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お人好し賢者は看守でありたい  作者: 渋
第二章 民の歴史は韻を踏み、女神の歴史は阿鼻叫喚
30/38

30 因縁の敵がパワーアップして再び脅威がなんてバトル作品のお約束にはお約束で返礼するに決まってんじゃん巻いてくぜうぇいうえーい

※「お約束」とは「アンナ」「ソーマ」が「現代日本に酷似した他世界の基礎知識(娯楽を含む)」について共通の知識がある、というキャラクター性の表現です。カイザルもソーマの脳を介して知識があります。ふたりと違って「興味ねぇ」そうですが。


SSR…ソーマ的にアンナのこと。

救済キャラ…カイザルのこと。

お人形サン…リンのこと。

美ショタ…スペルモルのこと。

 相変わらず館には辿りつけない。


 ふと思い立ち、ソーマは呪物モドキ(ヘドロ)の記憶を探った。

 やはり何も出てこない。

(オレくんや虹髪あたりが「道迷いの魔法」を使ったかも? って思ったんだけど。違うのか)


 誰かが武器庫に近づいてくる。凄まじい速さ、しかし足音が聴こえない。

(!)

 レルムと気付いたソーマは、慌てて武器庫の最奥へ逃げ込んだ。


(前は気づかなかった。今(・)は(・)分(・)か(・)る(・)。

 あの男も魔王だ。使い捨てられた番(つがい)を追って他世界に転移したはずの…異界(ぼこく)を捨てた男が、何故「神域投影」に? 異界(ここ)に戻ってくる理由なんてないはず…まさか復讐? 今さら?

 そもそも番(つがい)は幻想人種(ペガサス)だ。虹髪ではなかった。

 魔王が番(つがい)を変えるわけがない。だとすると…あの男は似た別人? 子孫? いや、どうでもいい。魔王であることは変わらない。やりすごそう)


 しかし、けはいは通り過ぎることなく武器庫に迫る。

 ソーマは恐怖した。その恐怖を歪ませかけて、ふと気づく。

(これは…チャンスでは?)


 ソーマは「凪(かくれんぼ)の魔法」を行使した。呼ばれぬ凪のように存在がなじみ、ソーマは「武器庫にいない」ということになった。


 しばし待つと、やはり魔王(レルム)は武器庫に踏みこんできた。

 厄介なことに魔道具(アレイン)を伴っている。

 ソーマは巧みに探知を避けながら、少しずつ距離を縮めていく。


 しばらくして、魔王(やつ)は出口に足を向けた。

 さりげなく背を回り込み、アレインのポケットからはみ出た「チビおいちゃんぬいぐるみ」に張り付く。


 ふたりは気付かない。そのまま武器庫を出て、館に帰っていく。


(仮に。辿りつけない原因が、道迷いの魔法ならば。運搬(これ)で越えられるはず)


 読みはあたった。

 ソーマはあっさりと舘へ辿りつき、人知れず侵入を果たした。



 そこで目にした光景は、まさにソーマにとって理想郷そのものだった。


 明るくシンプルな玄関ホールに、オンナ物の旅行荷物が山と用意されていた。

 談話スペースには、見目麗しい3兄双子(きょうだい)の姿。揃って派手な水着姿でソファベッドを占拠している。

 その華やかさたるや、ゲームのパッケージイラストのごとく。

 その意外性は、さながら追加ディスクのごとく。


(!? なになに!? なにするの!? たのしそう!)


 ソーマは知っている娯楽作品を次々に連想した。

 渡り歩いた未来や、覗いた他世界で得た、こころおどる創作物の数々だ。

 その中でふと該当したのが課金コンテンツ(ショートストーリー)。


 「これ、本編じゃないデス。IFなんで。見たい方だけどうぞ」の注意書きを添えて描かれる、シリアスキャラや敵キャラさえも巻き込んだ愛嬌と悪ふざけたっぷりな「一次創作の本家プレゼンツ・やったった二次創作(ドリームワールド)」である。

 ややこしや~な展開の箸休め、ご褒美の真骨頂を再現したような空間(テーマパーク)に、ソーマは一瞬で虜になった。

(筋肉スッゴイ! オレくん、僕のために鍛えてくれたんだ! さすが救済キャラ! イイネ!)



 ワクワクするソーマと裏腹に、厄介な魔道具(アレイン)は、のけぞるほど動揺していた。「裸よりハレンチだ」と呟くや、なんと視野妨害魔法を発動しやがった。

 せっかくの主人公の姿(カッコイイぼく)が隠されてしまう。


 ソーマは気分を害したが、すぐにモザイクの両隣を眺めて満足した。

(男女双子イイ。格好も新鮮。でも露出が足りないな。僕ならもっと好(い)い水着にする。衣装変更したい。

 あ、でも。まずは身体を確保しようっと)


 ソーマはぬいぐるみから離れた。時速4.2キロでいそいそ這い進む。


 背後から聞こえるアレインのうろたえた独り言が滑稽で、ソーマは静かに嘲笑った。

(死んだ目? よくあるお約束だろ、バァカ。

 着込む美形(キャラ)は剥(む)かれて当然。シリアスな強キャラは「不本意にもこうされちゃいましたぁ」的なイメージ守る演出があって当たり前じゃん。

 で? 剥(む)いたの誰? 誰が…ぷふっ、なるほど! SS(ツァウヴァーン)R(・ブルー)か!

 スッゲェ…過去には虹髪も魔王も脱がしてやがる。ツエー!

 あのオンナだけやたらキャラ濃いなぁ。でもイイネ! 決めた、まずはSSR(きみ)から攻略イきましょう!

 我が道を行くカリスマ系オンナは最高だよね! 痛めつけたい! 分からせたい! 騙したい! 不憫な目に遭わせて、しょせん道具(オンナ)と思い知らせたい!

 限界まで弱って、才能ドブに捨てて、手も足も出ない無様な姿でもって「こんなはずじゃなかった」と嘆いておくれよ! 美貌ダイナシな表情で絶望してみせて! なんならそのまま惨めに死んでくれたら最高! ぜひ僕を満足させてくれ!)


 ソファにたどり着いたソーマは凪の魔法をまとったまま、ヘドロになりすました。

 回り込み、カイザル(オレくん)の顔をのぞきこむ。あきらかに茫然自失となっている。隙だらけだ。

 場の空気に浮かれ、考えることなく飛びかかった。

 寄生は一瞬。

 ソーマは、あっさりと身体を取り戻した。


(! すんごい嗜虐心っ、深淵なみの熟成度おいしい!)

恍惚となるも、すぐ我にかえる。

(おっと…零れそうだ。オレくんに気付かれない程度にしがみつかねば。

 バレたら乗っ取り返すくらいのことはしそうだし…あ。してた。もうしてるわ、破壊神(まおーさま)。ヘドロを大量に虚無に還してる。怖ぁ…)


 ソーマは己の腹筋を見下ろし、舌打ちした。モザイクが邪魔で見えない。

 ならばと左右の双子を観ようとしたとき、若い男の明るい声があたりに響いた。


 アナンだ。

 ソーマは(へぇ)と期待が高まった。

(当て馬キャラだ。見た目満点の中身残念(モテそうでフラれがち)、体を張って主人公に貢献してくれる「友人」だ。イイネ! 同性キャラ(モブども)はやっぱりそうでなきゃ)


 アナンはお約束の権化(テンプレート)のような男だった。


 巧みな話術でソーマの期待をどんどん高め、今から夢のような時間がくることを彼に信じさせた。


 お膳立て男(アナン)は叫んだ。

「らしくないからってなんなのさ! 好きにすればヨロシイの! そう思うでしょお? ね。享楽王カイザルさま?」


(…、あ。僕か)

 ソーマはハッと気づいて慌てて叫び返した。

「そう思う。それがいいっ」

「だよねー! さっすがぁ、分かってるぅ!」

 アナンは派手な楽器(マラカス)を取り出し、陽気に鳴らした。

「じゃあ、出発でいいよね! いっくよぅっ!」




 一瞬で景色が変わった。

 驚いたソーマは慌ててあたりを見回した。

 異界だった。

 地平線の先まで全て、荒廃した灰色の大地だ。

 座るソファの純白(カバー)に色みを感じるほどに虚無じみている。


 連れてこられたソーマはうろたえた。

「…は? え、…は? なんで…、え、おかしいよ、だって、さっき泉で遊ぶって…?」


 ふいに、隣に座っていたお人形サン(カイゼリン)がごく自然に立ち上がった。スタスタとアナンのもとへ歩き去っていく。


 ソーマは引き留めようと立ち上がりかけ、慌てて身をひねった。逆隣にいるスペルモルが身じろぎしたからだ。

 美ショタ(スペルモル)まで逃がしてたまるかと警戒したが、すぐ拍子抜けする。


 スペルモルは立ち上がらなかった。姿勢を変えようとしただけだった。

 悠々と両腕をソファの背に投げ出し、ゆっくりと足を組む。

 やたら絵になるオラオラ座りで落ち着くや、ぽかんと見惚れるソーマに微笑みかけた。

「どうした、カイザル兄上。らしくねぇな?

 アンナが予想どおりに動くとでも? 腰据えろよ。お手並み拝見だな?」


 ゴーグルが邪魔で、目が合わない。

 仕方なく、声から表層の記憶を探ることにした。

「…、そっか。そういうことね。祭りの時もやたらもったいぶってた。これもお約束なんだな」


 少年の口もとは微笑みのままだ。愛らしい声は低く落ち着いている。

「前を向かなくていいのか、兄上?

 油断すれば、まんまと寝かしつけされちまうって思い知ったはずだがな?」


「え? …あ。ホントだ。美ショタに騙されて睡眠魔法かけられてら。どうりで。ラッキー」


(まだオレくんは寝てるからか。変だと思った。だって宿るのやけに簡単だったもん。

 どうにもけはいが薄くて捉えられなくて、まぁ…どうでもいいね。おかげで身体の主導権を取り戻すの楽だった。

 起きたら、けはいも濃くなるだろうな。僕なら絶対に分かる)


 ソーマはモザイクの下でへらりと笑み崩れた。


(じゃあ今はやりたい放題だ。

 もしオレくんが起きちゃったら…本当は色々おねだりしたかったけど、よく考えたら破壊神だもんな、危険だよな。

 よし、寝ぼけ眼のうちにとっとと食(・)う(・)か(・)!

 奇襲も得意なオレくんが、奇襲(ねおき)でヤられるなんて皮肉だね? ぷふ)


 ソーマはいそいそと身じろぎする。柔らかいソファに楽な体勢を見つけ、身を預けてふぅと一息、わくわくと視線をあげて…息が止まった。

 身体が強ばる。


 至近距離に、軍人(レルム)がいた。


 さきほどまでお人形サン(カイゼリン)が座っていた位置の足もと、ソーマからすると斜め前に、だ。

 虹色に光る二丁拳銃を構え、静止している。微動だにしない。


 神凪(かんなぎ)の加護ゆたかな銃口が狙う先は、ソーマの脳と心臓。


「…は?」


 軍人のバリスティックゴーグルに、虹色が反射している。眼がみえない。合わない。

 凛々しく引き締まった口元に表情はなく、なにも読み取れない。情報を盗めない。


「…」

 急激な緊張から湧き出したツバを飲み込む。ゆっくりと視線だけで周囲をうかがう。


 お人形サン(カイゼリン)は魔道具(アレイン)の白衣(ドクターコート)を羽織り、こちらに背を向けている。後ろ姿からは情報を盗めない。


 魔道具(アレイン)は正面を向いていたが、その両眼には視野妨害魔法(モザイク)がかかっていた。

 両腕を伸ばすお人形サン(カイゼリン)の無言の要求に応え、縦抱きしようとしている。何も喋らない。だから情報を盗めない。


 じわじわと嫌な予感が湧く。ソーマはすがる気持ちでアナンを見た。


 一縷の(コレってなんの)希望(おやくそく?)は灰燼に帰す。


 おちゃらけた見た目はそのまま、しかし先ほどまでの陽気さは鳴りを潜めていた。


 フザけた枝豆型であろうと、色付硝子(サングラス)だ。まったく眼が合わない。

 整った口もとは、人形じみた無表情。

 その両腕は、いつの間にか腕甲(ヴァンブレイス)に覆われている。

 その先端につらなるのは巨大な棍棒籠手(マラカス)。

 全身にあえて青の魔力光(エフェクト)をまとう佇まいには覚悟が満ち、まるでそ(・)う(・)い(・)う(・)強(・)キ(・)ャ(・)ラ(・)のように隙がない。

 「仮にレルムさんが手信号に気付かなかったなら仕留め(その)役は僕がやる予定だったよ」、と言わんばかりだった。

 当然、情報を盗む隙など。


「…、…な、なんで、なんでだよ…何でこうなるんだよ?!」

 ソーマはすかさず凪(かくれんぼ)の魔法を展開した。慌ててソファから逃げ出した。

 しかし、すぐに転んだ。

 スペルモルが伸ばした足にひっかかったからだ。


 同時にパチンと指が鳴る音が響き、凪の魔法(かくれんぼ)は強制解除(はい、みつけた)された。


 ソーマの混乱は深まった。

 呪物モドキ(ヘドロ)の記憶(はなし)では、少年(スペルモル)はまだ未熟な存在であるはずだった。


 魔力は弱く、身体も小さく、凪をまともに呼べない。しょせん口ばかり達者で小手先のことしか出来ない雑用係。なのに。


「なんで?! 強制解除(これ)どういうことだよ、出来ないはずだろ!?」


 さらにカイザルの脳(きおく)を探るも、理由不明(わからない)。不可解は戦慄を呼ぶ。


 ソーマは改めて凪の魔法(かくれんぼ)を行使した。迷彩に似て非なる「認知され(だれもい)ない」状態に至るや、すぐさま駆け出した。


 平野だった。

 隠れる場所などない。

 地面はデタラメな地層がむきだしだ。そこここに足を挫きそうな凹凸が無数に刻まれ、思うように走れない。


 背後から少年(スペルモル)の邪悪な高笑い(ゲラゲラ)が響いてくる。


 必死に逃げる最中(さなか)に、またしても指が鳴った。

 とたん、凪の魔法(かくれんぼ)が強制解除(また、みつけた)される。


 慌てて発動(かくれんぼ)。

 一拍おいてパチンと強制解除(みぃつけた)。

 発動(かくれんぼ)。強制解除(みぃつけた)。

 発動(かくれんぼ)。


 隠(・)れ(・)鬼(・)ご(・)っ(・)こ(・)を繰り返すうちに、お遊びの間隔(もぉ1っかい!)はだんだんと早まっていく。


 混乱極まり様子をうかがうも、少年に変化はない。

 駆けずり回るモザイクを見もせず、居心地の良さそうなソファでくつろいだまま。


 カイザルを真似て堂々とふんぞり返り、

 カイザルに似た邪悪な笑みを口元に浮かべ、

 カイザルじみた紫色(よゆう)を漂わせながら、

 まさにカイザルのごとく指を鳴らして魔法を発動し…


 そこでようやくソーマは気づいた。


「…「憑依」(とくしゅまほう)!! 君…美ショタ(きみ)じゃないな!?」



 少年(カイザル)は吹き出した。愛嬌たっぷりに高笑う。ゴーグルの奥、その眼の色は赤い。

「はははっ。やっと気づいたか。他は? まだか? 弟がヒントを出していたぞ?

 思い出せ。寝かしつけの時だ。いっぱい遊ぼうとはっきり言っただろうが。

 おいおい、記憶どーした。調べりゃ分かるな? ついでだ、オレの「遊び」の意味も探れよ。

 ははっ、そっちは分かったようだな! 今まさに味わっているわけだしな?

 楽しくなってきちまうなぁ、おい?」


 少年(カイザル)の高笑い(ゲラゲラ)が、だんだんと低く地を這いカイザルらしい発声に変わっていく。

 幼い身体から発せられる老獪な地声。酷薄に吊り上がった唇。発するのは邪悪な威圧(むらさき)。


 ソーマは血の気が引くのを感じた。恐怖に背を押されるように全力で駆け出す。己が知る慣れた走り方で、必死に。


 カイザルは、宿る身体の能力を最大限に活かし、かつ故障を防ぐために、微細な調整(トレーニング)を地道に繰り返していた。

 そうして探り当てた最適解の走法を身体に叩き込んでいた。


 ソーマはそのことを知っていたが、軽んじた。


 魔力を利用した呼吸法も「たかが息継ぎ、なんか変だしやりたくない」と安易に切り捨てた。


 その結果、40代(しんたいねんれい)という致命的な弱点により、ソーマはあっけなく力尽きた。


 力尽きようと逃げねばならない。

 何故なら軍人(レルム)の銃口は常にソーマを狙っている。必要最小限の動きで一定距離を保ち、照準を定めたまま無機質に追ってくる。


 死にたくなければ逃げるしかない。


「苦しいっ、疲れたっ、ノド痛い、ノド怪我したっ、血の匂いする、臭い、怖い、苦しい、もう嫌だ…僕がこんなに辛いのに、努力してるのに、なんで誰も助けてくれないんだ、なんでこうもうまくいかないんだよぉ…っ!」


 ソーマは泣きだした。

 おおう、おおうと悲痛な声をあげて泣き喚いた。ぐしゃぐしゃの顔はモザイクで隠され、誰にも見えない。


 「やりたくないことはやらない。他にやらせる」を貫いて今に至る天才(ソーマ)にとって、努力とは「無駄な苦行」を指す言葉だ。つまり現状だ。

 「走りたくないのに走らなくちゃいけない」という過酷な「努力」を強いられたソーマは、気持ちも身体も追い込まれていった。

 速度が見る間に落ちる。あっけなく足が止まる。


 狙われるだけで発射されない銃口への恐怖が、疲れにより麻痺していた。

 体力の消耗は、魔法を発動する気力をも失(う)せさせていた。


(どうせオレくんに強制解除される。だったら最初からやりたくない)

 潤んだ緑玉(ひとみ)から悲痛な涙がこぼれゆく。


「どうして? なんで裏切るんだ? 酷いよ…オレくんを信じてたのに。親友だと思ってたのに!」

「てめぇは誰だ? ああ、答えなくていい。興味ねぇ」

 ソーマは傷ついた。彼(カイザル)が口にしたセリフの非道さを分からせようと大げさに仰け反ってみせたのに、思い知らせたい肝心の少年(カイザル)は一瞥もしてくれなかった。


「しんゆー? 知らねぇ言葉だ。

 仲間(てごま)や相棒はいるが、そんな(偏見を含む身も蓋もない言葉)はいねぇな。(言い過ぎな言葉)なんだろうな。ああ、(…ぅわぁ…な言葉(ピーーーーーーー))かな? ははっ」

 あげく、薄っぺらい口調で嘲ってきた。軽口を装った、明らかな煽りだった。


 ソーマは矜持(たましい)が冒涜されたと感じた。目が眩むような怒りに身を任せ罵った。

「…弟(そ)の身体がなきゃ、なにもできない死者(のこりカス)のくせに!」


 怒りのままに繰り出そうとした攻撃魔法は、だが、沈黙した。

 ソーマは虚をつかれ、もう一度発動させようとした。またも沈黙。


 もちろん、無双の王(カイザル)の所業(いたずら)だ。

 発動準備の段階で、ソーマの攻撃魔法を強制解除(キャンセル)したのだ。


「…っ! これもかよ…! もう嫌だ!! オレくん嫌がらせばっか、最低だ! この(最大級に悪い言葉)!!」


 未熟な若造の癇癪も罵声も、老獪な王(カイザル)にとっては単なる日常音だ。椅子が床を擦る音よりも気に留める価値はない。


 だが、今回に関しては、そうしない。

 カイザルは反応(たかわらい)してやった。


 笑いながら、ゆっくりと足首を回し、首を回し、簡易戦闘準備(ルーティン)を速やかに終わらせる。

「はははっ。そろそろサシで話し合うか! 特別だぞー? なにせ末弟の望みだからなぁ…」


 少年(カイザル)の全身に紅い魔力光が灯る。

 光は膨れ上がり、少年の前方に深紅の人影(シルエット)が現れた。

 人影(シルエット)の周囲に、数多の魔法が複雑に連動しながらリズミカルに展開されていく。


 ソーマは顔をしかめた。知らない魔法だらけだったのだ。

 苛立ちと裏腹に惹きつけられる。そらせない視線に、嫉妬と劣等感がまざる。


 深紅の魔力(シルエット)は、とうとうひとりの男を顕現させた。


 レルムはバリスティックゴーグルの下で目を見張った。

 アナンはニヤリと笑い、リンはふんと鼻を鳴らす。


 理解したソーマは、自然と荒ぶる呼気の中で呻いた。

 呻くしかない。

 肝が冷え、喉が強張る。それでもなんとか声を絞り出して抗議した。

「…なんだよ、それ…なにしてくれてんだ…ズルい、いくらなんでも、それは卑怯だ!」



 佇むのは若者。

 覇気みなぎる大柄な体躯。純白の軍服。詰襟から肩にかけて、深紅獅子の豊かな鬣(たてがみ)をまとわせている。個体名「大陸の主(ぬし)」、別称「遊び喰い魔獣」の末路たる革のマントが、魔圧にあおられてゆったりとなびく。

 その力強い美貌。赤い光を帯びた短髪。眼光炯々(けいけい)にして毅然たる魅了眼。

 ほのかに漂う男性用香水(シグネチャーセント)は、まごうことなき強者の余裕。


 たまらず、ソーマは叫んだ。

「魔(・)核(・)の(・)実(・)体(・)化(・)なんて…そんなんできるの奇跡の虹髪だけだろがぁ…っ!」


 大陸侵攻が特に捗(はかど)った最盛期の姿だ。

 往年の、悪名高き侵略王カイザルが、威風堂々と顕現していた。

棍棒籠手…変身系魔道具「マラカス」の武器形態。巨大なマラカスを彷彿とさせる形状の棍棒が、籠手(こて)と一体化している。武器と防具の両方の機能を兼ね備えるアンナ考案のアンナ専用武器。

 使用条件は魔力装甲と特殊魔法「強化」。現段階ではボディペイントも必要。

 ハリセンで鍛えた打撃力と命中率はカイザルいわく「悪くない」だそうです。


腕甲(ヴァンブレイス)・改…変身系魔道具。インクタイプ。ボディペイントした箇所がバフ付きの鎧に変わる。攻撃時の身体負荷も和らげる。

 元は狂戦士(むすめむこ)の基本装備である特殊魔法付与防具(魔道具と比べると性能は劣り、かつ使い捨て。当時はロストテクノロジー扱いだった魔道具をカイザル王が研究試作していた)。

 娘や孫のうち何人かの比翼連理が非戦闘員だったため、「不死身とはいえ、調教師(ごえい)やっていけるのか?(困惑)」と心配した生前のカイザルが、おせっかいで贈った。

「よし。これでタコ殴りされても無事ですむぞ」

「義父上(ちちうえ)さま。されません」

「好きに夫婦ケンカしろ」

「義父上(ちちうえ)さま。しません。そうなる前に話し合います」

「えっ」

「えっ」

「??」「???」←互いに理解できていない顔

 ※なお、未来の歴史では「狂戦士は王から入れ墨を強いられていた」が通説。


大陸の主…深紅獅子の雄。超大型肉食獣、鬣をもつ短毛種。この個体は特に巨体なので遭えばひと目で分かる。

 成体でありながら遊び食いを好む癖があった。

 最期は赤石(カイザル専属部隊、正式名は近衛儀仗隊)の美味しいご飯と保存食(おやつ)、毛皮は鬣を加工して鞣し革のマントになった。

 カイザルはこのマントを愛用し、カサンドラ妃を包み込んで眺めて高笑いするという遊びを好んでいた。

 カイザルとしては「急にやりたくなったからやった」程度の、特に意味のない戯れという認識だが、生涯通してカサンドラ妃以外にはやらなかった。なんでだろうね?

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