第36話 残すという選択
夜は、静かだった。
だが、
昨日までの静けさとは違う。
崩れたあとの、
何かが残った静けさ。
私は庭に立つ。
中心ではない。
一歩外側。
だが、
以前の外側とも違う。
戻ったのではない。
選んだ位置だ。
「……そこに立つんですね」
イリアの声。
振り返る。
彼女は少しだけ離れた場所にいる。
近づきすぎない。
だが、
遠くもない。
その距離が、
今の関係を表している。
「ええ」
私は答える。
「今は、ここです」
彼女は少しだけ目を細める。
考えている。
まだ、
決めきれていない。
それでいい。
「……何が残ったんですか」
彼女が問う。
私は空席を見る。
何もない。
だが、
以前とは違う。
そこに“置かれるもの”が、
見えている。
「覚えていることです」
私は言う。
短く。
だが、
はっきりと。
彼女が止まる。
「それは」
少しだけ迷う。
「意味がありますか」
私は答える。
「分かりません」
正直に。
それが、
今の答えだ。
「ですが」
続ける。
「消えません」
沈黙。
風が通る。
葉が揺れる。
音が戻る。
彼女はゆっくりと頷く。
「……残るものですね」
「はい」
それだけ。
それで十分だ。
昼、
小さな案件が入る。
緊急ではない。
だが、
選択が必要だ。
円形の席。
空席。
いつもの形。
だが、
誰もそこを見ない。
私は外側に立つ。
だが、
見ている。
全体を。
イリアが言う。
「この案で進めます」
速い。
迷いが少ない。
以前の彼女だ。
だが、
私は一歩だけ動く。
止めない。
ただ、
言う。
「一つだけ」
場が止まる。
彼女が見る。
私を。
「この選択で」
一拍。
「何が残りますか」
沈黙。
短い。
だが、
深い。
一人が言う。
「小規模区域の対応が遅れます」
別の声。
「記録は残せます」
さらに。
「後続対応は可能です」
言葉が出る。
消えない。
それを、
見ている。
イリアがゆっくりと頷く。
「では」
彼女は言う。
「その前提で進めます」
決まる。
速さは落ちない。
だが、
消えない。
それが、
今の形。
私は何も言わない。
必要ない。
夕方、
レオンが来る。
足音は変わらない。
迷いがない。
彼は私を見る。
そして、
言う。
「戻りましたか」
私は首を振る。
「いいえ」
はっきりと。
「変わりました」
彼は少しだけ目を細める。
「どう変わったのですか」
私は空席を見る。
そして、
言う。
「選びます」
一拍。
「そして、残します」
沈黙。
風が止まる。
彼は言う。
「非効率です」
即答。
変わらない。
私は頷く。
「はい」
否定しない。
「それでもです」
続ける。
譲らない。
彼は何も言わない。
ただ、
見ている。
夜、
庭に立つ。
風がある。
葉が揺れる。
音がある。
私は、
外側に立っている。
だが、
逃げていない。
いつでも、
中心に立てる位置。
そして、
いつでも、
戻れる位置。
「……それでいいんですか」
イリアが言う。
私は答える。
「分かりません」
正直に。
それが、
今の答えだ。
「ですが」
続ける。
「残っているものは、ここにあります」
胸に手を当てる。
彼女がそれを見る。
理解しようとしている。
まだ、
途中だ。
それでいい。
夜風が通る。
庭は静かだ。
だが、
もう空ではない。
何もなかった場所に、
一つだけ残っている。
それを持って、
また選ぶ。
完全ではない。
だが、
それでいい。
終わりではない。
続いている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「崩れたあとに何が残るのか」──その答えが少し見えてきました。
ここからはいよいよ最終対立です。
続きが気になる方は、ぜひブックマークと評価をいただけると嬉しいです。
ラストまで、あと少しお付き合いください。




