(外伝)ミンジェ課長の休日:日曜日のパスタ
日曜日の朝、8時。
ミンジェは目が覚めると同時にスマホを手に取った。
打ちかけのメッセージが、未送信のまま画面に残っていた。
>今日、うちで資料まとめを手伝ってくれないか。
>夕食は出る。
>終わったら車で送るよ。
指が、送信ボタンの上で止まる。
(……夕食は出る、か)
一度消して、また打ち直す。
「夕食を用意する」「食事をする」「一緒に食べよう」
どれも違う気がして、結局元の文面に戻した。
深呼吸して、送信。
既読がつくまでの数分が、やけに長く感じた。
返事が来た。
>分かりました。何時に伺えばいいですか?
ミンジェは小さく息を吐いた。
(……別に、特別なわけじゃない)
そう思いながら、鏡で二度確認した。
9時半。
掃除を済ませて、ミンジェは近所のスーパーマーケットに向かった。
牛乳
卵
パン
いつもなら必要なものだけを買って帰る。
けれどその日は、野菜売り場の前で足が止まった。
トマト
ベビーリーフ
レタス
(きのこ、何を買うか)
しめじ、エリンギ、マッシュルーム。
全部買ってもいいが、それは少し多すぎる気がした。
真顔のまま一つずつ手に取っては戻す。
その姿は、自分でも少し滑稽だと思った。
さらに、パスタを手にとる。
(飲み物はどうするか)
缶ビールに手が伸びたが、考え直して棚に戻した。
酒は言い訳の装置になりやすい。
今の時点では、できるだけリスクは減らしておくのが得策だろう。
結局、買い慣れたブランドのミネラルウォーターと炭酸水をカゴに入れる。
会計をして外に出た。
買い物袋を下げ、川沿いの遊歩道を歩く。
漢江に近いこの街に住み始めて、もう五年以上経った。
一度だけ、ここを出ようと思ったことがある。
けれど結局、曖昧なまま住み続けている。
部屋の窓から見えるいつもの風景。
漢江の上に、秋のよく澄んだ空が広がっていた。
窓から見える川の色にも、静かすぎる部屋にも、いつのまにか慣れてしまっていた。
(でも、今日は)
今日は、ただの資料整理だ。夕食も、ただの食事だ。
そう自分に言い聞かせながらも、
胸の奥で小さく疼く熱を、完全に無視することはできなかった。




