21 グダグダな報告会と過渡期の到来
狂戦士…不死身の歩兵。対で発動する魔法「比翼連理の魔法」により不死と超回復(傷の回復が早まる、即座に治るわけではない)が起きる。
アレイン(28)姪のアウローラをよちよち幼児さんだと思っている。ちゃんと19歳既婚と分かってはいる。
うわ。発動しない。なんで? あ。そっか、身体がないから? ぇえ〜…便利なのに。まぁ仕方ないか。
ねぇ、君。死ぬのヤダよね? だけど僕は好きに殺せるよ? だって君の魔…へ?
?!
あ。え、ウソ、逃げるなよ! 待って、今のナシ! 優しくしたげる! 愛でてあげてもいい! だから待って待って! 行っちゃダメだろ、僕の攻りゃ、だから待てって! ハナシ聞いてよ、僕はその身体に用が…、あ。
…っなんだよ! ともだちって言ったくせに、裏切り者!
もうウンザリだ。僕はともだちと遊びたいだけなのに。
僕は僕のために神域投影を作ったのに、神域投影でなら好きに生きられるはずだったのに、ちっとも上手くいかない。
次もまたこうなるなら、だったらいっそ、…いっそ。最初から。なんなら主人公から変える、とか?
そうだよ、どうせ自分の姿は思い出せそうにない。今は人外だけど、他の女神になりすませばいい。既に馴染んでいる人物になりすませば、絶対に上手くいく。
誰にしよ? 誰ってか一択かも。
だって、好き放題やってもオンナからキャーキャー言われて、怒らせても高笑いで許される、そんな特別な立ち位置にいる人物って…オレくんしかいなくない?
◆
女神らの身体は不老不死()だ。
不老(加齢を強く望んだり、未知の毒の影響があれば話は別)で、
不死(怪我や病気はする。殺されたら死ぬ)、だ。
この()書きは全員が知っている。
他に「女神の望みは叶う(望みどおりになるとは限らない)」という設定もある。
こちらに関しては、虹髪がうっかり報告し忘れているので、知らない女神の方が多い。
アンナは盗み聞きで悟り、アレインも仮説レベルで勘づいているが、
「神って本来そういうものよね」
「そういう自然現象なので、もしやこれもまた「伝えても伝えなくてもかまわない情報」にあたる??」
…と、わざわざ口に出していないため、知る人ぞ知る情報だ。
女神は飲食せずとも生き続ける。
寝たきりになろうと生き続ける。
強く願えばご都合主義が起きる。…かも?
そんな恩恵を受ける女神の1柱、穢れの付喪神は宣った。
「不死は限定的だ。始末できる。眷属の存在は好都合だった。
レディ・アウローラ、創世記に神殺しの眷属がいたな? ああ、暗唱の必要はない。
要は不治の病をもつ神を介錯したことで神格化した眷属がいるという話だ」
カイザルは魔法書をレルムに投げ渡した。
「そいつは繋ぎの魔法。「比翼連理の魔法」を開発する過程で偶然生まれた連関魔法だ。レルム、呪文の一部に見覚えがあるだろう?」
あるだろう? と言われても、レルムは神聖王国語をほとんど読めない。
受け取ったスクロールを、そのまま流れるように活字中毒者の手へ移動させた。
直立に戻りかけ、ピタと止まる。その唇が声なく「…ま、ほう?」と動いた。
集中して読みだしたアウローラは、夫の動揺を見逃した。
カイザルは固まるレルムをジロジロ眺めながら続ける。
「繋がるのは寿命。双方がどれだけジジイだろうと、どんな容態だろうと、何事もなければ生き永らえる。ただ連動性に不具合があってな、狂戦士と違い超回復がおきない。行使者のみ不死を得るが、かけられた側が死ぬと道連れになる。無理心中以外に解除方法がない呪いじみた失敗作だ。
お互いに相手と楽しく過ごした記憶があれば使用可能」
レルムの様子から解呪を察したものの、カイザルはしれっと続けた。
「オレがモドキと化したら、アレインに魔核を始末させるつもりだった。
残った女神の身体に繋ぎの魔法をかければ、機械人種のまま女神と同じ不老不死を得る。
神格化を対価に取引するつもりが、蓋を開けてみれば、同じ穴の狢だった。
馬鹿正直に魔核の位置を打ち明けてきたんだぞ? 共倒れをご所望とはおもしれーよな。
だったら美味い酒の礼を兼ねて、望み通りに道連れにしてやるかと思い立った。寿命を繋ぐためにそのままオトモダチごっこしていたわけだが…ははっ。無駄になっちまったなぁ?
昨日、話し合ってな。魔核の治療を決めた…うるせぇ」
カイザルは余裕ある愛想笑いを崩さなかったが、最後つい本音が出た。艶めく重低音が、語尾だけドスが利いた重低音になる。
休日の朝、4人は談話スペースにいた。
ソファに座るのはアウローラとカイザル。
アウローラは楚々といつもの位置に座り、レルムはその背後、護衛の位置に立つ。
カイザルも定位置だ。対面するソファの中央で、背もたれに両腕を投げ出して足を組み、紫色を発しながら堂々とふんぞりかえっている。
アレインは、そんな魔王さまの短髪にチョコンと腰かけている。15センチ玩具形態で。
治療の一環として、昨夜のイケオジらは4F迎賓室で一晩を過ごしたそうだ。
心配した思いやり紳士は一緒に泊まったらしい。そのおかげで、ケンカせず朝を迎えることができたと笑っているが、精神疲労はかなりキているようだ。ふたりとも、顔に疲れを滲ませている。すごく眠そう。
魔王さまの言動は常に偉そうだが、彼は不平不満を一切言わない。口癖である「好きにしろ」はダテじゃない。
そんなダイナミック鋼鉄魔核である魔王から、珍しい本音を引き出した玩具は、喋っていた。
穏やかで上品な女子ウケボイスでもって、実はかなり前からずぅーっっと喋り倒していた。
「よって魔真空の環境が成立する。環境を維持するために空間として用いた薄い布との組み合わせには(略)により「虚無」と「基底状態を変化させる能力」が同時に存在すると僕は考え、研究した。証明できた。僥倖。ならば(略)増幅させた真空のゆらぎを利用することで範囲内の物質に干渉することができる、それはいわゆる真空を利用して圧力や温度を変え(略)ので、魔圧と情動のしくみにも干渉可能となったことを意味する。となると、コップに注ぐ水の量を調整するように、任意の角度に微調整を」
「まずは歪んだ魔核を初期状態に戻す」
カイザルがズバッと要約した。
愛想笑いはそのままに、雰囲気が裏社会強め。呪いの弱体化と生命力の活性化のコンボは、お疲れ魔王の「頭上やかましい」という本音を紫色に乗せて赤裸々に反映させはじめていた。
アレインは、持ちうる限りの情報を全て伝えることが誠意だと信じている。
カイザルは、何も知らせず解決することこそが気遣いであると信じている。
餓鬼に報告するのは必要に迫られたからだ。軽く大筋だけで〆る気でいたのに、意に反してアレインがベランベラン喋るせいで、ついつい口が出る状態なのである。
短気でおせっかいな魔王としては「余計な情報ばっかこねくり回しやがってうるせぇな端的に言え、端的に。餓鬼に心配かけてんじゃねぇ好きに遊ばなくなるだろが」なのである。
推理力ゼロ淑女の顔色を見たカイザルは、しぶしぶ全て説明した。また見当違いな発想をされる前に正確な情報を提供した。その上で、しっかり釘を刺した。
「良くも悪くも経験ってやつは魂を打ちのめす。歪みきったオレたちの魔核は、もう救いようがない形状なんだろうな。恐らくどんな環境にも適応できない。どこだろうと心中は地獄だ。理想郷に在ってもな。
もっともオレからすれば安寧は異常だ。居るだけで消耗する。悪い蟲が騒いで危うい。それはオレの望みと反する。
…あくまで拒絶反応はオレの問題だぞ? 情報共有しているだけだ。手助けなんぞ求めていない。
このオレにまで過保護を発揮してくれるなよ、レディ?」
餓鬼どもの世話にはならねぇよ、とカイザルは多めに釘を刺した。視線で念も押した。
その流し目は蠱惑的であり、ほぼ誘惑に近い雰囲気だったため、レルムがちょっと反応した。だが話の流れから(これは違うな)と判断し、レルムは渋々耐えた。
アウローラはというと、正しく釘を受け取った。コクコクといっぱい頷いた。めちゃくちゃ動揺していたものの、淑女の微笑みで隠している気でいた。
百戦錬磨にはバレバレだった。
おせっかい魔王は(娘らみたいな反応しやがるなぁ)と懐かしくなり、ちょっくら面倒を見る気になった。
場を温めようとしたのだ。彼の娘らであれば、これをやると得物がくるので。気晴らしになると考えたのだ。
カイザルは妖しい紫色をかもしだし、艶めく重低音を発した。良かれと思って。
「へぇ。ソソる顔してくれるなぁ、レディ? まるで命令待ちだな? オレに可愛がられたいならまずっぐ、
…おぅ。
そうか。冗談もダメなのか。…、アレインもか。…そうか」
護衛官から速やかに抗議され、玩具帽子を乗せ直された。玩具帽子からも追撃で抗議が来た。
レルムはお察しだ。
アレインも、最愛の姪っ子が大変よろしくないニュアンスでからかわれかけたので、大変にムカついていた。「ちびっこ相手にセクハラすな」と、頭上から蒸気を盛大に立てた。機械人種らしくブーイングした。
深窓の姫君は目を白黒とさせた。背後に戻ってきた夫と正面のダンディを交互に見やる。
調教については先ほど聞いた。しかし実際に目の当たりにするとシュール。
威圧あふるる魔王さまが(天然で)ボケ、即座にツッコまれる身体を張ったパフォーマンス。オチはマスコットキャラクターからの「ポフッ」。
(ええと…アンナは好きそうね、この感じ。わたくしも慣れなくちゃ)
アウローラは淑女の微笑みで全ての感情を隠そうとしたが、全員にバレた。
レルムは作り笑いし、アレインは「カイザル殿、続きを」と促した。
カイザルは応えた。
「虹髪がもたらす「精神の回復」、その恩恵を浴びていても、オレたちには足りない。回復する以上に消耗するせいでな。
そこで治療だ。根本解決に至れば儲けものだな?
治療方法を確立すれば、適性者に予防接種ができるようになるぞ? 今後、どんなヤツが転移してこようと安心ってわけだ。
さっきも言ったが、オレたちの問題だ。
レディたちは今までどおり好きに暮らせ。
わざわざレディ・アウローラの耳に入れたのは、弟のおねだりだからだ。「何か思いついた時には、はじめる前に一声かけあう」という約束があるんだってな? ははっ。
まるで妻や娘たちのようだ。ああだこうだと愛らしい掛け声が飛び交っていたなぁ…懐かしい」
過去の記憶が蘇ったらしいカイザルは、いつも通りに心地よい思い出を語り始めた。高笑いもした。
どさくさに紛れてアレインの解説も続きが始まった。
ワイルドで色気のある重低音と、上品で知的な低い美声が好き勝手に重なる。音そのものは美しいが、報告会としてはグダグダだ。
グダグダだが、内容はシリアス。治療どころか、モドキ化どころか、スペルモルの憂いと覚悟すら気付いていなかったアウローラは、初耳の情報を持て余していた。しばし熟考する。
ふと背後でレルムが呟いた。
「…比翼連理の魔法。そうか、そうだよな。あれは魔法だ。…どうして」
「あ」
アウローラはハッと気づいてレルムを見上げた。少し青ざめた夫の袖をつまむ。隣に座るよう促し、説明をはじめた。
レルムは魔法を使えない、…というのは、呪いによる思い込みだったということ。本来の髪色はヒュプシュと同じ濃い水色だということ。
「師匠の洗浄で解呪されたのよ。
今の髪色はツァウヴァーン・ブルー、とりあえず魔法で元通りに染めておいたのだけど…レルムはどちらの色が好きかしら? どちらにも出来るから安心してね」
レルムは妻の冗長な説明を聴き流しながら顔色をどんどん悪くしていった。
脳内では、改めて己の正体と危険性について、思考がうずまいていた。
常に自制を必要とする魔獣じみた身体能力。
首枷で封じた魔王としての本性。
聖剣。
夢みていた未来が叶わないかも知れない致命的な負い目。
…魔法。←NEW!
顔色を失ったレルムは、アウローラを凝視した。救いを求めた手が、妻の両肩を捕らえる。
相変わらず動じない妻に勇気を得て、レルムは聞き返した。
「…アウローラは。どう思う? …おれのこと。このままおれと一緒にいてい」
「ツァウヴァーン・ブルーは馴染んでいるから安心するわ。好き。水色は新鮮で素敵ね。好き。どちらにせよ私としては(略)」
アウローラは食い気味に熱弁した。
カイザルの昔話と高笑い、アレインの口下手解説というBGMに、さらにアウローラの惚気がかぶさった。音量。
「レルム大好き。レルムはレルムよ。どう変わろうと逃さないわ。
私の髪だって茶色と虹色になるのよ。これで髪もお揃いになったわね。あら。考えたら別に今すぐ髪色を決める必要もないわね?
染色の魔法、叔父上さまが教えてくださるわよ? 後で習う?」
「…うん。…そうする…」
レルムは気が抜けた顔で呆然と頷き、ゆっくり妻のおでこに己のそれをひっつけた。安堵が含んだ、深いため息。
そこへヒュプシュがポテポテ現れた。
「おはよー。楽しそう。にぎやかだねー?
アンナは湯殿に寄ってから来るって。
? レルムさん、体調悪い? 眠い?」
レルムの隣に腰掛け、ヒュプシュは心配そうに顔色の悪いレルムを見上げた。
カイザルは挨拶代わりに魔法をした。両手で指を鳴らしてカーネーションを出現させた。
「! 見たことないお花! きれい!」
おはな大好きヒュプシュが色めき立つ。
またしても見事なフラワーアレンジメントで髪を飾り、ヒュプシュの気をそらしたカイザルは、さらりと告げた。
「4階が病院になるぞって話だ」
「びょういん? って何?」
古代人なので、ヒュプシュは病院を知らない。
アウローラがモタモタ説明しはじめると、姪の手助けをしたくてたまらないアレインが喋り出そうとしたため、カイザルが素早く口を塞いだ。顔を上半身ごとわし掴んだ。ピョポンッ音は鳴らなかった。
カイザルはニヤニヤ言った。
「ちょっとした秘密の部屋ってやつだな?
オレとアレインは、今後、揃いも揃って狂ったような言動を大真面目にやりはじめる。
恐らく印象や見た目が化ける。容姿ごと変わるかも知れん。
だが、病院の中ってのはそういうもんだ。こちらを気にせず、いつもどおり好きに過ごせばいい」
すると、ヒュプシュは「そうなんだ!」と納得した。
「いめちぇんってやつだね!
確かにオシャレするならお着替え部屋いるよね! 新しい服を合わせる時はこれで大丈夫かなって気になるし、なんとなく変なポーズとりたくなるときあるもんね!
病院いいと思う! 必要なものある? 何でも出すよー!」
カイザルは奥歯に物が挟まったような顔をした。心の中でボヤいた。
(…オレの物言いもイかれてるが。このお嬢ちゃんも大概だな。
本当に…どうなってんだ、ここの連中は。
…コレに馴染むのか…? このオレが…?)
カイザルの放つ豪奢な本紫が、哀愁と困惑により何とも言えない青みを帯びた。
そんな魔王さまに、夫婦は同時にヴィルヘルミナの桃色を連想した。
あちらは無表情、こちらは胡散臭い笑み。あちらはピンク、こちらは紫。男女差だけでは説明がつかない独特の色気は、分かりにくいふたりの感情表現ツールとして機能するようだった。
((その色気、助かる))
夫婦はヴィルヘルミナ・システムに慣れている。
曲者カイザルの心境を読む糸口を得た夫婦は、顔を見合わせ頷きあった。
ふとレルムの耳がピョコと動く。そのまま大階段へ顔を向けたのでアウローラも同じように大階段を見上げた。
2階の正面扉が開き、双子が部屋から出てきた。そのまま見守っていると、双子は急にひっくり返った。布状に広がったお湯で、いきなり足もとをすくわれたからだ。
レルムがぼそっと実況した。解説もした。
「水が小舟に変わった。スペルモルが庇ってリンの下敷きだ。
カイザルさん、これお叱り案件です」
「何故だ。ただのお迎えだぞ。弟は寝足りないはずだ。小舟で、もっと寝ていればいい」
アウローラは眉尻を下げて呟いた。
「驚いて、いっきに目が覚めたって顔ね。
おはよう。リン、スペルモル」
艶やかな紅い小舟は、びっくり眼の双子を乗せて、ふわりと滑り込んできた。
カイザルとしては、良かれのお迎えだ。
だが、双子からすればそうじゃない。荷物のように運ばれたあげく、穏やかな視線で悪びれなく「よぉ。その間抜け面良いな」などと愛でられた双子は、当然に激怒した。
「「兄上! 12歳! 赤子じゃあるまいし持ち運ばないで!」」
カイザルは不思議そうに首を傾けた。その顔は(持ち運べるサイズは赤子だろ)と言っていた。とはいえ今のカイザルは一味違う。おもむろにレルムに視線で問うた。
レルムは生ぬるく微笑み、小さく手を動かした。小刻みに動かしては止め、また動かす。
読み取ったカイザルは、片眉を上げた。そして双子に視線を移すと、深く頷いてみせた。
「そうか。許可がいるんだな? 分かった。次はそうしよう」
双子は唖然とした。
((兄上の様子が変、何が起きた!?))
じわじわ動揺こみあげる双子は、つい揃ってアウローラを見た。そして、淑女の微笑みであることを確認するや、なにひとつ疑問が解決していないというのに揃って胸をなでおろしていた。
そんな弟妹を眺めたカイザルは、ようやく高笑いしはじめた。が、おもむろに両手を上げた。
呆気にとられる一同をよそに、弟の期待に応えたい魔王さまは叫んだ。
「ああ! 分からん! 何もかも! 女も家事も育児も魔法も餓鬼も適応も! オレには何もかもが難しい! しかしやるしかねぇ! つくづく奥が深いなぁ、まったくよぉ!」
外は長雨だった。
舘の外にも、室内にも、景色が変わる兆しが見え始めていた。
カイザル(享年86)生前は男性版ファムファタル。心酔を越えて盲従を越えて狂愛(?)してくる部下ばっか。気を許したり隙を見せたとたんに、「カイザルさまのために!」と暴走したがるヤツはまだ序の口。静かなる狂信者に至っていたことが後で発覚する独善的な忠義者も紛れていて、派閥管理とっても大変だった。




