第16話 終焉の魔女は反撃を食らう
「――じゃあ、今度は私が食べさせてあげますね?」
シアさんは仕返しと言わんばかりにクレープを差し出し、蠱惑的に微笑んだ。
「……へ?」
一体、何が起きてるんだ……。
俺はただ、シアさんをからかおうと思って、『俺の分のクレープも食べてみる?』と言っただけなのに……。
――なんで、俺が『あーん』されてるんだ???
「どうしたんですか? 私のは食べないんですか?」
「そ、それは……」
「もしかして、リンゴや蜂蜜がお嫌いでしたか? ……それならすみません」
シアさんは、しょぼんと目を伏せ、悲しそうに眉尻を下げる。
ここは嘘をついてでも回避した方がいい……はずなのに、その悲しむ姿を見ていると……なんとも心が痛む。
「……べ、別にそういうわけじゃないよ。喜んで食べさせてもらおうかな」
気がつけば、俺は首を縦に振っていた。
「本当ですか……!」
シアさんは、さっきの悲しみの表情が嘘だったかのように満面の笑みを浮かべる。
あれ? 俺もしかして遊ばれてる?
そう思ったが、時すでに遅し――
「はい、アスタさん。あ~ん」
シアさんはニコッと笑って、クレープを差し出す。
……食べるしかない……よな。
俺は意を決して、少しだけクレープを口にした。
「うん……美味しいよ」
俺は取り繕った笑みを浮かべた。
嘘です。
リンゴに蜂蜜なんて絶対に甘いに決まってるのに、緊張のせいで全く味を感じなかった……!
「ふふっ、良かったです。このクレープ、リンゴと蜂蜜の甘みがマッチしていて美味しいですよね」
「そ、ソウダネー」
その後、ブドウのクレープを再び食べようと思ったのだが――
……このクレープって、シアさんが口にしたんだよな……。
我ながらキモい考えが脳裏をよぎり、心臓バックバク。
ブドウのクレープの味すらも、わからなくなっていた。
顔も赤くなっている気がするので、そっぽを向きながら素早くクレープを食べ切った。
「あれ、アスタさんも食べ終わりました? じゃあ、ゴミは私が捨ててきますね」
「いいのか?」
「はい! 注文はアスタさんに任せてしまったので……!」
シアさんは柔らかく微笑んで、ゴミ箱の方へ歩いていった。
「……あっちは平気そうだったな」
俺、マジでからかわれてるんだな……。
なんだか少し悲しくなるのであった。
「っ~~~! あ、あんなの反則ですよ……!」
シアはゴミ箱近くの木に両手をつきながら、呟いた。
彼女の表情はリンゴのように真っ赤に染まっており、平気だなんて到底、言えなかった。
「こっちは顔を赤らめたら私がアスタさんのこと好きってバレちゃうから、耐えなきゃいけないのに……。もう……! 耐えるこっちの身にもなってくださいよぉ……」
高鳴る心臓、赤らむ頬、とろけた瞳。
誰がどう見ても、今の彼女は恋する乙女だった。
「うう……顔が熱い。これじゃあ、アスタさんの方に戻れないよぉ……」
シアはポカポカと木を叩いた。
そうしてアスタの元に戻るまでに、10分以上を要したとさ。
――◇――◇――◇――
「シアさん、遅いな……」
かれこれ10分くらいは待っているんじゃないか?
そろそろ探しに行こうかと思った時――シアさんが焦った様子で帰ってきた。
「た、ただいまです。ゴミ箱が見つからなくて、少し時間がかかってしまいました」
「ああ、そうだったんだ。ご苦労様」
「ありがとうございます……それで次はどこに行きましょうか?」
「うーん、そうだなぁ」
その時、ふとリアのことが脳裏をよぎった。
「――そうだ、お土産! リアにお土産買わなきゃいけないんだった……」
「そういえば、リアちゃんはお家でお留守番なんでしたっけ? でしたら、買わなきゃですね!」
シアさんはやけに嬉しそうにニコニコと微笑んだ。
「シアさんは何のお土産がいいと思う?」
「そうですね……折角ですから、この街の特産品とかにした方がいいよね」
「それは確かに……」
しかし、湾岸都市の特産品か……。
「思いつかないな……」
「私、一つ知っていますよ?」
「本当か!?」
シアさんは頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「――それは真珠です」
確かに、聞いたことがある。
湾岸都市カイロスでは綺麗な天然真珠が取れて、様々な貴族や王族がこぞって求めているのだとか。
でも――
「さ、流石に10歳くらいの子に真珠は早いんじゃないか?」
「む……流石にダメでしたか……」
シアさんは残念そうにうなだれた。
なんで、シアさんがそんなに悲しそうにするんだ……?
「――あんたら、それならウチの商品はどうだい?」
突然、真後ろから男性の低い声がした。
思わず振り返ると、髭を生やした露店の店員がカウンターに肘をつきながら、ニヤニヤとこっちを見ていた。
「えっと……俺達ですか?」
「あったりめえよ! あんたら、子供へのプレゼントを探してるんだろ? なら、ウチの商品をオススメするぜ?」
俺はすっとシアさんに目配せし、小声で話す。
「……シアさん、どうする?」
「良いんじゃないですか? 見るだけ見てみましょうよ」
「そうしよっか」
俺達は露店に並べられた商品を眺める。
どうやら、この店はアクセサリーから小物まで様々なものが置いてあるようだ。
すると、真珠のような石がついた指輪が目についた。
露店に真珠が売っているわけがないので違うのだろうが……石から放たれるツヤや色合いは明らかに真珠そのものだった。
「これって……本物の真珠ですか……?」
「いいや、違うぜ? こいつは真鍮の色を魔法でちょっといじくって作ったんだ。でも……見分けられないくらいに見た目はほぼ同じだろ?」
「確かに……」
すると、シアさんは指輪を見つめて感嘆の声を上げた。
「凄いですね、こんなことも出来るんですか……!」
「ふふっ、すげえだろ? まあ……俺は鍛冶の腕はあんましだから、偽物を作ることしか出来ないんだけどな」
店員は目を伏せて、浮かない顔つきをしていた。
きっと……過去に誰かに何か悪いことを言われたことがあったのだろう。
職人たちは、偽物をつくる技術を極端に嫌うからな。
すると、シアさんは柔らかく微笑んで口を開いた。
「――例え作られたものが偽物の宝石でも貴方は人を騙さず、真摯に適切な価格で売っているんですから職人や商売人としては本物ですよ」
シアさんの言葉を聞き、微笑みを見た店員さんは目を見開き……言葉を噛みしめるように唇を噛んだ。
「っ……あんがとな……! 嬢ちゃん、いい奴だな。よっしゃあ! 励まされちまったし、俺が最高の贈り物を選んでやんよ!」
「わあ、ありがとうございます!」
「そんで、誰に贈り物をするんだ? さっきは10歳とか言っていたが……」
店員さんは俺とシアさんを見比べて……表情を凍りつかせた。
「あんたら兄弟って雰囲気じゃねえし……まさか、こ、子供か!? その年齢で10歳の!?」
「ち、違う違う違う!!! なわけないだろ!?」
「じゃ、じゃあ、何があるっつうんだよ……」
不味い、このままじゃ最悪な勘違いをされる。
「え、ええっと……シアさんとは、ただの職場の同僚で10歳の子どもっていうのは……俺の妹です。今日は出張でこの街に来ていて……お土産として何かをあげようと思っていて」
「あ、ああ……そういうことか。へえ……」
店員さんは、じっと俺達を見つめると……生暖かい目つきになった。
おい、絶対に何か勘違いしてるだろ。
「とにかく、何か10歳くらいの子供に贈るのに良いものはありませんか? 大人っぽい子なんで、子供向けのものも違う気がして……」
「なるほどなぁ……となると、ブローチやペンダントとかか? 指輪は流石に10歳の子供には、合わねえだろ?」
「そうですね」
「……私は別に指輪でも良いんですけどね~……」
「シアさん? 何か言ったか?」
「いえ」
シアさんは、ぷいっとそっぽを向いた。
何故に……?
「おいおい、二人共、付き合いたてだからってあんまりイチャついてもらっちゃ困るぜ?」
「いや、イチャついてませんけど!?」
はあはあ……いつもと違って二人にツッコミを入れなきゃいけないせいで、疲れる……。
俺は気を取り直して、ブローチやペンダントを物色する。
サファイアやエメラルドのような宝石が入ったものなど、様々なものが置いてある中、俺は一つの商品が目についた。
「……決めました。これにします」
俺は一つの商品を指差した。




