第7話 境界線
街灯が規則的に並び、光の間隔がやけに長く感じる。
ミンジェは歩幅を変えない。
ジミンも、少し遅れてそのリズムに合わせるしかない。
数分の沈黙のあと、ミンジェが言った。
「送る」
それだけだった。 ジミンは一瞬止まりかける。
「……いえ、大丈夫です。電車で帰ります」
即座にそう返したのは、条件反射に近かった。
ミンジェは振り返って、軽く眉を上げた。
「この時間に?」
問いというより指摘のトーン。
ジミンは言葉に詰まる。
終電の時間は、確かに近い。
それでも、断る理由を探すほうが先に立つ。
「……近いので」
自分でも弱い言い訳だと分かっている。
ミンジェは数秒、黙ったままだった。
「いいから、乗れ」
ミンジェは手を軽く上げてタクシーを止め、ドアを開けた。
「彼女を先に送ってくれ」
ミンジェに促されて運転手にアパートの住所を告げると、車は滑るように走り出す。
ソウルの夜景が流れるなか、ミンジェは口をきかなかった。 沈黙は車の中のほうが濃かった。
どこまでが噂で、どこからが現実なのか。
そして、自分が勝手に膨らませているものは何なのか。
その境界だけが、やけに曖昧なまま残っていた。
アパートの前で車が止まったとき、ミンジェがようやく口を開いた。
「一つだけ」
低い声。
ジミンは反射的に顔を上げる。
「はい」
ミンジェは少し間を置く。
「仕事と、それ以外を混ぜるな」
短い言葉だった。 それなのに、やけに重い。
ジミンの喉がわずかに動く。
「……混ぜてません」
すぐに返した声は、自分でも少しだけ硬かった。
ミンジェは否定も肯定もしない。
ジミンが降りると、タクシーが走り出す。
ジミンは走り去る車のテールランプに目を向けたまま、唇を軽く噛む。
(混ぜてない)
そう言った瞬間、自分の中で何かが少しだけ崩れた気がした。
でも、何が崩れたのかは分からない。
ただ一つだけはっきりしていた。
(この人は、境界線を消してくれない)
それだけが、静かに積み重なっていく。




