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お人好し賢者は看守でありたい  作者:
第二章 民の歴史は韻を踏み、女神の歴史は阿鼻叫喚
25/27

25 いっぱいいっぱいな賢者と新たな女神?

重なっていない重なりの女神…スペルモルもしくはカイゼリン。女神の民にとって双子は2人で1柱。


「なかよく」…神聖王国語だと意味が違う。同性間で使えば挑発スラングに該当。

 そのうちに雨の波が落ち着き、雨粒が弾け出す。

 隙間から隙間へ仮宿を転々として波をやり過ごしていたその子は、目立たない斜面に大きく頑丈そうな隙間を見つけて、ようやく一息をついた。

 進化を遂げた身体は勝手が違う。なにもかもモタつく。しかし慣れる。地道に己と向き合い、その子は新たな自由を獲得していた。

(…群れにいなくても。何とかなるんだな。今すごく楽だなぁ)

 その子は身体中が傷だらけになっていた。生きるだけなら水さえあればいい。傷も治る。恵みの雨が降るうち()飢えない。

 痛みは慣れると知ったその子は、不都合の全てを気にしないことにした。

(ボクは「何か」に遭った。けど、伝える必要なんてなかったんだ。

 皆にはそもそも聞く気がない。賢王さまの声すらマトモに聞いていないもの。

 …賢王さまが好きだ。けど、ボクをかまうたび群れの皆からああだこうだ言われてて…辛かった。ボクが群れにいなければ、賢王さまはそんな目に遭わなくなる。良かった。

 もうずっとこうしていこう。ボクに()()()()()()()。賢王さまにも()()()()()()()

 あ、そうだ。今のうちにダムを作らなきゃ。自分の分だけなら小さくても足りるはず。すぐそこにちょうど良さそうな凹みがあったか、ら…っ!)

 仮宿から出ようとしたとたん、泥で滑った。足がもつれ、豪快に転ぶ。


 緩やかな坂だった。地盤の弱い、抉れやすい場所だった。


 季節を変えるための雨は降り続けている。

 雨水の波に圧された小さな身体は翻弄された。ぬかるんだ地面に擦られるように流され、岩に沿ってゆっくり滑落した。あげく、樹洞にスポンと嵌った。


 全身がズキズキ痛む。目に涙がにじむ。ドジが哀しくて、でも己だけで何とかするためにモタモタとあがいた。動けない。

 痛みと情けなさで、つい「…うう」と喉が音をたてた。


「…、うめき声、だと?」

 少し離れた位置から声がした。がさり、と草を踏む音も。


 女神の気配を感じたその子はうろたえた。

(!? 重なりの女神さまだ! 重なってない! 何故こんなところに?)

 混乱しながら魔力濃度を探り、現在地に気付いたその子は青ざめた。

(ここは女神さまの土地だ! ボクは国境を越えてしまったの!? 「決して入ってはいけない」と賢王さまから言われていたのに!

 どうして? そりゃ駆けたけど、だからって…いつもなら、これくらいで辿り着くはずが…あ)

 己の進化に思い至る。

 愕然とした。身体が震える。もがくが、スッポリ嵌ったまま、抜け出せない。その子の瞳にじわぁと涙がにじむ。


 草をかきわける音は大きくなり、大いなる気配はすぐ近くに迫っている。

 バシャリと波が降りかかった。

「…は?」

 重なっていない重なりの女神が声をあげた。女神からの困惑のけはいを感じる。その子も困惑した。

(いちゃいけない場所にいるのに…食べられない? 女神さまは怒っていないの…?)


 その子は女神を見つめ、身動きできないまま途方にくれた。


 ◆


 スペルモルの視力は悪い。転移前に怪我をして以来、世界がボケて見えるようになってしまった。双子には後見人がいなかったため、幼いスペルモルは自力で解決しようと、なりふり構わず()()をした。


 父王の派閥は嘲笑ったが、次兄(ヴァルキル)は末弟の症状と意図を察して、すぐさま手を打った。侮りと油断を演じ、偶然を装い、必要な情報が弟の手に渡るよう手配したのだ。

 長兄が師となれた期間は短く、スペルモルのために密かに注文されていたこども用の魔眼鏡(モノクル)は間に合わなかったが、かろうじて最低限の知識や魔法(ぎじゅつ)を仕込むことは叶った。


 スペルモルは得たそれらを活用するため、独学で工夫を重ねた。

 結果、視力に頼らず世界を認識する()()()()()()感覚を目覚めさせていた。


 師匠いわく「真理の五感」、「画面」(アカシックレコード)の受信専用機のような能力だ。

 便利なのだが、あくまで感覚なので少年の知識や経験、感性や常識に依存する。得ているのは「真理」だが、変換器が人間である以上「当たらずと(いえど)も遠からず」な形へ歪んでしまう。


 スペルモルは自覚している。だから普段は精度を低く保つよう努めていた。


 転移後に眼鏡をかけはじめてからは、感覚に頼る必要性が消えた。

 ただ、すでに覚醒してしまっているので、ごく自然に得てしまう。知る気がなくても分かってしまうことがある。


 例えば、親友の未練。憎み軽蔑する全てに献身してでも救いたかった存在が誰なのか。湧いてやまない心の闇をねじ伏せた結果が聖人じみた言動に至っていることに無自覚な彼の、その原動力はどこからくるのか。


 例えば、長兄の執着。呪物と化してでも今度こそ守りたい存在が誰なのか。


 例えば…姉の、前世。


 スペルモルは落ち込んでいた。真理のかけらを感じとれる12歳は、物わかりが良すぎた。

 疎外感や嫉妬、諦観や孤独は己の身勝手(さっかく)であり未熟の証だと頭では分かっていた。

 兄をベッドで眠らせたいとやたらこだわるのは、己の不安を転嫁しているだけだと、己の価値を知らしめたいだけなのだと少年本人は気付いていた。

 気付いているから、いたたまれない。感情が追いつかない。心がまとまらない。


 斜向(はすむ)かいに座るアウローラは、さっきからずっとスペルモルの髪を梳いてくれている。優しい手つきで繰り返し、繰り返し。根気よく。


 アウローラは虹髪だ。上位存在(にじかみ)なのだから「こう考えて耐えなさい」だのと盲目にさせるくらい簡単なのに、しない。

 普段がぽやぽやで負けっぱなしだろうと、アウローラは甘くない。

 ここ数日ずっとスペルモルの無駄なモヤモヤに応えて、こうして甘やかして無駄な時間を一緒に過ごしてくれるほど、スペルモルなら自力で揺らぎを立て直すと信じきってやまない。


 窓の外では雨の波が荒ぶっている。スペルモルの心中のように。

 優しくナデナデされながらコタツでぬくぬくするスペルモルは、己を俯瞰して見て(あまりに情けない…)とじんわり涙ぐんだ。


 ふと空気が動く。隣にレルムが座ったようだ。柔らかい優しい指に代わり、大きな温かい指が雑に髪を梳きはじめた。揉まれない。

 顔を上げる気力もないスペルモルは、されるがままに享受した。

 レルムは悩める少年の髪を梳きながら、妻に声をかけた。

「ヒュプシュ嬢が探していたよ。天候が例年と違うから、冬仕事のマニュアルを直したいそうだ」

「あら。そうよね。

 そういえば師匠が言っていたわ。明日あたり異界から工事の余波がいくよって。

 いけない、ヒュプシュとレディ・ヴィルヘルミナのひとりは、まだそのことを知らないかも。スペルモル」

 席を外すと察して、スペルモルは片手をあげた。仕草で了承を伝えると、アウローラはクッキーを1枚スペルモルの唇に差し込んでから去っていった。

 隣でバリボリ音がする。夫の口にも放り込んでいったらしい。


 クッキーはクリームサンドだった。サイズがやたら小さく、砕いたアーモンドやオートミールの香ばしさとともに、なめらかな小豆(あずき)ペーストが口内を潤す。バリボリ噛み砕き、飲み込んでから呟いた。

「最近の菓子…あんま甘くない…」

 水を飲んでいたレルムがふふっと笑った。

「おれはちょうどいいですが。君は羊羹が好きですからね。そういえば。リンもものたりなかったようで、アンナ嬢におねだりする姿を見かけました」

「…育ち盛りカワイーな、作っちゃるからリクエストおくれ、だろ。とすると…ショコラ」

「はい。

 ただ準備に時間かかると知ったとたん、「待てない。今すぐショコラを生み出す魔法を探す」と叫んで図書館に突撃してましたね。

 実際できるんですか? 魔法で飲食物を、それも調理済を再現するなんてこと」

「理論上は。ヒュプシュなら出来るはず。思いつけば。今の俺は出来ない。

 …兄上は。昔、ねだられてミルクセーキを試したことあるって。でも、見た目と香りだけ似た、味は香草を濃縮させたような苦くてアクが濃い代物になったって。

 飲んだ湯たんぽちゃんがその場で盛大に戻して、一人目の奥さん(レディ・カサンドラ)にバレて揃って怒られたって」

「はははっ。カイザルさんらしい逸話ですね」

 笑ったレルムがふと呟いた。

「そういえば。リンはミルクセーキ苦手ですね? 珍しく警戒して。結局、一口も飲まずにヒュプシュ嬢に譲っていたような。不思議ですね、プリンは好むのに。どっちも似たような味だと思いますが?」

 甘味の違いを分かる気がない男は首をひねる。


 スペルモルは動揺した。波立つ心を深呼吸で鎮め、そっと隣を見上げる。

「…うん。なぁ、レルム」

 レルムは勘が鋭く、かつ無自覚だ。ん?と見下ろす視線は無垢なほどに優しい。


 スペルモルは念のため周囲を探った。誰もいないことを確信し、さらに声をひそめて尋ねた。

「リン、さ…。最近、様子がおかしいよな?」

 レルムは目を見張った。その表情は「心当たりあります」と自白していて、スペルモルはいてもたってもいられず最大の懸念(もやもや)を吐き出した。

「…リンが喋ってくれないんだ。一緒にいたいのに…すぐどっか行く。声かけてもだんまりだ。変わらずくっついてくれるし…怒っていないみたいだけど…()も優しいけど…声きかせてくれなくて…なにも教えてくれない。

 …なんでかずっと、ほお膨らませてるしさ。真顔だしさ…こんなん初めてだよ…。

 分かんないけど…信じたくないけど…多分、俺…姉さまに嫌われたんだ…」

「それはない」

 すぐさまレルムは突っ込んだ。

 スペルモルはびっくりしたが、(まぁ…そう返すよな…)と落ち込んで、虚ろな懺悔を続けた。

「…絶対に俺が悪い。多分、なんかやらかしたんだよ。けど、なにも思いつかない。だから謝りようがない…。

 ここ数日、朝から姿を見ないんだ。どこいるのか、俺、知らない。

 けはい探れば分かるだろうけど…バレた時が怖い。別に探したからって姉さまは怒らないだろうけど…でもさ、なんか悪いだろ。

 だって、まるで…盗み見してるみたいじゃん?」


 レルムは物理的にも天を仰いだ。

 吹き抜けの4階、収納室(リネンルーム)のドア横の壁を見つめる。レルムの尋常ならぬ視界では、そこに隠し通路の入口が見えていた。

「リンこそ盗みm…、うーん。秘密基地(クローゼット)にいるのでは? 楽しくもだ…時にはひとりで遊びたい日もあるかと」


 レルムの生ぬるい視線の先を、落ち込んでいるスペルモルは気付けない。

「ああ…うん…そうかも。けどさ、俺と喋らないのはおかしいだろ。他の女衆とはコソコソ喋ってんのに。

 俺なにしたんだろって考えてて…もしかしたら、そもそも俺がモドキなんかと関わったせいかもって。

 姉さまが虫嫌いなの知ってたのに、異界でキモいの見せちまったし。きっと、とうとう愛想つかされたんだ。…俺が…なにもかも…悪い…」


 唐突に轟音が響いた。

 4階だ。スペルモルが顔を上げる間にレルムが消えた。

 先に様子を見にいったと気付き、スペルモルも慌ててらせん階段に向かう。


 轟音の犯人はカイザルだった。

 迎賓室の床が一部だが破壊され、大穴が開いていた。


 スペルモルは部屋に一歩踏みこんだところで立ち尽くした。同じく立ち尽くすレルムの隣に並び((何で石床を割っちゃったの?))と大穴を見つめていると、そこからアレインがビョーンと飛び出してきた。


 優雅な着地は一瞬、後はバネ仕掛けの玩具(ビヨンビヨンビョーン)と化す。

 カイザルは床の荷物を足でどけるかのように昭和玩具(ビヨンビヨン)に足払いをかけた。玩具(アレイン)はくにゃんと避けて、ごく自然にどいた。

 レルムとスペルモルはホッとした。

((じゃれてるうちに物が壊れるのは普通だな。床くらい割れるよな))


 カイザルは愛想笑い(ニヤニヤ)で来客に声をかけた。

「よぉ。驚かせたな? 玩具が図書館に行きたがるから近道を作ってやっただけだ。問題ない」

 魔王さまは物騒な笑顔(カイザルさまぁ)で、指をパッチン鳴らした。


 砕けた石床は、円形の穴を残してたちまち修復された。(ふち)はシンプルな金属製、光を弾く鏡面と落下防止策(たちあがり)が機能美を語る。中央に鉄の棒が現れ、4階の天井から3階の図書館の床にまっすぐ突き刺さった。


 美麗な迎賓室に、新たに滑り棒(あそびごころ?)をもたらしたリノベーションの匠は、重低音で宣った。

「もうニコイチでなくていいっつったな? 好きに読んでこい。おらよ」

 サッカーボールのごとく足先で掬い上げられそのまま気安く蹴り落とされた20センチ玩具(ロボット)は、「うむ!」と叫んで、落ちながらハンドベルを投げ上げた。

 掴み取ったカイザルさまはご機嫌な笑顔(あーすっきりした)から真顔(こんどはなんだ?)に変え、視線で階下に問いかけた。


 アレインは優雅に着地し、また誤解を招く(いみありげな)発言をかました。

「いったん別れよう! 僕らの魔法(きずな)を試す検査(チャンス)である! カイザル殿、離れて異変が起き(さみしくなっ)たら呼んで欲しい! いつでも(魔法を)やり直そう!」

 目を据わらせたカイザルが、無言で鳴らしはじめた。

 医師に呼びかける固有音の後、チリチリと暗号音楽(メロディー)を奏でる。

「? この距離で? 「貴殿とはやっていられません」…あっ。それ分かる! 僕も未来を知っている! その定型文を知っているとも! 聴衆に話の〆(ありあとやしたー)を伝える伝統の前フリだ!

 すなわちカイザル殿はこう言いたいとみた! 「愛する弟よ、我が友レルムよ、心配なさらず。我々は順調になかよくしあっています」、と」

 すぐさま魔王は穴に飛び込んだ。

 階下からピョポピヨドゴォ…ッ!の破壊音が響く。


 アレインの防御魔法(ピョポンッ)相殺魔法(ピヨンヨンヨン)(改)は見破られていた。青筋をたてたカイザルは、とっても邪悪(いい)笑顔でバネ式玩具(スタンディングバッグ)をかまって遊び出した。

 アレインからはポッポロポロポロポポンポポピィ↑と音が鳴りまくる。


 大穴を覗き込んだスペルモルは思った。

(物理反射の魔法、開発したとか言ってたな…)

 ポッポロポピィ↑な間抜けな音は響き渡り、煽られたカイザルの闘気は否応なしに増していく。

 ガチ煽りは(おとうとのしんゆうで)即殺だった(さえなければクソが)破壊神と、死に急ぎ(おこらせるつも)うっかり(りないのにな…)眷属による不毛なドツキ漫才を茫然と見下ろしていると、レルムに肩を叩かれた。スペルモルは廊下へ促された。


 吹き抜けの玄関ホールには、女神たちが何人か集まってきていた。

 レルムは階下に声を張り上げた。

「図書館は使用禁止。安全になったら連絡する!」

 舘内で破壊音が鳴ること自体は日常茶飯事だ。慣れている。

 女神たちは、「「はーい、了解でーす」」と手を振り、そのまま散っていった。


「とりあえず通行止めの看板。あとは…でもあのふたり、すぐ直してくれるしな。壊しても直しながら暴れてまた壊してだからな、このまま放置で…、スペルモル?」

 レルムの声が遠い。スペルモルは虚ろな目でボソリと呟いた。

「眠ぃ…」

「あ。なるほど」

 アウローラの「精神の回復」効果は、弱った人間に強制的な安眠をもたらす。

 少年の限界を悟ったレルムは髪を撫でて労わった。

「お疲れさま。君は仮眠を…いやコレうるさいな。泉の休憩所(おれたちのいえ)行きましょうか。送ります」


 スペルモルは、レルムを見上げてぼんやりとした口調で告げた。

「…いい。もう十分に甘えた。そろそろシャンとしたい。

 散歩してくる…遊歩道ぐるっとするだけ…そんで(みそぎ)する…それでも眠かったら…寝る…。

 安心しろ…焦っているが…無謀な真似はしない…じゃあな…」

 眉尻を下げたレルムに見送られ、スペルモルはヨレヨレと玄関へ向かった。



(眠い…)

 スペルモルはぼぅっとしながら雨の中を歩む。

 オーバーサイズのフード付き雨よけマントを羽織ったブラウンずきん君は、四方八方から波に押されて、びしょ濡れだ。

 ほぼ無抵抗で波に翻弄される少年は、いつしか遊歩道を外れはじめていた。

(…そういや俺の特殊魔法(クソわざ)…もう不要だよな…でも解除もおっくうだ…まぁ…使わなきゃいい話だしな…いっかな…今は…このままで…)

 波に押され、スペルモルは(くさむら)につっこみかけた。わさわさと生えた草に顔をくすぐられ、そこでようやく(…戻らねば)と遊歩道へ顔を向ける。


 そして、哀しげなうめき声を聞いた。明らかな人の声。それも、幼いこども。

 スペルモルの目は一気に覚めた。


 神域投影には双子以外のこどもはいない。聞き間違いを疑いながら周囲のけはいを探る。

(敵じゃない。モドキもいない。だが、いる。無防備な…まるで本当に幼子のような…、女神の民が迷い込んだか? いや、女神の民(あいつら)じゃない。似ているが、魔核の存在感が濃すぎる。だったら…、

 まさか降臨か!? ありえない、雨が降っているのに…、いや待て)


 新たな女神の転移は、晴天の空で起きる。森の中心にある祭壇に降る形で降臨するものだ。

 しかし、かつて、そうではないケースが存在した。


(いや、やはり気配が違う。何かが起きてソーマ(ブッコロ)が再降臨したわけではなさそうだ。

 だが、また祭壇以外の転移が起きたとすれば…ウソだろ、いつからだ? いつからさまよっていた…!?)

 スペルモルは急いで草をかき分け、(やぶ)の中に潜り込んだ。

(女神の身体は不死でも、心はそうじゃない。早く保護しねぇと…!)


 そうして、スペルモルは見つけた。

 その子を見た瞬間、思わず「…は?」と声が漏れた。


 この雨だ。濡れているのは想定内だが、まさか全裸だとは思わなかった。


 そのはだかんぼさんの髪は毛量が多く、濡れてなおモッシャアと長く、顔が隠れてしまっている。

 かろうじて隙間から見えるチマッとした唇はぽかんと半開き、その口の中には歯が一本もない。

 ちぃちゃな身体をまぁるくして、倒木の朽ちた穴にすっぽり嵌っている。


 スペルモルを見上げているようだが、何を思ったのか伝わってこない。

 性別すら分からない。


(2、3才か? わからん。幼子ってこんな風なのか…?

 あ。それどころじゃないな。まずは保護しねぇと)

 ハッと我にかえり、スペルモルは駆け寄った。

ミルクセーキ…お砂糖が貴重な神聖王国時代における滋養強壮のお薬。生薬スパイス配合。レシピは王家専属の薬師が一子相伝で管理。酒で割って嗜むのが主流(基本的に女性こどもの口には入らない)。

 心身ともに頑強(見せかけだけ)なカイザル王子(若い頃)は薬不要派、あと強い酒をストレートで呑みたい人だったので興味なかった。たまに手に入っても飲まずに持ち帰っていた。チビッと毒見した後は妻子に「飲んで大丈夫だよ」と渡していた。妻子はカル◯スのごとくお水で薄めて楽しんでたみたい。湯たんぽちゃん(3)は原液でガブッと飲みたかった。

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