第8話 限界
その夜から数日後。
ジミンは毎日、ミンジェの「仕事とそれ以外を混ぜるな」という言葉が頭から離れなかった。
婚約の噂、由布院の記憶、毎夜繰り返すあの夢……全部がぐちゃぐちゃに混ざって、仕事にも集中できなくなっていた。
そしてとうとう、ある深夜のオフィスで限界が来た。
残業で最後まで残っていたのは、またしてもジミンとミンジェだけだった。
ジミンは資料を握りしめたまま、ミンジェのデスクの前に立った。
声が震えているのも、自分ではっきりわかっていた。
「課長……」
ミンジェが顔を上げる。いつもの冷静な目。
ジミンは深呼吸して、ほとんど吐き出すように言った。
「……もう、本当に無理です。一度だけでいいんです。抱いてください。お願いします……」
(あの夢だ……本当に何言ってるの、私)
長い沈黙が落ちる。
ミンジェはペンを静かに置き、ゆっくりと息を吐いた。
表情はほとんど変わらない。
でも、指先がわずかに机の端を押さえているのが見えた。
「私は、結婚する相手としか、そういうことはしない」
ジミンの胸がズキンと痛む。
ミンジェは少し間を置いて、低く抑えた声で続けた。
「……提案がある」
彼はジミンを真っ直ぐに見た。
「3ヶ月。仮の婚約者契約をしよう」
(……仮婚約?)
ジミンは目を見開いた。
ミンジェはその表情をちらりと見て、そのまま淡々と続ける。
「3ヶ月後、君がまだ欲しければ……その時は責任を取る」
ジミンは頭が真っ白になった。
(……仮婚約?責任?一度だけって言ったのに、なんでそんな大げさなことを……?全然、わからない……)
ミンジェの目は相変わらず冷静で、感情は一切見えない。
ただ淡々と事実を述べているだけのように感じる。
ジミンは混乱と羞恥で顔が熱くなるのを感じながらも、小さく、震える声で答えた。
「……わかりました。3ヶ月だけ……お願いします」




