第2話 あの日の痕跡
チームビルディング旅行から2週間後。
ソウル市内。高層ビルのガラス越しに、午後の光が斜めに差し込んでいる。
海外事業チームの会議室は静かで、資料をめくる音だけが一定に響いていた。
キム・ジミンは資料に視線を落としたまま、動きを止めた。
集中しようとしても、思考が途中で途切れる。
理由は分かっているのに、整理できない。
――オフィスでは毎日が地獄だった。
パントリー、 会議室、エレベーター。
ミンジェとちょっとした視線が合うだけで、 湯気の熱と背中の感触、湯気の向こうに見えたミンジェの無駄のない体の線がフラッシュバックして、 ジミンだけが勝手に顔を赤らめて俯いてしまう。
(あの日の痕跡はどこにもないのに…)
ふと、視線を感じた。 顔を上げる。
テーブルの向かい側。 ミンジェがいた。
目が合う。 一瞬だけ。
気のせいかもしれない。
それだけで十分だった。
湯気の向こうで見た輪郭が、勝手に重なる。
広い肩、無駄のない体の線、背中の圧。
(……っ)
呼吸が浅くなる。
ジミンは慌てて視線を資料に戻す。
文字が意味を持たないまま並んでいる。
心臓の音だけが、やけにうるさい。
***************
その夜も残業を終えて、遅い時間にエレベーターに乗った。
1階へ向かう長い下降。 無言で並ぶ二人。
ジミンの我慢が、とうとう限界を超えた。
「……課長」
声が震える。
ミンジェがゆっくり振り向く。
ジミンが一歩近づいて、震える手でミンジェのスーツの胸を掴んだ。
質の良い生地にシワが寄る。
「もう……無理です。一度だけでいいんです……お願いします……」
(何言ってるの私……)
エレベーターの壁にジミンを押しつけるように、ミンジェが一歩踏み込む。
低い声が耳元で響く。
「ジミン……」
熱い息。
スーツの布越しに感じる体温。
湯の中で感じた――
その瞬間、唇が触れた。
「……っ!」
ジミンはハッと目を覚ました。
自分の部屋のベッドの上。
息が荒く、心臓がバクバク鳴っている。
パジャマの胸元が汗で湿っている。
(……夢、だった……)
唇に残った柔らかい感触がやけにリアルだった。
***************
現実のミンジェは相変わらずクールで、 何も変わらない。
でも夢の中では、毎夜のようにミンジェに押し倒されるような展開になってしまう。
エレベーターで、 あるいはオフィスの会議室で。
その度に、飛び起きる。
ジミンは枕に顔を埋めて小さく呻いた。
「……もう、ほんとにヤバい……」




