揺れるすみれ
月日が流れ、ダイヤと話した日から約一年が経った。
ダイヤとの心の距離がグンと近づいた。
西の国で医療関係の仕事があり、久しぶりに西の国に足を踏み入れた。
相変わらず、城の周りと国境付近は栄えているが、それ以外は全くの別世界のようだ。
城下町で仕事を済ませ、国境沿いを歩いているときだった。
僕と並んで歩いていたはずのダイヤが見当たらない。
外に出る仕事のため、身長は僕よりも高いはずなんだが…。
不思議に思い、後ろを振り返るとすぐにダイヤを見つけることができた。
ダイヤの後ろには小さな汚れた少年。
ちょうど、テオが初めて東の城に来たくらいの歳の少年が、ダイヤの白衣の裾を掴んでいた。
僕がダイヤの方によると、ダイヤはゆっくり少年の方に振り返った。
「来て…、来て…。」
少年はダイヤの手を引っ張る。
ダイヤは驚いていたが、少年の後をついて行くことにした。
少年は国境からどんどん離れていき、一本の狭い路地に入っていった。
その突き当たりにあるゴミ捨て場のようなところに一人の女性が座っていた。
彼女は随分前に亡くなったようで、肉は腐り蛆がわいていた。
少年はダイヤに銅貨を二枚渡した。
その日のパンも買えないような額だ。
ダイヤは銅貨を少年に返し、首を横に振る。
「この女性はお前の母親か。」
少年は首を横に振った。
「ここまで一緒に来た人。 名前も知らない。」
「お前の名前は。」
「ヴァイオレット。」
「そうか。」
ダイヤはヴァイオレットの手を引いてどこかへ向かう。
着いたのは西の国でいちばん大きな役所だ。
僕とヴァイオレットは外で待たされた。
彼の不思議な色の髪が砂埃にまみれていたので、優しくそれをはらった。
根元は金髪だが毛先になるにつれ、彼の名前の通り淡い紫に染まっている。
少しすると、ダイヤが役所から出てきた。
「王権争いの件で児童所がどこもいっぱいらしい。
ラルドが勝てば、この国も少しは良くなると思うんだが…、まぁ他の国の政治には関われない。」
「じゃあこの子どうするの?」
「一旦連れて帰るか。 見つけて、ここまで連れてきてしまった以上放っておく訳にはいかないだろ。」
ダイヤと僕はヴァイオレットを東の城に連れて帰ることにした。
城に着くと、テオが驚いた様子で階段を降りてきた。
「どうしたん、その子。」
「良くないってのはわかってるんだけどな。」
「どうして良くないの?」
「王位継承争い…いや、そのずっと前から西の国の貧困層が増えてきている。 こいつみたいな人があの国には溢れかえっているんだよ。
一人にだけ手を伸ばせば、全員がその手をつかみに来ようとする。
出来ればどうにかしてやりたいが、俺だけの力でどうにかできる問題じゃない。」
「王様が決まれば、何か変わるんかな。」
「そうとは限らない。 今は王権争いで直接的な戦いはないが、今後どうなるか分からない。
ハニスの印象も前にあった時より随分と変わっていた。 俺は先代のお告げの通りラルドが勝てばいいと思っているんだが。」
「あの国も色々大変そうだな。」
「そうだな。 ということで、湯の準備をして欲しい。 小さい時のニーニャの服なら入るか。」
テオは湯の準備をしに行き、僕は自室のタンスから昔の服を掘り出した。
服や物などを捨てるのが惜しくて、この城に来た時から全てとってある。
僕は、少しサイズの違う服を何着か持って、風呂場に向かった。
風呂場のこの情景が、約十年前の自分を思い出させる。
ヴァイオレットに服を着せ、脱衣所から出ると、リリィさんが廊下を通った。
「え、なんか増えた?」
「こうするしかなかったからな。 部屋の準備をするからこいつらのこと見といてくれ。」
「わかった。 じゃあ、このお城に長く住む予定だし、お買い物にでも行きましょうか。」
テオとヴァイオレット、僕はリリィさんに城下町へ連れ出された。
先生以外と買い物に出かけるのは久しぶりだ。
リリィはヴァイオレットの手を引き、ズンズン前に進んでいく。
テオはなんだか面倒くさそうだ。
雑貨やリリィさんの服を買い、僕とテオが荷物を持つ。
沢山の荷物で、テオはあまり前が見えていないようだ。
ふと、ある店の前でヴァイオレットは足を止めた。
洋服の店だ。
「見てみる?」
リリィさんはヴァイオレット店に入れ、ショーケースに飾られている服の試着を店員に頼んだ。
試着室から出てきたヴァイオレットは、嬉しそうに鏡を見る。
白い生地にピンクのレース。 毛先と同じ色のリボンがよく似合っていた。
「とっても良い! こっちも着てみて!」
リリィさんから次々に渡される服を、ヴァイオレットは全て試着した。
その服たちを可愛いからと、全部リリィさんが買い、ヴァイオレットにプレゼントした。
とても微笑ましいが、荷物を持つのは僕とテオだ。
テオは大きくため息を付いた。
買い物を終えて、城に戻ってきた頃には空が茜色に染まっていた。
玄関の少し先にある大きめのテーブルに全て荷物を置き、テオは崩れるように床に座った。
「おかえり…、遅かったな。」
「助けに来てくれても良かったんちゃうか。」
「いや、荷物は持ちたくないから。」
ダイヤはこうなっていることが分かっていたんだろう。
こうなることがわかっていれば、車を出してもらえばよかった。




