第28話 あと一週間
沈黙が支配してしばらく経った頃。
「送る」
「今日は、一人で帰ります」
「……分かった」
ミンジェはジミンの背中を見送った。
街灯の灯りに照らされた影が、ゆっくりと遠ざかっていく。
彼女は、振り返らなかった。
ミンジェはしばらくその場に立っていた。そして、重い足取りで地下鉄の駅に向かった。
地下鉄の窓に映る自分の顔はだいぶ疲れているようにみえた。
それ以上に、空虚だった。
自分は、ジミンを守るつもりだった。
それは嘘ではない。
でも、守るという言葉で、彼女の感情を無視していた。
過去では、自分の本音を曖昧にしたまま関係を続けた。
ジミンには、傷つけないためと言いながら、自分の本音を見せなかった。
(・・・・・・形は違うけれど、同じことをしている)
自宅に戻り、ソファに身を投げ出す。
ジミンを守りたい。
それは本当だ。
しかし、それだけではない。
彼女に笑ってほしい。
彼女に、触れたい。
でも、一度だけでいい、と言った彼女を、その場の熱だけで抱けば、きっと後悔すると分かっていた。
彼女も、自分も。
だから、仮婚約という「枠」を作った。
3ヶ月という期限を決めた。
距離を置いた。
すべて、彼女を傷つけないためだった。
そう思っていた。
けれど。
――私が傷つくかどうかまで、課長が一人で決めないでください。
あの言葉が、胸に突き刺さる。
彼女がどう思っているか、
彼女が今、どれだけ苦しいか、
彼女が本当に何を望んでいたのかさえ、
一度も聞こうとしなかった。
そして、自分が何を望んでいるのかも、ちゃんと言葉にしようとしなかった。
彼女の気持ちを尊重しているつもりで、
結局、自分の恐怖を優先していた。
最初に彼女に目を留めたのは、守りたいと思ったからではなかった。
何度も資料を直しては、あきらめずに提出してくる姿。
クライアントの前で小さくなっても、決して意見を曲げないところ。
弱いからではない。
折れなかったからだ。
それを、自分は知っていたはずだった。
スマホを手にとる。
>俺は君を——
打ちかけて、指が止まる。
メッセージを消す。
(相変わらず独りよがりだな……俺は)
自分で決めた期限だった。
彼女を守るためだと言いながら、自分が逃げ込むために置いた線でもあった。
ミンジェは小さく息を吐いた。
彼女の震える体を、もう一度、今度はちゃんと抱きしめたい。
この契約が終わるまで、あと1週間だった。




