第26話 正しさの向こう
ジミンは終業時間後、しばらくスマホの画面を見つめていた。
何度も入力して、消して、最後に短いメッセージを打った。
>課長、少しお時間いただけますか
送らなければ、このまま今日も終わる。
それはいやだった。
返事は早かった。
「わかった」
場所を指定したのは、ジミンのほうだった。
会社の中では話したくなかった。
かといって、カフェに入る気にもなれなかった。
人に見られたら、また噂になる。
なにより、向かい合って座れば、ミンジェがまた落ち着いた声で、話を整理してしまう気がした。
会社から少し歩いたところに、小さな緑地がある。
昼は会社員の憩いの場だが、夜になると人影がほとんどなくなる静かな場所だった。
「寒い。座るか」
「座りません」
街灯の淡い光の下、ジミンはミンジェの正面に立った。
深呼吸をして、声を絞り出す。
「ソヨンさんの件で、メッセージくれましたよね」
「……ああ」
「君に余計な負担がかからないようにしたい、とか」
「もちろんだ」
ミンジェの表情はいつもの冷静なまま。まっすぐジミンを見ている。
その答えに嘘はないのだと、ジミンにも分かった。
「課長の言うことは、分かります。私のためを思ってくれていることも」
ジミンは顔を上げた。
「でも、私が今この瞬間にどう思ってるかは、いつも聞いてくれない」
ミンジェの眉がわずかに動いた。
深呼吸して、言葉を継ぐ。
「私のためだって言えば、全部正しいことみたいになる」
ミンジェの視線が、わずかに硬くなった。
「仕事とそれ以外を混ぜるなって言ったの、課長ですよね」
「……そうだ」
ミンジェの声は掠れていた。
ジミンは、握りしめた手に力を込めた。
「じゃあ、私の感情まで、業務の延長で決めないでください」
その言葉が、夜の緑地に静かに落ちた。
ミンジェは答えず、ただジミンを見ていた。
「それに」
風が木々の葉を揺らす音が、やけに大きく聞こえた。
「君が望むなら、って言いましたよね」
「ああ」
声が震えた。
「でも、課長自身は、どうしたかったんですか」
ミンジェの視線がわずかに落ちた。




