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お人好し賢者は看守でありたい  作者: 渋
第二章 民の歴史は韻を踏み、女神の歴史は阿鼻叫喚
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29 溺れる者が縋る藁と水底の手

アンナ(18)男性体ではアナンを名乗る。転移前は商品開発系チートでハーレムやったった美少女(ヒロイン)。二つ名は「我が姫」。


アレイン(精神年齢28)愛称おいちゃん。シルクハットに変形する。


アウローラ(19)虹髪。カイザルの生涯(プライベート)を知っている。色々と、知っている。ええ。


レディ・カサンドラ(故人)カイザルの正妃。愛称はドーラ。カイザルの調教師兼専属看護士。手負いかつ血に酔ったカイザル(会話不能。危険)を破壊行為(やりすぎ)ナシで通常状態に戻せた唯一の存在。「寝れば治る」と言い張る年下夫を問答無用で手当てできたのも彼女だけ。祈祷(付き添い看護)ができたのも彼女だけ。


草間(21)前作の登場人物。カイザルが老害になりませんようにと帰った世界から祈っている。

「戦線離脱? ご冗談! あたしのヒュプシュが死ぬトコだった。お腹の子も危険にさらした。

 ええい過保護やめぃ! このアンナちゃんを誰と心得る!

 名だたるクセ強男子(だんし)どもの理想(アイドル)を演じきった最強ハーレムヒロインなるぞ!

 小童(こわっぱ)を手玉にとるなぞ朝飯前! ラブコメだろーとバトル物だろーと同じこと!

 アンナちゃんのチートでハッピーエンドへ導いてくれるわ!」

「アウローラ、もう観念なさい。これがアンナだもの。わたくしは当然モルに従うわ」

「そう…ね。スペルモルの指示だものね。こうなると分かってのことよね」

「そうよ。モルは常に正しいの。それでアンナはどうするの?」

「カイザルさんを脱がす」

「…あ?」

「脱がす。脱いでね。セクシーに。ホットに。センシュアルでファビュラスかつワイルドに。完璧オレ様カイザル様らしく挑発的(プロヴォカティブ)に胸元はだけていただきたい」

「正気か?」

「当然。目にしたおいちゃんが即座にモザイクかけるくらい派手に剥(む)くよ。

 匠による劇的肉体改造レア度MAX筋肉(アバター)をチラ魅せしてやれば、課金ナシでアイテムゲットし放題だとホザきよる勘違い小童(こわっぱ)なんぞ最短(ノータイム)で一本釣りできる!

 スペルモルの策どおり、接触直後に捕獲からの先制攻撃、速攻よ。

 アンナ姐さんに任せな。カイザルさんの覇道に先駆けて、全力で露払いしちゃるからね!」

「へぇ? 匠、か。光栄だな?

 まさかこのオレがアダ名で茶化される日がくるとはな?」

「「「あ」」」


 ◆


「ソーマ(ブッコロ)が生きていた。モドキの能力を手に入れ、自由に森を出入りできる状態にある」

 スペルモルが呟いた。親指を唇に押し付け、真理の五感を研ぎ澄ましている。


「アウローラ。確か魔核(ブッコロ)を遠隔で把握できたよな? 今はどうだ? 変質したヤツの居場所は分かるのか?」

「はい。存在を把握(マーキング)できたので…ただ」

「どうした」

「ソーマは舘(ここ)を目指している…はずなのですが。

 一定距離まで近寄ると、何故か急に進路を曲げて森へ戻るのです。様々な方角から近寄っては戻りを繰り返していて、不穏です。

 一体、何が狙いなのか…」

 アウローラの困惑に、智将(カイザル)がしたり顔(ニヤニヤ)した。

「豊かな想像の翼を広げていそうだな、レディ・アウローラ?

 問題ない。オレの仕業(イタズラ)だ。任せてもらおう。次」

 全員がカイザルを見た。

 口々に説明を要求さ(ねだら)れ、かつ考え過ぎ(アウローラ)の顔色を見たカイザルは、やむなく答えた。


 あらかじめ設置しておいた罠が発動したのだろう、と。


「舘周辺に、兄上のみを標的にした迷彩結界魔法、だと…?!」

「ええぇ…、あ。本当。あった。

 そっか、身体と紐付いているから魔核(ソーマ)も対象になるんだわ。あの謎の移動は、ただ辿りつけなかっただけなのね。

 それにしても美しい魔法。緻密で、まるでレースのリボンのよ…

 あれ? カイザルさま? この編み方だとご自身では解除(キャンセル)できないですよ? 御存じ(あえて)…ですよね、もちろん。

 え。何故です? 鉄格子(おへや)といい、こんな…まるで封印じみた」

「まさしくそのつもりだな? 当然だろう」

 カイザルの答えで、全員の困惑がより深まった。

「呪物(オレ)の危うさは自覚している。トチ狂えば、まず逃亡するだろう。…我ながら何をしでかすやら。

 小賢しい輩を黙らせるには速攻に限る。護衛騎士(レルム)が殺(ヤ)りやすいようにの事前準備(おせっかい)が、予期せぬ形で役に立ったな?

 結界(リボン)で外側にいる身体の主(ソーマ)は立入禁止だ。維持管理はオレに任せろ。

 もういいな? 次」

 アウローラは声を失っていた。表情はあきらかにカイザルを心配していた。

「おっとレディ? オレにまで過保護してくれるなと伝えたはずだが? 次」


 スペルモルが挙手した。

「アウローラ。魔核(ハリィ)に埋め込まれた魔道具、あの威力は尋常じゃない。ヤツは一体どこで手に入れたか分かるか?」

「それは…」

 アウローラが叔父(アレイン)に視線で問い、頷きが返ってきた時、スペルモルの顔色が変わった。

「アウローラ。このけはいは…レルムか?」

「え? …あ、はい! レルムが帰還します。良かった、なら」

「いや待て。これは途中離脱だ。援護要請かも知れない。

 おいちゃん、行こう」

 スペルモルはシルクハットを被り窓から外へ飛び出した。


 すぐにスペルモルは戻ってきた。その腕の中で賢王がぐったりしていた。

「やはり援護要請だった。

 あと賢王(こいつ)拾った。魔力枯渇に見えるが…アウローラ、診てくれるか。

 なぁ、兄上。アレインの分析能力は頼りになるし、なによりレルムは最大の戦力だ。

 俺としては全員が揃ってから事に当たりたい。…どうかな?」


 カイザルはびしょ濡れの弟を眺めて微笑んだ(ニヤァ)。

「好きにしろ。…ふ。反対されないのが意外か?

 戦術の訓練を兼ねた演習にちょうどいいと思ってな。口出しは(・)しない。

 お手並み拝見だな? スペルモル」

 スペルモルは悟った。

(どうなろうが手出し(フォロー)する気だな)




 夜になった。しかしレルムもアレインも帰ってこなかった。


 カイザルは命じた。

「しばらくの間、餓鬼ども(おまえたち)はまとまって寝ろ。日中も基本は迎賓室(ここ)で過ごせ。

 オレはホワイエで待機する。用があればハンドベルを鳴らせ。

 ハリィ? オレの湯たんぽだな? 湯たんぽの定位置といえばオレの腹ん中だな? それが?」


 アウローラは訴えた。

「こどもには適切なお世話が必要です。いくらおとなしくても抱っこだけでは健全な発育を促せません」


 カイザルはキョトンした。育児完全に理解系パパ(なーんもわかってない)の目は(知ってる。風呂と飯がいるんだろ。おおげさだな?)と言っていた。

 アウローラの顔に、淑女の微笑みと青筋が同時に浮かんだ。

 双子とヒュプシュの肩が跳ねる。


「あいにく。ハルバードを使えません。他(・)も、わたくしには難しく。

 よって、カツを入れる?際の合図はお尻ペンペン一択となります。ごめんあそばせ」


「は?! 兄上相手になに言ってんだお前?! そんなマヌケな仕置き、双子(おれら)にだってしなかっただろうが!?」

 アウローラは微笑んだまま「そうよね」と頷いた。静止するカイザルにも頷いてみせた。

「カイザルさま? 子どものお世話はその子によりますの。わたくしどもにお任せくださいませ。

 もちろん育児参加は大歓迎ですわ。気軽にお声がけください」


 虹髪(おかーさん)の眼光(ほんき)から妻の激怒(かつてのきおく)を連想した精神年齢86歳カッコつけ(ツァウヴァーン)男はすみやかに譲歩した。


 カイザルにとって愛妻(だれとはいわないが)とのあれこれは(内容はさておき)、切なくも愛しい思い出として…

 かろうじて微振動セずにいられるだけで今も昇華には至らず。

 蘇った記憶(あれこれ)を味わっちゃった年下夫(カイザル)の紫色に、哀愁(ドーラこわいんだ…)が漂いだした。


「…?! …??」

 兄の私生活(カイザルザマァ)を知らないスペルモルは当然うろたえた。

 カッコつけていたい兄は美声の重低音で無垢なる弟をなだめた。

「父親(とうさま)になれば分かる…こともある」

 内心は(妻(あいて)によるだろうがな)だったわけだが、そっちは口に出さなかった。


 一方、スペルモルは、兄が何かしらの言葉を飲み込んだことに気付き、寂しさを覚えた。

(オレには全部を言えないのか。

 もし。ここにいたのが、アレインだったら…)



 皆が寝静まった夜更け、少年(スペルモル)と淑女(アウローラ)は3階の図書館にいた。

 迎賓室には滑り棒(てすり)付の大穴という移動手段(あそびごころ)があるので、風魔法でエスコートすれば淑女(ロングドレス)だろうと抜け出せる。

 カイザルからすると移動は想定内だったようで、検知され(なにもおき)なかった。


 もちろん、ふたりの目的は脱走ではない。密談だ。


「魔道具じゃない、だと? だがあれは魔法付与されていた。なら…

 どういう意味だ?」

「それについては、ええと、このあたりね」

 アウローラは数冊の本を手にして戻って来た。火薬と兵器について解説し、さらに武器庫の存在をスペルモルに明かした。


「武器庫は結界(リボン)のギリギリ外側に位置します。

 舘にたどり着けないためソーマが住み着きました。

 保管されていた兵器を材料に、未来や他世界の技術を組み合わせて独自開発した「魔法付与科学兵器」です。

 見た目以上の火薬を封入し、かつ複数個を重ねています。様々に施された魔法は補助的な役割にすぎず、用いた毒性化学物質含めそのものに殺傷力があります。

 叔父上さまが解体処理を断念し、レルムに遠投を命じた理由はそこにあるかと。

 それから今回の件、千里眼によるとソーマにとっても想定外です」

「…どこからが?」

「ハリィちゃんが群れに戻らなかったこと。あなたに保護されたこと。女神の舘で饗(もてな)されたこと。

 その全てが、です」

 スペルモルは首をひねった。

「攻撃目標(ターゲット)は女神(おれたち)でなく女神の民?

 ハリィに自爆特攻させようとしたのは故意だよな。絶滅を狙ったにしても…腑に落ちない。

 ヤツが己が作った森(しんいきとうえい)もろともブッ壊すような手段を選んだことも引っかかる。

 そもそも何故ハリィにあんなものを植えつけた?」

「手もとにあったから、です」


 スペルモルは口元を引き攣らせアウローラを見た。


 淑女の虹眼は静かだが、深い感情が宿っていた。口調は変わらず穏やかだ。内心はともかく。


「渡したのは気まぐれ。兵器開発の動機も暇つぶし。

 消滅の魔法の影響を受けたことで心の負荷が下がった、のですが」

 ふぅ、と重いため息をはさんだ。

「慣れた手段に固執するだけでした。

 もう何が起きてもソーマは変われません」

 そして、ぽつりと独り言ちた。

「まさか。そ(・)ち(・)ら(・)に関しては被害者側であるはずのソーマが。…息子(ソーマ)までが、母の地獄(それ)を軽視していたなんて。

 原因(はじまり)が消滅したら、特権意識や嗜虐心が高まるなんて…そうなると思わなかった…」


 そのまま思いにふけるアウローラを見すえながら、スペルモルは唇に親指を押し付けた。


「つまり、ブッコロは開き直った?

 渇望していた根本の願望(だれかそばにいて)を見失ったことで、ごまかしの慰めにすぎなかったはずの犯罪行為が、主目的にすりかわった?

 お前が言いよどんだ「奔放、非常に危険」ってのは、魔核(こころ)を把握できても、ヤツが実際に何をしでかすかまでは予想がつかないという意味か?」


 アウローラはびっくり眼でスペルモルを見下ろしてきた。

 (説明する前に分かってもらえたわ)

 そう視線で称えてきた。


 スペルモルはジト目でツッコんだ。

「何でだよ。俺たちでずっとそういう話をしてきたからだろーが」

「あら」

「そうだったわね、じゃねーよ。次。…ゆっくりでいいから」

「ふふっ。はい。ええと…ソーマの魔核の文字(かんじょう)が消せなくなりました。

 危険薬物(じげんのかけら)を「食らった」代償です。

 生きながら本質(かたち)を失ったことで「画面(たましい)」の記述(さけび)が崩れて支離滅裂なんです。解読出来ない致命的な箇所(バグ)も増えています。

 ただでさえ自分の価値を見失っているのに。深淵で溺れているのに…安静にできないほど凄まじい苦痛に苛(さいな)まれているはずなのに…」


 スペルモルの目が見開かれた。


「毒で麻酔がかかっているような状態なのかも。でもそれは麻痺なのよ、いずれ毒がまわりきれば…、え。

 あ…あの、…スペルモル? もう寝ませんか? あなた、顔色が」


(…兄上は。魔核治療を、喜んでみせた。けど)

 湯殿での高笑いを思い出す。草間との会話(ことば)が頭をよぎる。


『あいつの見当違いな尽くし癖は…多分あれ直らない。

 自重しているつもりで、あのザマだ。常にどっか飢えてんだよ。とっくに死んでんのにな』


 スペルモルの薄く開いた唇が震えだした。

(もしかして、俺は…兄上の価値(ゆたんぽちゃん)を利用してしまったんじゃ?

 暴れずにはいられないほど溺れている兄上を、深淵の水底で羽交い絞めするような真似をしでかしたんじゃ…)


 心配したアウローラから覗き込まれ、スペルモルは慌てて顔をそらした。

「そうだな」と適当に答えながら、無意識に髪をかきあげる。

 視界がぼやけていた。まばたきしたとたん眼から粒がこぼれおちる。

 涙と気付いたスペルモルは目を閉じた。湧く感情をそのまま受け入れる。


「…やらかしたら姉さまはあがく。姉さまらしく貫く。揺るがずにいてくれる。なら…俺なら…俺も、この場合は、多分」

 まぶたの下から現れた琥珀(ひとみ)には強い意志が宿っていた。


「アウローラ、もう少し付き合ってくれ。思いついたんだ。が、恐らくズレがある。検証したい。頼む」


 頼られたアウローラははりきった。勢いよく己の胸を叩き、ケホッとむせつつ力強く頷いてみせた。

「はい。スペルモル。喜んで!」


 ◆


 明け方、談話スペースのソファで眠っていたカイザルは、無防備なけはいが近づいてくることに気付いて声をかけた。

「おはよう、レディ・ヒュプシュ、スペルモル。

 どうした? ハンドベルが壊れでもしたか」


 目を閉じたままのカイザルに話しかけられ、ヒュプシュはびっくりして立ち止まった。

 おおきな瞳をぱちぱち瞬かせ、オロオロと後ろを振り返る。廊下の奥からスペルモルが姿をみせた。

「おはよう、兄上。あー…と。ハリィは大丈夫? 困ってない?」

 カイザルは鼻で嗤った。

「何を緊張している? 湯たんぽはこのとおりポカポカだ。なによりだな?」


 ハリィは眠り続けた。かなり疲れていたらしい。

 昨夜、アウローラが世話する間も半分眠った状態でされるがままになっていた。ウトウトしながら唇を食(は)み、すぐに眠っていく。

 カイザルの腹部でかくれんぼ(ベビースリング)の魔法に抱かれたまま、早朝の今もスヤスヤだった。


「そっか。じゃあ…結界さ」

「異常なし。破られてもオレが相手だ。まさかと思うが頼りないとでも?」

 スペルモルはすぐさま首を振って否定した。

 カイザルはそこでようやく目を開き、ジロジロと弟を観察した。

「どうした。もしや近衛騎士(レルム)や親友(アレイン)がいないせいか? 心細いか。ははっ。まだ餓鬼だな。

 気晴らしがいるな? よし、宿題を追加してやる。まずはベルの鳴らし方からだ」

 スペルモルは慌てた。

「ううん。分かる。それより…あのさ。兄上にお願いがあって。

 やっぱりベッド使おうよ。俺も睡眠不足でさ、一緒に寝ようって誘いに来たんだ」

 意表をつかれ、カイザルは眉を寄せた。不可解だった。弟と目が合わない。


 スペルモルは後ろめたそうに視線を彷徨わせ、ヒュプシュに寄り添った。

「変だって言いたいんだろ。分かるよ。でもさ…兄上、俺よりおいちゃんとばっか一緒にいるし。遊ぶし。なんつーか…でもさ、兄上は、結局は俺に甘いだろ。女衆にも。知ってるから。だから、きっと許してくれるだろうなって。

 俺には無理でも、はじまりの女神だったら…な?」


「…スペルモル?」

 ボソボソと喋る、らしくない弟を心配したカイザルは立ち上がりかけ…瞬時に警戒した。

 身体を動かせない。

 魔法も封じられている。


 スペルモルはヒュプシュにニコッと微笑んだ。

 無垢な弟(キャワなスペルモル)につられたヒュプシュもニコニコッとする。

 スペルモルは愛らしく頷いてみせ、そ(・)れ(・)を促した。

 促されるままにヒュプシュは腕を振る。


 とたん、カイザルは異常な眠気に襲われた。

 まぶたを開けていられない。強制的に眠りへと引き摺り込まれてゆく。


「…ル、モル…、…ははっ、…やり、やがった…な…」

「ごめんね。でも、起きたら分かるから。兄上も(・)きっと喜ぶと思う。

 まずは俺と一緒に眠って、目覚めたら…俺の話を聞いてね。

 いっぱい遊ぼうよ。我慢しなくていいよ。だから…カイザル兄上。

 今は、ゆっくりおやすみなさい」


 ◆


 ソーマはイライラしていた。

 玩具をふたつも贈ったのに、持ち逃げされた。

 館に行きたいのに辿りつけない。


 気晴らしに女神の民で遊ぶものの、彼らのほとんどは視覚も聴覚ももたない。数匹にしか話が通じず、何匹も踏んでみたけど全然まったく変身しない。

 苛立ちのままに踏み潰す。


 ソーマはふてくされた。

(あのチビみたいに可愛い見た目になってほしいだけなのに。なってくれない)


 神託を装い、女神の民をデタラメで誑かすことにも飽きたソーマは、やむなく武器庫(かりやど)に戻った。


 魔兵器(オモチャ)の余りはガラクタしかない。火薬も使いきった。なにも作れない。


 今の姿(ソーマ)に実体はあるが、肉体というわけでないらしい。眠気がこない。ちっとも眠れない。ダラダラごろごろしたって休まらない。暇。


 ソーマは時間と意欲と焦燥感をもてあまし、幾日も異界や舘の周辺をさまよった。


 数日経つと、急激に倦怠感が増した。深淵のけはいが濃くなり、いてもたってもいられない。息苦しい。

 耐えかねたソーマは、次元のかけらを求めた。

 食らったとたんに楽になるが、だからといってすることはない。活力をもてあまし、また無意味にさまよう。暇。


 あてのない散歩に飽きては武器庫に戻り、耐えかね這い出て、食らって、またさまよう。


 そんなある日、ふと心が軽くなった。まるで良い睡眠がとれて目覚めた直後のような清々しさ。

 理由は分からないが何となく安堵したソーマだが、次の瞬間、めまいのような怒りに襲われた。


 足元の物を蹴り壊すかのごとく、反射的に攻撃魔法を放った。

 狙い定まらぬそれはたまたま武器庫のドアを貫通した。

 目にしたソーマは力任せに追撃し、二重扉が粉砕される。

 しかし壁は壊れない。ソーマはイラッときた。

 次々と上級攻撃魔法を繰り出すが、武器庫はやたらと頑丈だった。壊れるどころかヒビすら入らない。


 うまくいかない。思い通りにならない。

(なにもかもおかしいだろ! なんでオレくんは受け入れてもらえるのに僕は許されないんだよ!

 条件(からだ)は同じだろが! 僕の身体なのに! オレくんは良くて僕だとダメ、なんで僕ってだけで拒絶されなきゃいけないんだ!

 神域投影は僕の世界(もの)なのに。僕のために作ったのに…奪っておきながら、オンナごときが何サマだ!

 そうだ。なにもかも他の女神(オンナども)のせいだ。絶対に責任とらせる。可愛がってやるもんか。仕置きしてやる。

 それには身体がいる。…やはり取り戻す。

 主人公名(プレイヤーネーム)なんて何でもいい、どんな名で呼ばれようが知ったことか。

 僕さえ楽しければ、もうそれでいい!)

 ソーマは再び舘を目指した。

カイザル(享年86)元・侵略王。現・呪われた破壊神(死者)。「穢れの付喪神(めがみ)」は自称(フェイク)。

 「警戒も始末も護衛騎士(レルム)の仕事。餓鬼どもは気にせず好きに遊べ」のつもりであえて矮小化したのに、まさか懐かれるとは。牢も立入禁止リボンも自戒の証。

 顕現した当初からずっと徐々に高まる「全てをぶちのめしたい欲」を意志でねじ伏せている。

 仮に自ら牢を破ったなら、それは「破壊神の権能を持った呪物モドキもどき」が誕生したということ。ガチヤバい。

 最近は治療効果により嗜虐心(ソワソワ)が落ち着いて少し楽になっているようだ

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