第26話 それでも決める人
夜の静けさは、どこか張り詰めていた。
風がない。
音もない。
それでも、
何かが近づいている気配だけがある。
私は庭に立つ。
椅子は円形。
中心は空席。
だが、
もう分かる。
ここは、
いつでも埋まる場所だ。
「……来ます」
イリアが言う。
その声は、昨日よりも低い。
私は頷く。
門が開く音。
足音が複数。
速い。
迷いがない。
「南部平野、河川決壊」
報告がそのまま届く。
「浸水拡大中」
「避難指示遅延」
言葉が短い。
だが、
重い。
余裕がない。
すぐに映像がつながる。
円形の会議。
だが、
整っていない。
人が立っている。
動いている。
声が重なる。
「堤防が――」
「避難経路が塞がれて――」
「どこを優先するか――」
混乱。
整理されていない。
だが、
時間がない。
「決めます」
レオンが言う。
即座に。
彼はすでに内側にいる。
中心に近い。
「第一優先は中央地区」
「人口密度が最も高い」
合理。
正しい。
速い。
イリアが一歩出る。
だが、
迷う。
ほんの一瞬。
その一瞬で、
時間が削られる。
私は、
動く。
中心へ。
完全に。
初めて、
迷わずに。
「中央地区を第一に」
私は言う。
レオンと同じ結論。
だが、
それだけではない。
「ただし」
一拍。
「北側の高齢者区域に、最低限の人員を残してください」
流れが止まる。
矛盾している。
だが、
必要だ。
「分散は危険です」
レオンが言う。
「はい」
私は答える。
否定しない。
「ですが」
言葉を続ける。
「切り捨てるには、まだ早い」
沈黙。
短い。
だが、
深い。
彼は私を見る。
強く。
だが、
揺れてはいない。
「……三分だけです」
彼は言う。
譲る。
完全ではない。
だが、
認める。
「十分です」
私は答える。
命令が伝わる。
人が動く。
流れが変わる。
混乱が、
少しだけ整理される。
時間はない。
だが、
止まらない。
やがて映像が切れる。
静寂。
だが、
さっきとは違う。
決めたあとだ。
夕方、報告が届く。
「中央地区、避難成功」
「北側区域、一部救助成功」
「被害、限定的」
数字が並ぶ。
完全ではない。
だが、
崩れていない。
私はそれを見る。
そして、
初めて理解する。
決めることは、
一つではない。
だが、
決める人は、
一人だ。
夜、庭に立つ。
足音が一つ。
そして、もう一つ。
「……立ちましたね」
彼が言う。
「ええ」
私は答える。
「完全に」
逃げなかった。
迷わなかった。
選んだ。
「どうでしたか」
私は少しだけ考える。
「軽くはありません」
当然だ。
だが、
それだけではない。
「ですが」
言葉を続ける。
「迷いはありませんでした」
彼は頷く。
何も言わない。
それでいい。
イリアが言う。
「あなたは」
彼女は中心を見る。
そして、
私を見る。
「決めましたね」
私は首を振る。
「いいえ」
短く。
だが、
はっきりと。
「その場で、選んだだけです」
彼女は目を細める。
理解しようとしている。
まだ、
完全ではない。
それでいい。
レオンが言う。
「それが、決めるということです」
彼は静かだ。
だが、
強い。
私は彼を見る。
「違います」
初めて、
否定する。
彼はわずかに反応する。
「決めるのは、一度です」
私は言う。
「私は、そのあとも続けます」
沈黙。
風が戻る。
葉が揺れる。
音が生まれる。
彼は何も言わない。
否定もしない。
だが、
納得もしていない。
それでいい。
夜が深くなる。
庭は静かだ。
椅子は円形。
中心は空席。
私は、
そこに立たない。
だが、
いつでも立てる。
その位置にいる。
次は、
もっと厳しい。
余裕がない。
時間がない。
そして、
選べるのは一つ。
そのとき、
私はどうするのか。
もう、
逃げることはできない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに主人公が「中心に立つ」という大きな一歩を踏みました。
ここからは、さらに厳しい選択が待っています。
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次話もお楽しみに。




