって、すみません」
主人公たちは申し訳なさそうな顔をして去っていった。
「……シアさん、突然どうしたんだよ」
「……聖女アリシアはあの人たちの元に帰ることを望んでいませんよ」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
「……実は私、アリシアさんが行方不明になった後に会ったことがあるんです。彼女は勇者の元に戻ることを望んでいませんでした」
「え……ッ!?」
あ、有り得ない。
いつ、2人が会えるタイミングがあったんだ……?、
アリシアとシアさんに繋がりがあるなんてシナリオには一切、書かれていなかったし……。
「――信じられない……という顔ですね」
「まあ……な」
「じゃあ、会わせてあげますよ」
シアさんは妖しげに微笑み――
「――聖女アリシアに」
そう言った。




