第6話 追いつけない速度
深夜のオフィス。
残っているのはジミンとミンジェだけだった。
「帰るぞ」
ミンジェの淡々とした声。
コートとバッグをつかみ、慌ててその背中を追いかけた。
エレベーターが、わずかに速度を落としたような錯覚があった。
沈黙が長いのか、それとも短いのかも分からない。
数字が減っていく表示を、ジミンは見ているようで見ていなかった。
隣に立つミンジェは、何も変わらない。
腕も組まない。ポケットにも手を入れない。
ただ、背筋をまっすぐに保ったまま、エレベーターの扉のほうを見ている。
そのとき、ミンジェが口を開いた。
「噂はどこで聞いた」
低い声。 問いというより、確認に近い。
ジミンは一瞬遅れて答える。
「休憩スペースで……先輩たちが」
「そうか」
それだけで終わる。
エレベーターが一階に到達する音が鳴る。
扉が開く。
ミンジェは一歩先に出る。ジミンも続く。
そのまま自然に流れていくはずの動線の中で、ミンジェがほんの一瞬だけ足を止めた。
ジミンも反射的に止まる。
周囲には誰もいない。
街灯の明かりだけがガラス越しに差し込んでいた。
ミンジェは視線だけをジミンに向けた。
「それは事実ではない」
短く。
説明でも弁明でもない。ただ、事実の否定。
それだけ言うと、すぐに歩き出す。
ジミンは一拍遅れて追う。
(じゃあ、何が本当なの)
その問いは、やはり声にならない。




