第19話 さざなみ
仮婚約から2ヶ月と少しが経った金曜日の朝。
ジミンがデスクに着くと、隣の先輩がコーヒーカップを片手に近づいてきて、小声で言った。
「ねえ、ジミンちゃん。昨日、何時に帰ったの?」
心臓が跳ねる。
「えっ……あ、23時過ぎ、だったと思いますけど」
「ふーん。最近さ、課長も毎日遅いよね。……昨日も、一緒にビル出たの?」
「……いえ、私は先に……」
嘘をつく声が震える。
先輩の目は笑っているが、探るような鋭さがあった。
「気をつけてね。上が、例の婚約の話でピリピリしてるから。課長に変な噂が立つと、ジミンちゃんの査定にも響くかもしれないし」
それは、親切を装った警告だった。
ジミンは慌てて笑顔を作った。
「そんな……ただの仕事の打ち合わせですよ。
例の案件が炎上してて、大変だっただけです」
先輩が去った後、ジミンはデスクに突っ伏しそうになった。
(噂……?もう、そんな風に見られてるの?)
その日、昼休みに入ってからも、チームの若い女性社員たちがひそひそと話しているのが耳に入ってきた。
「ミンジェ課長とキムさん、なんか雰囲気変わってない?」
「最近、残業で2人きりになること多いよね……」
午後3時頃、ジミンのスマホが震えた。
送信者は——ミンジェ。
>噂が広がっているようだ。
>当面は距離を取ろう。
>俺も気をつける。
短い、事務的で冷たいメッセージ。
ジミンは画面を見つめたまま、指が冷たくなった。
(距離を取った方がいい……?俺も気をつける……?)
――……構わないで、と言われたら、余計に構いたくなるんだが。
自分からあんなこと言って、
抱きしめておいて。
今度は「お互い気をつけよう」?
胸の奥がズキンと痛んだ。




