17 魔王さまの不器用ヒアリング〜賢者の推理と閃きとモヤモヤを添えて〜
勇者(故人)…女神の民の前王。勇者王。カイザルを倒した「勇者」とは別
「悪しき者」ぽるぽるの民は棄民だった。
同じ女神の民でありながら、助け合いの恩恵に与れない。いかなる時でも尊重されない。何故ならぽるぽるの民は「悪しき者」、古来よりずっとそう決まっているのだから。
ところが。
悪しき者であるはずの種族から、歴史に初めて名を残す王が生まれた。
そのぽるぽる王は特別だった。蘇りの奇跡を得た史上唯一の女神の民。全ての女神の民に進化をもたらし、多大な功績を残した偉大なる王。史上初、女神から「勇者」という個人名を賜った者でもある。
自身も王となるまで迫害されてきた勇者王は、全ての種族に分け隔てなく接した。わかりやすい規範を立てて、行為に対して罪を問いかけた。
それにより、女神の民の中に「迫害そのものが恥ずべき行い」という価値観が生まれた。
ぽるぽるの民は日陰に生まれ、日陰に潜んで生き、日陰の中で死ぬべき民。
現在、そのような地位は覆っていた。
勇者王の功績が、同種族であるぽるぽるの民全てに社会的尊厳をもたらしたからだ。
勇者王の生涯は、それを聞く者たちにカタルシスをもたらした。その時代にいなかった幼い世代にも、完璧な英雄譚として口伝されていた。様々な種族が、勇者王との関わりを語った。熱量をもって。繰り返し。繰り返し。
勇者王への好奇心や憶測は高まり、様々な空想がされた…しかし、そこに勇者王をおもんばかる視点はない。
たまたま王となっただけの、ただ純愛を貫いた一介のぽるぽるが、一体何を願って規範を立てるに至ったか、どうして種族に罪を見いだす容易な手段を忌避したか、そうした視点を、ほとんどの民はまだ持っていなかった。
◆
スペルモルは息を吐いた。
向かいの滝にいる姉とアウローラを交互に眺める。眼鏡がないので視界はぼんやりしている。しかし気配を探ればふたりが満面の笑みを浮かべていることは容易に分かった。
(俺も似たような笑顔してそうだな)
頭の片隅で思った時、背を向けていたレルムが振り返った。目が合った気がする。気配が柔らかい。恐らく笑いかけられた。
スペルモルが片手を挙げて応えると、レルムはこちら側に向かって歩きだし、通路のちょうど真ん中あたりで立ち止まった。佩いた木刀を回して刃を上向きに変えている。
(…? そういやレルムは何で着替えずに)
今さらの疑問が頭をよぎるも、すぐに答えは示された。
かすかにアウローラの歌声が聴こえはじめた。
メロディにあわせて、レルムが帯刀したままゆっくりと腰を落とす。わずかなブレもない。簡単な姿勢のようで体幹を試される難易度の高い静止だ。
(母国の武舞か。そういやレルムも「剣豪」だ。なら仕込まれるよな)
滝を背にして構える精悍な武人は、とてつもなく凛々しかった。
(こうしてみるとカッケェな。普段からああだったら…いや。普段がレルムだもんな)
スペルモルがしみじみと納得した瞬間、アウローラが一瞬「キャア」と鳴いた。
見れば、彼女はすぐに口を指先でおさえ、一拍おいて続きを歌いはじめている。うっかり興奮したらしい、まだ始まってもいないのに。
スペルモルが思わず生ぬるい目でアウローラを眺めていると、隣でカイザルが「…ふ」と嗤った。
「なるほど。甘ったるい発想はレディ・アウローラの影響か」
見上げると、ニヤニヤ嗤う兄と目があった。
「レルムに懐いているわりに言動を真似ようとしないから気になっていた。
まぁ頭ガッチガチ男だしな? そりゃ柔らかそうなレディのほうが好みだなぁ? 年上は良いぞ、スペルモル。
そういや女の口説き方はまだ教えてなかったな?」
スペルモルは即座に「いらね」と切り捨てた。
「アウローラはそういうんじゃない。
真似るって…兄上、俺がああなったらマズいだろ。レルムだぞ? 妻依存の男だぞ?
そりゃ強いしマトモで良いヤツだけど、アウローラのことになると、とたんに変た…ぁあと…なりふりかまわないだろ。オカシくなるだろ、言動がさ。もちろんちゃんと好きだ。好きだけど、あいつを見倣うのはダメだろ。男として。
俺の進化先はあれじゃない。ああは、ならない…」
普段のレルムを思い出し、遠い目になる。まばたきで我に返り、スペルモルは鼻息荒く宣言した。
「俺はやっぱりカイザル兄上がいい。兄上を目指す。表面的な真似だけじゃなくて、なんつーか…こう…カッコいいところ。強いところ。見習う。強くなりたい。俺も」
カイザルの鋭い目が細まる気配。
褒められた気がして、スペルモルはニヤけかけた。もちろん、すぐ口元を引き締める。矜持。
無言のまま頭上に注がれる穏やかな視線はゆっくりとそれていき、ふたりで向かいの滝にいる観客を眺めた。
導入の歌が終わり、女衆は静かだ。しかし雰囲気がうるさい。見えないでっかいハートをまき散らしている気がして、スペルモルはまた生ぬるい気分になった。
姉の瞳はギラギラでビガーだ。うっかり魅了眼も魔力放出も全開だ。
それに気付いたアウローラがリンの袖を摘み、己の閉じた瞼を指さしてみせた。
きょとんと目を合わせたリンは、一拍おいて両目の光を消した。それから少し小首を傾げて…すぐさま直った。魅了眼をそのままに「今はそれより見なくては」と気配が主張していた。
(姉さまの思いきりの良さ、やっぱいいな。カッコいい)
今のレルムに魅了眼は効かない。なにより目が合うとすればアウローラだ。妻しか見ちゃいない男なので、誰に魅了眼を向けられようが何ら問題なく武舞は続く。
「レディは娘たちに似ている。あんな風にてめぇの夫をよく愛でていた。…懐かしい。
湯たんぽちゃんの武舞好きも相変わらずか。オレで見慣れているだろうにな? 楽しそうでなによりだ。
お前もだぞ、スペルモル? 強さの他にはないのか? 言ってみろ」
穏やかな重低音に誘われ、スペルモルは密かにうろたえた
「兄上が気に入るような回答じゃない、かも。俺さ、まだ何もないんだ。やりたいこと。
工学は好きだし、何かチマチマしたの作るのも楽しい。けど、皆みたいにはっきりしているわけじゃない。
最近は特にヘタレちまってた。兄上たちの死期を悟ったような空気感がどうしても気になって、色々…おろそかだった。宿題も、実は集中しきれてない。…あの、ごめ痛ぇっ」
いきなりデコピンされた。めちゃ痛い。スペルモルが額を押さえながら兄を見上げると、カイザルは片眉をあげてスペルモルを咎めた。
「宿題がこなせなくて不利益を被るのはおまえだな? オレにどんなデメリットが?
見当違いな謝罪を癖づけるな。クズを図に乗らせて罠に嵌めたいなら別だが。意味なく小賢しいクズを惹き寄せれば命にかか…、ああ。理想郷でなら、そうはならない、か。…解せんな」
忠告なかばで思い直したらしいカイザルは、一瞬もの言いたげな顔をした。黙って天を仰ぎ、目を閉じ、やがてけだるいため息をついた。
「理想郷の価値観は不可解だ。得体が知れねぇなぁ…お互いさまだろうがな?」
そう言うや、カイザルはおどけてみせた。大げさに肩をすくめた後、腕を組み直しながら愚痴ってきたのだ。
あの完璧な兄が。魔王さまが。スペルモルを相手に。
「オレに理解できたのは、バッチィはいらん、くらいだな。同感だ。オレもいらんと思った。だから潔く飛ぶ鳥跡を濁さずで去るつもりだったんだがなぁ?」
(兄上が俺に弱みを見せた…嬉しい。対等っぽい、信頼されてる感すげぇ気持ちイ…何て??)
感動しつつ聞いていたスペルモルは、慌てて記憶を探った。そして「バッチィ」がなんのことか思い当たり、呻いた。
「いや、それ…、聞いてくれ、兄上。
ヒュプシュは昔いろいろあったみたいだ。詳しくは知らないが、碌でもない奴らに良いようにされてきたらしい。
「バッチィ」ってのは、そいつらを思い出しての感想だと思う。あの時は中てられていただろうし。てか多分、兄上が呪物だってことそのものを忘れている気がする。なんたってヒュプシュだからな。
どうせモドキと関わらせるつもりはない。兄上たちを同一視することもない。もし、どこかで偶然に知って反射的に拒否反応が出たとしても…むしろ、真っ先に絆されるよ、今までを思うと…間違いなく。
下手するとソーマすら許しかねない。冗談じゃねぇ。俺らで守らないと。兄上も手を貸してくれよ、本当に危なっかしいんだよ、ここのやつらは」
カイザルの瞳の光が一瞬だけ揺らいだ。
「そうか。いいぞ。それで? 他には?」
兄の機嫌がさらに良くなったことに気付き、スペルモルの口元がまた勝手にウニュウニュと動いた。平常心に努めて、言うべきことを脳内でまとめる。
「治療計画書はアレインが持ってる。この後、兄上の牢に行っていいか? 過酷な治療だから事前に説明したいってアレインが」
カイザルが目くばせをしてきた。スペルモルは言葉を止める。兄は穏やかな声で「全て言え、スペルモル。詳しく。…それで?」と問いかけて来た。
スペルモルは困惑した。眼を彷徨わせ、言葉を探す。
「治療を思いついたのは、汚泥を燃やした時だ。異界の歴史の中に、俺の知らない技術や魔法も映し出された。
アレインから「界が重なった影響で未知の魔法が再現できるようになった」と聞いたから、分かる範囲で暗記して…いくつか組み合わせたら、弱った魂を活性化させる魔法になると気付いた。アウローラに相談したら「相転移した魔法は新世界の一部だから画面で詳細が検索できる」って。じゃあ再現可能だ。研究開発を進めれば、いずれ魔核の蘇生魔法にだって至るかも、って」
ふいに、高い悲鳴が聴こえた。喜びの二重唱だ。
見れば、レルムの武舞が佳境に入っている。
荘厳かつ優美。ときおり流水を撫でる木刀は、力強い虹色の光を放っていた。薙ぎ払うつど、帯状の煌めく光が長く尾を引きながらたなびく。虹色の旗を身にまとわせ舞うレルムは惚れ惚れするほど男前だった。
姉の瞳は輝いたまま。
眺めるカイザルの目が細まる。
スペルモルは横目でそんな兄を観察し、そのまま視線をアウローラへ向けた。
アウローラはふわふわ微笑んでいる。リンとレルムを交互に眺め、嬉しそうに。ふたりに向ける視線は同じくらい優しい、しかし明らかに違う。
(特別に種類があるのは分かる、けど何がどう違うんだ?)
疑問が頭の隅をかすめつつ、スペルモルは口を開いた。
「まだリンは何も知らない。目の前で堂々とアレインと話しているんだが、多分…聞いていない。リンは「自分には理解できない」と決めつけると、本当に一切を聴き流すから。
ただ、深淵へは連れて行った。動揺したまま決断したくなくて。姉さまの導きが欲しかったんだ。
リンは「受け取る価値がない」と答えた。俺も同感だった。俺たちにとってはただの毒、でも兄上たちにとっては…じゃあ酒みたいなもんかなって。
兄上たちの酒宴に俺たちは混ざれない。けど、「ほどほどにして帰ろうぜ」って迎えには行けるよなって思った。
深淵に酔っても、汚染でモドキじみてきたとしても、迎えに行けばきっとこちら側に帰ろうとしてくれるはず、だったら最期まで見守ろうって。その時はそう考えて、腹をくくろうとした。
けど、治療を思いついた。
アレインを説得して、実現に動き出したけど問題点がガンガン出てきた。暗礁に乗り上げたと何度も思った。
諦めたくなくてふたりで頭を抱えているとき、リンが燃える汚泥を「きれいね」「好ましいわ」って何度も呟いていて。
それ聞いてるうちに、そういや毒を適切に薄めれば薬になるなって思い出した。
アレインが未来の鎮痛薬を知っていたから、そこから話が一気に進んだ。で、今はアレインの製薬待ち」
カイザルはしばらく言葉を発さなかった。まるで続きを待つように黙った後、猫なで声でこう告げてきた。
「ダメだぞ、スペルモル。オレは全て言えと言った。要約するな。洗いざらい吐け」
スペルモルは困惑した。要約したつもりはなかった。
(鎮痛薬についてはアレインがとっくに話したはず。治療の詳細は兄上なら文面も併せて求めるはず。この状況での口頭報告としては、これで正しい…はず。なのに…?)
スペルモルは途方に暮れた。眼が彷徨う。
「スペルモル? どうした。好きに言え」
「ごめん…兄上。何を聞かれているか分からない…」
カイザルは黙り込んだ。
スペルモルはとうとう俯いた。と、アレインがひょいと顔を覗き込んできた。
「ふむ。我が友、思うに。結論として。カイザル殿は君の心の裡を知ろうとしている。多分?」
スペルモルは「…は?」と親友を凝視した。
(結論に「多分」って何? 「思うに」って何??)
疑問が顔に出ていたらしい。
アレインは、両腕をくにゃくにゃさせながら答えてくれた。
「言いたいことは分かる。ただ、君に友情を誓うキャワな親友としては、根拠なき予想しかなくても、今すぐ口を挟むべきと判断した。
カイザル殿は生者の思考があるうちに、兄として、弟の要望や意見を引き出したいのでは…と推測する。
それは例えば、…皆の何をどのように心配しているのか、「俺らで守る」とは具体的に何か、具体的にどうありたいか、して欲しいこと、欲しい物、欲しい言葉…ふむ。つまりカイザル殿は弟にご褒美を与えたい?
我が友、おいちゃんの仮説に乗っかって、試しにおねだりしてみるのはいかがか?」
カイザルがアレインに向けて手を差し出した。見せつけるようにパチンと指を鳴らす。それは仲間を称賛する時の仕草だった。
「なるほど。「おねだり」。それだ。でかした、アレイン」
「最愛の喜ぶ顔が見たいのはおいちゃんも同じ。尽力はきっと治療の励みにもなるだろう。的外れにならず僥倖…ふむ?
もしや、これが二兎を食らったというヤツだろうか。
兄弟の絆を深める手伝いができ、ついでに相棒の治療へのモチベーションを上げた。わぁ…僕かっこいい。おいちゃんは自分を褒めたくなった。偉い。とても偉い」
カイザルは鼻で嗤った。
「ほざくな。誰が相棒だ。言っとくがオレとてめぇは似ていない。治療は同じでも、一緒の括りにされてたまるか」
アレインはじ…っとカイザルを見つめた。まっすぐに見たまま、ボソッと呟いた。
「照れ隠しに思える…これこそ根拠がない。勘でしかない。しかし断言したい。
結論として、カイザル殿はツンデレ。押せばいつかデレる…そんな予感がする」
カイザルは無言でアレインを蹴り上げた。
くにゃんとアレインが避ける。
カイザルは、さらに豪快なハイキックで追撃をした。
攻撃は本気ではないとスペルモルには一目瞭然だったが、同時にガチの苛立ちが漲る一撃だと察した。凄まじくキレがあった。ギリ内臓は無事な威力、しかし確実に当てるという意志がこもっていた。
アレインは見事に食らったものの、魔法で防御したようだった。ドカッと重い衝撃にはならず、代わりにピョポンッと愛らしい音が鳴った。
玩具は吹っ飛びながら、ぐにににと体長が縮まりシルクハットに変わった。壁に、滝に、床にポヨヨン、ヨヨン、ヨンと弾んだ玩具は、やがてくにゃんと地に落ちる。
すぐにグニョニョとうごめきだし、やがてまた人の形に戻った。
すらりと優雅に佇んだアレインは、カイザルに向けてボウアンドスクレープを決めた。
「カイザル殿の友情、確かに受け取った。
知っているとも、レルムくんと草間のやりとりで覚えたのだ。男の友情は「話し合い」、つまり拳ではじまる、と。
ケンカ欲はまだよくわからないが、問いのとっかかりが生まれたようだ。おいちゃんは満足」
「オレはご不満だが? てめぇ煽ってんな? 何だそのマヌケな音はフザけんな(悪い言葉)がよぉ…」
「んむ? 興味深い。どういった意味だろうか。察するに異界の言語、だって僕が知らない単語。千里眼で把握できない言語を学べるなんて歓喜! それで?」
カイザルの答えは、左ストレートだった。
玩具は、一世を風靡したとある異世界の映画のようにブリッジでのけぞり避けたものの、追撃の連打は容赦なかった。弧を描くように上下屈伸するアレインからピョポポポポポ音が鳴り響いてやまない。
同じデザインのサウナ着を双子コーデした高身長格闘家と絡繰玩具が、ちょっぴり危険な格闘劇を繰り広げている。
白熱していくそれを、スペルモルは唖然と眺めた。
(…弟の俺より兄上と打ち解けてる。
…アレインは俺の親友だろ、それなのに「相棒」…?
何だコレ…モヤモヤする)
己の感情に困惑していると、視界の端でリンが崩れ落ちたけはいがした。
ギョッとして正面の滝を睨みつければ、リンが滝の中でうずくまり頭を抱えているのか分かった。
スペルモルは悟った。
(あ。汚染。やらかしに思い至ったんだな。あれ…姉さま、何かしたっけ?? 異界じゃ特に何もなかったのに)
首をひねっていると、かすかに「ふぇえ…」と姉の断末魔が聴こえた。
(!? モヤついてる場合か! 姉さま…!)
スペルモルは即座に駆け寄った。
カイザルの一人目の妻(故人)…愛妻20人の中で唯一の年上。政略結婚。お世話好きで愛情深い(当時の価値観において)普通の女の子だったのに、夫をハルバードでシバキ倒したり、微振動させる固有スキル(意味深)を駆使して調教してたら、他の妻から「ドーラお姐さま(語尾ハート)一生ついてく(語尾ハート)」と生涯モテいやさ忠誠を捧げられるようになっちゃってた女傑。
微振動夫いわく「地声が高くて愛らしい。はにかみ顔は特にイイ。華やぐ笑顔も凛々しさも何もかも好ましい最高にイイ女。ただ子を産んだら荒くれ者に進化した。なんで??」なんでもなにも。
草間…前作の登場人物。ノンデリ美青年。動物好き。レルムとは楽しく「男同士の話し合い」をした仲。元の世界にて実家の犬猫にモテモテハッピーライフ満喫中!




